Takeユースケ:マデルエカ
「はぁ・・・」
今日も今日とて始まってしまった。
僕に与えられた王宮の一室で目覚めてすぐ、大きくため息を吐いてしまった。
―――――もう、
布団をはねのけてベッドに座ったまま伸びをすると、暑かった夜のせいで開けていた窓から涼しいと言えなくもない風が吹き込んできた。
花の匂いがするけれど、何の花だったろうか。
「お目覚めですか、ユースケ様」
「あ、はい。イミエさん」
青色の髪をふんわりと丸めてメイド服に身を包む彼女は、僕につけられたメイドだ。
ここで、どうでもいい話なんだが、既に龍慎付きのメイドは龍慎に陥落している。
ここに来てから三日ぐらいで。
委員長は本当に人誑しだよな。
というか、起きたら人が居るっていう状況にも慣れたな。
そんなことを散発的に思いながら、ステータスプレートを手に取る。
これの確認が朝の習慣だ。
―――――――――――――――――――――――――
名前:ユースケ
年齢:10才
職業:訓練生
称号:【魔本の勇者】【契約者】(隠蔽可能)
備考:シンフォード聖王国の勇者。神器ニクロネミアンを所有。天道高校二年D組三大イケメン。勇者として呼ばれたのに存在感が食われている勇者。(隠蔽可能)
―――――――――――――――――――――――――
絶対に悪意を感じる。
あと、三大イケメンって何だよ。
そこに僕が入っているのが納得いかない。
龍慎と瑠偉、それに権左衛門―――――
犬山は、まぁ、物好きに受けるんじゃないか?
犬山の顔も端整といえば端整なんだが、怖すぎる。
笑ってないときとか、殺し屋もかくやって言う感じだからな。
そして、気になった者も居るかもしれないけど、ニクロネミアン。
どう考えてもネクロノミコンの偽物。
しかし、神器と言われるだけの力はある。
僕は、枕元に置いていたこれを取ってパラパラとめくり始める。
見慣れたもの、見慣れていないもの。
パラパラと目次は続いていく。
『竹取物語』『アスベン領の英雄記』『源氏物語・宇治十畳』『フォロー建国譚』・・・
ニクロネミアンの能力。
僕の執着でもあり、僕の願いでもある。そして、僕の力でもある。
女神さまに聞かれた時、僕は咄嗟に〝本〟と考えたんだ。
僕は、本を読むのが好きで、文芸部に入っていた。
本を書くのは、どう頑張っても下手の横好き程度だったろう。
だからこそ、『読むこと』—————『読書』に特化した執着だった。
女神さまは言っていたんだ。僕の
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【魔本の勇者】・・・個性称号。効果;神器ニクロネミアンを手に入れる。
ニクロネミアン・・・本型の神器。所有者が読んだことのあるすべての書物とその続き、また手に入れる可能性のある書物が全て編纂されたもの。内包される書物の状態は完全である。
――――――――――――――――――————————
僕が読んだことのある本とその続き。
それは、
召喚される前、出版されていなかった部分まで出版されていた。まぁ、二つのシリーズだけ途中で作者が亡くなったのか出ていなかったけれど。
しかし、こいつの真価はそこじゃない。
このフレーズが大事なんだ。
手に入れることが有り得ない書物というのは、おそらく異なる世界にある書物か、もしくは失われてしまっているもの。
つまり、この世界に現存する全ての書物が載っているんだ。
その中には、魔導書だって含まれている。
魔導書は、記憶投与の魔法が付与された一種の魔道具だ。
何故本型なのかというと、記憶を投与することの危険性による。
考えても見てほしい。
いきなり他人の記憶が流れ込んできてこれは自分のモノですって信号が送られてくるんだ。脳が混乱しない筈がないだろう。だからこそ、ページ一枚一枚に魔法が付与されて少しずつ理解を深めながら手に入れられるんだ。
だからこそ、魔導書は高価であり、数も少ない。膨大なページ一枚一枚を書いたうえで魔法付与なんてよっぽど根気がないと出来ない。
そのようなことを
「ユースケ!早く起きなさいよ!私が、この私が起こしに来てやったのよ!」
「マデルエカ、朝から元気だね・・・って、何Tれ滑降してるんだ!」
「すっごい、噛み噛みだね、流石ユースケだよ!」
イミエさんの背後の扉をバァンと開いて現れたのは、青色の髪を跳ねるようなポニーテールにした女の子。眼鏡もつけているが、鼻の頭までずり落ちていて完全に伊達だろうな。年のころは大体十三歳・・・こっちで言えば七才くらい。
しかし、一番の特徴は何と言っても浮いていることだ。
が、今はその特徴が問題になっていた。
「本当にお願いしますので、服を着てぇッ!」
「それさ、女の子の台詞だよね、ねぇ、イミエ?」
「黙秘させていただきます」
いや、そっちを向けないのでお願いしますから。
「むぅ、キャミソール一枚できただけなのに・・・」
「ダメだよッ!」
「むぅ、それは私の姿が見るに堪えないと」
「言ってないけど、本当にダメ!そういう破廉恥なことするのはダメだ!兄代わりとしても認めらんないよ!そもそも、僕も困るよ!」
「・・・兄代わり・・・」
あれ?何かしょぼんって、しょぼんってついた。しかも絵文字だな。(´・ω・`)だ。器用な奴だな。
あ、みてないよ?本当だって。僕にそんな度胸は無いし、そもそも、竜人の角が感覚器官になっていているのと、マデルエカとの契約のせいだから!
