ザコは黙ってろ

  ★門番A視点

 

 今日も特に問題なし。

 いや、一日一日が平和だな。何よりだな。

 シンフォード王国聖王都の門番として十五年も務めていれば、仕事も熟し、まるで流れ仕事のように入門許可を渡せるようになった。

 「なぁ、今日の晩は赤羽に食べにいかねえか?」

 「いやぁ、ウチの嫁の飯を食わねばいかん。そもそも、嫁の飯はうまいしな」

 「惚気が凄いわ。俺も嫁さん欲しいなぁ」

 こいつ、赤羽の娘さんに気に入られているだろうに。

 しかし最近の若者は意気地が無いな。俺の二十年前はもっとガンガン攻めていただろう。ウチの嫁さんだって二十回目ぐらいのプロポーズでようやっと頷いてくれた。若者は根性が足りてねぇ。

 「自分から行動せにゃぁ何も始まらんぞ。ワシが嫁を貰った時は他の夫候補を全員叩き潰したものじゃ」

 「ルーパ爺さん、その話何回目だよ」

 一応上官の爺さんなんだがな。昔自慢が長いのなんのって。

 はっ!俺も昔の話をするようになっている!

 ・・・俺も老けたのかなぁ・・・

 信じたくないな。はぁ。

 今日の日付は、聖王歴1027陽天11天3巡2日。

 特段何もなく、過ごしていく日だった・・・はずなのに。

 

 この日を絶対に忘れられなくしたあの二人組にはいつか責任を取ってもらいたい。

 

 

 「入るぜー、おっさん」

 「トーゴ、ちょっと待って、皆逃げるから」

 

 目に飛び込んできたのは、二人。

 赤髪の犬人少女。おおよそ10歳くらいだろう。魔法使い風の出で立ちをしている。

 この子はまだいい。それなりの冒険者なのだろうで済む。

 もう一人が問題だった。

 

 カラスよりも暗い艶やかな黒髪、同色の目、特殊な服装。執事の着るような服に似ている?

 金色のボタンが目を引くのだろうが、そこではない。

 吊り上がった口の端から見えるのは、牙だ。

 鋭い目は、まるで狼の様な恐ろしさがある。

 それ以上に、黒い不思議な服の下に着ている、服が問題だ。それは、血塗れなのだ。そう、血塗れなんだ!

 そんな状態でへらへら笑っているから、おっそろしい。

 「あ。ああ、はい。ええと、身分証なグ、痛ッ・・・ふぅ、身分証の掲示ををお願いします」

 噛んじまったぜ。何ていうガキなんだ、こいつは。

 一応門番として荒事に関わって来たし、門番になる前は赤銅級冒険者カルパール程度だが、冒険者も経験している。

 ―――――そんな俺が、

 

 「ん?こいつでいーのんか?」

 ポンっと放られた冒険者証明印アドヴァディア

 そこにつけられているのは青銅の紋章。つまり彼は青銅級冒険者ブロンジア

 本当に、青銅級ブロンジアか・・・?

 「ああ、そーだ。、持ち込んでいーか?」

 んぁ?

 黒髪の少年・・・名はトーゴか?

 彼は何かを持っている・・・何ィ!!!

 

 「やっぱり無理だよ、トーゴ。燃やそ?」

 「燃やしたら、買取できねーんだろ?フィフェ」

 

 それは、おぞましきモノだった。

 

 下顎は千切れ、胸には大きく穴が開き、空ろな目を晒した、血塗れの人面猫がいた。

 トーゴという少年も、フィフェという少女も。

 気になってはいるものの恐怖を覚えていない。

 確か、人面猫の討伐目標は水晶級クリスタリアだったよなぁ・・・

 何かもう、ヤダ。

 ああ、ナミージア。今日は肉抜きの芋スープにしてほしい気分だよ・・・

 「ああ、通ってよいぞ。特段悪いことはない」

 すげえ、尊敬するぜルーパ爺さん。

 おれ、るーぱじいさんみたいなもんばんになる。おれ、がんばる!

 

 「んじゃ、通るぜ?・・・・・・ぬ、通んねーだと?ぜりゃぁ!」

 

 始末書書くのやだなぁ・・・

 

 ぶっ壊れた門が何だか虚しい今日この頃だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「うーん。門壊しちまったなー」

 「・・・たぶん、大丈夫。お爺さんの目は死んでなかった」

 「若い方の二人と後ろの奴らは死んでたけどな」

 フィフェがフォローしてくれるけど、ま、仕方ねーさ。

 俺だってこんなもん引きずってる奴が居たら引くわ。

 クソ猫重い・・・

 猫というだけで基本近づきたくないんだが、まあ、生活のためだ。しゃーなし。

 その時、フィフェがこっちを向いて小首を傾げる。

 どしたの?

 「ねぇ、トーゴ。トーゴってそんなに強いのに、何で青銅級ブロンジアなの?」

 ?

 一番最初は一番下からじゃねーのか?

 そう聞いたぜ?

 「・・・・・・試験、無かった?」

 「おう。青銅級ブロンジア始まりで、石材級ストールンリーに即落ちだーとか、何とか。ホルスタインをぶっ飛ばしたらそのままんなったけど」

 「・・・・・・・・・もしかして、受付ユスだった?」

 「ああ、そんなヤローだった気がする」

 フィフェの目から、ハイライトが消失した。そんな気分になった。

 「あの人、すっごく嫌な人なの・・・」

 よっしゃ、殺す。

 「フィフェに嫌な思いをさせる奴なんざ、要らねー。全力で捻り潰してやる!」

 「ちょ、トーゴ!?」

 首を鳴らして牙を剥いた俺を心配してくれるのか、フィフェ。

 大丈夫だぞ、ちょっとライゼンバウアーとかに話付けてくるだけだから。

 ハスキーの首領が俺だとはばれてねーし、裏からの圧力があればすぐにでも消せるっつーもんだ!

 クッハッハッハッハッハッハッハ!!

 「トーゴ・・・トーゴが傷ついたら私、哀しいよ・・・」

 「うん、やんねー。だから泣きそうになるの止めな。白旗上げるから。フィフェ大好きだから。そんなことしねーから、うん、な?」

 ちょっとマジで。

 フィフェの目尻に涙がたまり始めるのを見ちまったら、もうそっこーで白旗だ。

 フィフェには勝てません。

 あんな受付ごときに構う暇なんかねーっつーの。

 「トーゴぉ・・・恥ずかしいよ」

 ・・・忘れてた。

 ここ=往来。しかもめっちゃ人いる。

 状況=単なる惚気。

 見た目=クソ猫引きずっている目つき悪めの男が美の化身に愛を囁いている。

 

 めっちゃキモチわりーな。

 

 ま、フィフェは顔真っ赤にして喜んでくれてるっぽいのでよし。

 有象無象共の事なんざどーでもい―――――――――――

 

 「フィフェじゃないか!こっちにこい!・・・って、貴様さっきはよくもぼくを殴ってくれたな!」

 

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ゛?

 

 何だっつーんだ?クソ雑魚デブがよォ。

 フィフェに手ェ出そうっつーのかよ?

 そういや、さっきちゃんと殴り殺せなかったなーァ。

 

 「とりま、死ねや」

 

 全力で放たれた俺の拳が、風を唸らせて不用意に声をかけてきたデブに迫る。

 「ひぴぎゃぁ!」

 まるで豚がつぶされたみてーな声だが、潰れちゃいねー。

 うまいこと避けよった。

 つーか、こけた?

 「ダリル様に殴りかかるとかほんとにないわぁ」

 「有り得ないんじゃない?」

 「うっせー、売女ども!」

 フィフェを一瞬でも害したことは許さん!地獄の果てに叩き込んでやる。

 

 「と、トーゴ。いいよ、けんかはダメなの」

 

 フィフェが言うならしょーがねーな。

 当人がこんなあたふたして――――――かわいい―――――俺の学ランを引っ張って止めるんじゃあなぁ(でれっ)

 「「キモっ」」

 (犬なんかにデレデレするとかありえないんじゃない!?)