「私、これでも女だよ?」
「見たらわかるよ!」
「ユースケ、嫌い。【死を晒す夜魔の王国滅亡記:第五章英雄の屍より『グリーフィルドンの雷』】」
「何故に!?」
生温いのに体の芯に冷たさを感じさせる風が吹き、触れたものを
「私だって女だもん!」
「分かってるって!」
必死で避ける。
殺伐とした雰囲気―――――彼自身は気付いていませんが、この雰囲気は雄介だけです―――――の中で、はためくメイド服を抑えるイミエさんを見た。
すっごく情けないとは思いますが、助けてくだ―――――
「申し訳ありませんが、ユースケ様が全面的に悪いと思われます」
「マジですか!」
もう、語彙が貧弱だ。
イミエさんの裏切りは心に来る。
「【クラフティー:千七百夜物語第四夜、砂の中の黄金より『スカラベの王』】」
「ああもう!【ア・リエ・ドルウス・ベルザートロット 光の神殿】!」
オムニバス形式で纏められた童話集の中の一つ、千七百夜にわたって成功譚を王に語り続ける吟遊詩人の物語の四夜目に語られた砂漠で黄金の都市を見つける話に出てくる守護者、金色の
魔を払う力を持つ神殿系統の魔法。其の中でも僕と相性が良かった光で対抗する。
これは、言うなれば内部に作用する結界魔法みたいなもので、力押しで破るのは無理。霊力そのものを操れる奴なら破れるという代物だ。これなら、マデルエカも攻撃できまい。
「申し訳ありませんが、朝食のお時間が近づいていますので、ご案内いたしますね」
「「あ、はい」」
荒れかけていた部屋を整えながら嗜めることのできるイミエさんが一番すごいのかもしれないな・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よう、雄介」
「朝から凄いな、晃大」
「まぁ、習慣ってヤツだ」
涼しい風が吹く朝から中庭で走り込みをしていたのは
ボクシング部で超有名どころへの推薦が決まっていたはずだ。しかし、特段執着していなかったようでこちらに来るとスパッとボクシングをやめた。
しかし、格闘家というスタイルは変わっておらず、僕らに戦闘を教えてくれているうちの一人、騎士団員であり、シンフォードにおける最大流派である聖騎士流体術を教えてくれる人にも認められるほどの使い手だ。
「しっかし、他の奴らは朝起きるの遅いよな。俺は体調不良なんて無いから別にいいが、あいつらはもう少しいい生活した方がいいんじゃないのか?」
「流石に朝のランニングは真似しないよ」
「それは俺の趣味みたいなヤツだからな。心身を鍛えることはいいことだろ?」
「・・・」
脳筋過ぎないかい?君は確かそれなりに魔力在ったよね?