 (人狼だったみたいだし、しょせん人間様には及ばないんでしょお)

 

 ここまでなら許せた。

 

 これは俺への暴言だ。そもそも、後で殴るくらいなら許してるって言えるだろ。

 

 だが、―――――――許せねーことだって多い。

 

 ((あの犬も狼ごときに靡くとかやっぱり端女よね))

 

 フィフェを貶してんじゃねーよ、クソ共がァ!!!

 

 気づけば、手が出ていた。

 わりー癖だ。

 昔っから、なんでか知んねーけど直ぐカッとなっちまう。

 まぁ、公開はかけらもしてねーけどな。

 「きゃあああああああああああ!」

 「喧嘩かしら?それにしても、女性に手を挙げるなんてひどいですわね」

 ああ、うるせーな。

 これまでフィフェがどんな目にあってきたかも考えてねー奴らが言いそうだ。

 ま、俺もそれほど知っちゃあいねーが、こいつらがクソだってのはわかってる。

 「殴ったことに後悔なんてねーぜ?俺は、フィフェを苦しませる奴はぶち殺してでも痛い目見させる。惚れた女にカッコぐらいつけてもいいだろうがよ!!」

 吠えるように叫ぶ。

 黒の毛皮が俺を包む。

 顔の骨格が音を立てずに細長くなっていく。

 耳の位置が変わり、牙が剥かれる。

 俺の堂々とした宣言は驚きだったんだろうか。

 町中の野次馬どもがシーンと静まり返った。

 さぁ、断罪の始まりだ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 トーゴの遠吠えが街を、建物の間を、青空を駆け巡る。

 私は、不謹慎だけど、ただ純粋に、嬉しいと思った。

 トーゴは、私が好きだと言ってくれた。

 私に可愛いと言ってくれた。

 ダリル様に支配されていたことを教えてくれた。

 泣いていた惨めな私をずっと抱きしめてくれた。

 そして、今、怒ってくれている。

 私が傷付けられていたから?

 ダメな事なのに・・・嬉しくて頬が上がりそうになる。

 トーゴ、私は、貴方と一緒に居たいよ。

 

 私は、貴方がいないと、もう生きていきたくないよ・・・

 

 

 《貴女の愛は、やはり美しい・・・そのまま、一人だけへの愛を抱き続けてください》

 

 

 言われなくても。

 誰の声かは、分からない。少し何だろうって思ったけど、私のトーゴへの思いは、もう、動くことなんてないもの。



 

 ――――――――――――――――――――――――

 名前:フィフェ

 年齢:9才

 職業:黄金級冒険者

 称号:【炎天の主】

    【はぐれたもの】【群れ殺し】【炎の暴れ者】【炎を越えし者】【真愛の使者】【慈愛神のお気に入り】【相互依存夫婦:嫁】(隠蔽可能)

 備考:人狼族犬山・トーゴの恋人。慈愛神がその愛を認めたもの。最も強い黄金級冒険者。能力三割上昇。獣人族超人。『人』『犬』『炎』属性。(隠蔽可能)

 ――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――

 【真愛の使者】・・・獲得条件;【過剰なる愛】を愛を見つけて失うこと。効果;愛する者との念話を可能にする。

 【慈愛神のお気に入り】・・・獲得条件;慈愛神に気に入られること。効果;愛を感じる相手への称号効果を倍増させる。

 【相互依存夫婦:嫁】・・・獲得条件;恋人同士が相互的に依存しあうこと。効果;効果の対象が見える範囲にいないとき全能力五割減少、いる時は全能力倍増。

 ―――――――――――――――—————————

 

 この時、フィフェは気付いていない。

 自分で見たことがない自身の称号がなくなり、新たに三つの称号を手に入れたことを。

 トーゴの恋人になっていることを。

 フィフェの心、魂に欠けていたナニカがトーゴによって埋められ、トーゴの心、魂に欠けていたナニカをフィフェが埋めたことを。

 