晃大と別れて、食堂に着くと、そこには六人いた。
今日は意外といるな。僕の部屋は蔵書館に近くなっているため、他の皆の居住区より少し遠い。だから、いつも起き抜けのメンバーがニ、三人いるくらいなんだけど、今日は多い。あ、またひとり来た。
「よう、雄介」
「オハヨーだね、勇者クン?」
「ああ、おはよう結城、藍那」
ジャーキーを噛み千切りながら片手を上げるのは龍慎の友であり、元野球部の
結城は朝から肉肉しいな。それ以上に、藍那よ・・・お前朝からいなりずしって・・・どっから出した。
「ふっふっふ、アタシの稲荷さんに驚いてるみたいだね。実は、私の願いは稲荷さん取り寄せ能力だからね!」
「おおう、マジだ。稲荷くっとるわ」
「今気づいたのかよ結城」
流石に受信性が低すぎでしょ・・・
「遅すぎだっちゅーの!アタシら隣でしょ~?」
古い・・・
「一昔前だな、金髪女。流石に古すぎだ。そもそもギャルがあっていないぞ」
「えっ、嘘!アタシ、古かったりした?」
「当たり前だ、女狐。そもそも貴様家にテレビ無かっただろう。最近のギャルはそんな言葉使いをしていないぞ」
「翔はいっつも毒舌だな。ちっちぇえのに頑張るなぁ」
「煩い、デブ。お前は食い過ぎだ」
毒舌を放つ小柄な眼鏡の少年は
遠くでは天狼院姉妹が仲良くスープを飲んでいるし、さっき来た則史—————
いつもなんだな、これが。
それなりに楽しいな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気付いていただろうか。
僕の称号には【契約者】というものもある。
そして、今も隣で黄緑色の本を開いているマデルエカとの契約の事だということに。
「どうしたの?ユースケ?」
「ん、何でもないよ」
そう、と言って本に視線を戻すマデルエカを見ていると、出会った時を思い出す。
アレも、蔵書館の事だった。
召喚されてから三日。
聖王国一と言われる蔵書館で、神器ニクロネミアンを広げていた。
召喚前に読んでいたサスペンス群像劇の続きを読み進めている。そんな時。
「ねぇ、アナタどんな人?」
唐突だった。
「んふぁっ!?な、何!?」
綺麗な女の子の声が聞こえてきた。
びっくりし過ぎてへんな声が出て、ニクロネミアンを落としてしまった。
「
後ろを振り向くと、黄緑のオーラを纏った少女が空中に浮いていた。
周りには本がふわふわ浮いている。
「こ、これかい?」
ニクロネミアンを掲げてみたところ、大きく、強く頷かれた。
「私は、マデルエカ。〝本〟の精霊。本を守るもの」
本、を守るもの・・・?
「それは、
・・・
そんなに凄いと、思ってもいなかった。
今まで読んだ本が読める、そのくらいにしか考えていなかった。
正直、勇者と呼ばれるには弱すぎるんじゃなかろうかと。
「力を持つ本すら、それの中にある。まさに神器なの。だからこそ、本を正しく思わない者に持っていてほしくないの」
その時、波のように、殺意が感じ取れた。
犬山が放ったものと同等。それが意味するのは、本当に本が好きだということ。
つい、だったんだ。
つい、テンションが上がってしまった。
同じくらい、本を愛する人が居たんだ!
すっごく、嬉しかったんだ。
だから―――――
「君も、本が好きなんだね!僕もだよ!」
「へっ!?」
手を取って目を輝かせてしまう。
「僕は、本が癒しなんだ、本だけが僕が生きていると思わせてくれるものなんだ!本が無ければ、きっと僕は何にも考えていないし、何も感じられなかっただろう。本を読んでいる時間は、ストレスがお湯に溶ける砂糖みたいに消えていくんだ!僕にとって、本はそういう存在。本は、うん。僕は本を愛しているんだ!」
いつも、本のことになると熱弁する。
でも、本心だ。
「本当、みたい?なら、この人は本当に・・・?」
何だか、混乱しているのかな?
「君はどんな本が好き?僕はね―――――」
つい、熱くなってしまう。どれもこれも、本が大好きだからだな。
「そ、そんなに言うなら許してあげる!私との
「それでね、ミステリーにはミステリーのいいところがあるんだよ、こう、何て言うのかな、犯人の心理描写によって刑事の追い込みが際立っていくところの美しさが―――――」
一瞬で、僕とマデルエカを魔法陣が包み込んだ。
「うわっ!?これ何?」
「我、精霊マデルエカは、彼、竜人ユースケを永遠の相棒とし、契約することをここに誓う」
言うなれば、それは
永遠に変わらない――――――――――不変を捧げ、朋を手に入れる。
「これで、私とアナタは『契約を結んだもの』。精霊が契約するなんてそうないことなんだからね!」
一つだけ言わせてほしい。
これ、どういう状況?
顔を赤くしたマデルエカが顔を背けながら傲然と言ってきたけれど、不意打ちで結ばれた契約は
この不思議が―――――未だに、良く分からない。何であの時契約に至ったんだろう?―――――僕とマデルエカを永遠の相棒へと結びつけた。
これからも、よろしくね。マデルエカ。
―――――久遠に、一緒だよ、ユースケ。私の相棒。
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