 トーゴと、フィフェはおそらく運命の相手なのだろう。

 強すぎる感情を持ち、自分の思うままに動こうとするトーゴ。

 重すぎる愛を疎まれ、誰にも求められなかったフィフェ。

 フィフェの重すぎる愛は、トーゴの渇きに受け止められ。

 トーゴの自由奔放な愛は、フィフェの渇きに包み込まれる。

 二人の魂が溶け合い、結ばれていく。

 もう、フィフェの心に隙が生まれたりしないだろう。

 もう、トーゴが欠けたナニカを求めて哀しむことはないだろう。

 

 赤い糸が黒狼と赤犬を結んでいるのだから。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 儂は、一人で歩いていた。

 町の中で遠吠えが聞こえるなどめったにないことだ。

 『狼』の属性持ちは滅多に群れを出ない。

 そして、シンフォード聖王国に狼の獣人の部族はなかったはずだ。

 人狼族―――――もし、の関係者なら、会いたい。

 死ぬ間際の言葉を伝えなければならないのだ。

 少し焦燥に駆られながら、彼は煉瓦造りの街並みを歩く。

 遠吠えが聞こえると同時に強い力も感じたのだ。

 儂は、眩しい夕日が差す、西向きの通りを抜けると、走った。

 

 「何で、邪魔すんだっつーの」

 「お主の拳に迷いはないが、技もない。それはいいのだが、この男を何故殴るのだ?」

 不思議な意匠の服をパンパンに張りつめた二足歩行の黒狼が拳を太り気味の青年にぶつけようとしていた。一応、これでも冒険者だ。。ましてや貴族。未来ある若者は助けるべきだ。

 「可愛いフィフェを虐めた奴は許さねー。そんだけだ」

 芯の通った言葉であり、澄んだ純粋な瞳だ。

 本当にそれ以外の理由はないのだろう。

 だが・・・

 「冒険者が一般人に手を出すことは禁じられているぞ?」

 プッ、と黒狼は噴き出した。

 どういうことだ?

 「く、クァーはッはッはッは!!おい、クソデブ、てめえが弱すぎて冒険者に見られてねーぞ、オイ!フィフェの力で白銀級シルヴィアまで上がったはいいものの、自分の実力は街の門番より下なだけあるなァ!」

 呵呵大笑する黒狼の言葉で、倒れ込んだ太り気味の青年の顔が真っ赤になった。

 そろそろ黒くなるのではないかと思えるほどの赤だ。

 図星なのだろう。

 「トーゴ・・・その人・・・」

 おっと、此方のお嬢さんは気付いたかもしれない。走ったせいでフードが外れてしまった。それにしても、真っ赤に染まった服―――――おそらく返り血だろうもので―――――にも頓着していない所を見るに、このお嬢さんは黒狼の恋人か親しい人。多分、フィフェはこの少女だ。

 真っ直ぐ目を見た黒狼は気付いていなかったから、知らないくらいに若いのかもしれない。

 「儂の事はいい。お主がこの男に手を出せば、面倒なことになるだろう。見たところ貴族の坊であるし、政争に巻き込まれたくはないだろう?」

 一瞬、動きが止まったかと思うと、燃えるような黒の瞳がまたこちらを覗いた。

 

 「俺は。こいつを殴りたいから殴る。フィフェが、惚れた女が貶されてた相手を殴らねーなんて男が廃る。やりてーようにやるのは俺の自由だろーよ」

 

 野次馬も、殴られそうだった青年も、フィフェという少女も、儂さえも。

 黒狼の言葉にどこか染み入る様な事を感じた。

 ああ、彼は本気でそう考えているのだろう。そうでなければ、こんなにするりと人の心に入って言ったりできない。

 惚れた女に格好つけたい。

 それは男なら一度は思うことだろう。残念ながら一度も恋愛をしたことがなかった儂でも思うのだろう。

 「面白いな」

 「どーでもいいッ!」

 ずっと鞘にいれたまま応戦していたが・・・やめだ。

 儂もそれなりにやるとしよう。

 

 三歩程退く。

 右肩を前に出す。左手は、鞘に、右手は柄に。

 

 そして、ただ切り払う。

 

 ああ、避けられたか。儂の剣が抜かれる一瞬前、黒狼は後ろに飛んでいった。

 

 「―――――てめぇ、何だっつーんだ」

 これは、怯えか?

 黒狼は、艶やかな漆黒の毛を総立ちにして、喉を鳴らしている。

 かと思いきや、毛が細く、短くなっていく。

 ふむ、力を取ったか。

 肘から先は、毛に覆われ、頭の上には耳が跳ね、赤ずんだ黒のズボンからは尻尾が飛び出ている。

 それなりに顔はいい。少し目つきが悪いか?

 「スヴェルナでも、ライゼンバウアーでも、ドウルでも、そんな流れるように動けねー。おっさん、ちょっと強すぎねーか?つーか、そもそも、俺はそいつをぶん殴りたかっただけなんだが」

 尻尾が立っているからには、戦えないというわけではないだろう。

 「三人は誰だか知らないが、儂は強いぞ。お主も強いだろう?」

 挑発すれば、乗ってくるだろう。

 我等がクランにもいるあの手合いのうきんと同じだろう。

 「ま、そこどいてくれや。俺はそいつを殴りたいんだって」

 「ほう・・・」

 冷静だ。

 この男、見所が多いな。ぜひ儂のクランに勧誘したいところだ。

 「お主、クランはどこに入っておる?」

 「あ?まだ決まってねーよ」

 「ならば、儂のクランに来んか?上には上がおると分かるぞ?」

 向上心があるタイプならばこれで来るだろう。

 「上とか、どーでもいーし。もう入るクラン決めてるし」

 

 「そうか・・・それは残念だ。王都にはカイルとライの奴がおるはずなんだがな。面白い者は勧誘せよと云うただろうに」

 「ライとカイルに勧誘されてるし」

 「「ん?」」

 「「お主が/おっさんが、入ろうとする/勧誘するクランって何処だ?」」

 同時に聞いて、同時に答えた。

 『《旅人の酒場トラベル・クラネス》だ!』

 「問題児のクランじゃないか!その程度の奴がぼくに手を――――――」

 

 「ザコは、黙ってろ」


 言ってくれるじゃないか。

 「ザコで、デブで、クソ野郎で、悪徳貴族なてめーには、一っつもカンケーねーだろーが!まだ殴る気なんだからな!」

 「まだ、殴るんだ・・・」

 「当たり前だろ?フィフェ」

 言うが早いか、トーゴといったか?少年は走った。

 もう、止めようとは思わなかった。

 こちらに目配せして、にやりと笑う。

 まるでもういいのかと聞いているようだ。

 もういいさ、お主は自分で物を決める男だろう。

 儂はシャランと剣を鞘に納めて笑った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 人生に一二度はある偶然で必然の運命の分岐点。

 この一日は、トーゴにとってなくてはならない一日で、たまたま、トーゴの運命を決めることになった一日。

 もし、フィフェと出会わなかったら?

 ―――――おそらくトーゴは、生きるのに飽きて野垂れ死んだだろう。

 もし、ダリルと敵対しなかったら?

 ―――――おそらくトーゴは、〝狂人〟などと呼ばれることなく、問題児のまま一生を終えただろう。

 もし、白髪の老剣士、グランド・ファーザーに出会うことがなかったならば?

 ―――――犬山・ラ・トーゴの名が将来響き渡ることなどあり得なかっただろう。

 

 

 これはそんな『偶然』が集まって生まれた物語。

 

 大貴族である凉爵家に喧嘩を売り、街中でその後継者を殴り飛ばしたことで〝狂人〟と呼ばれた人狼族の少年、犬山・トーゴが、最愛の少女〝灼天〟と呼ばれていた不憫な黄金級冒険者ゴールデンフィフェと出会い、〝無双の剣聖〟グランド・ファーザーに気に入られて力の使い方を教わり、《旅人の酒場》のエースとなって過ごす物語だ。

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