人面猫ごとき1

 今日から!俺も!冒険者だァー!!!!!!!!!!!!!

 さて、今日もノリノリ、犬山・トーゴでお送りします。

 

 ふぅ。電波受信に一息ついて。

 そう言うことでギルドに入りまーす。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 昼を回って少ししてま、二時くらいじゃね

 

 バーン!

 冒険者ギルドに爆音が鳴り響いたって程でもないくらいの大きい音が響いた。

 たった一人の青年がドアを壊す勢いで入って来たんだ。

 ま、俺だけど。

 で、俺は有象無象共(四人くらいしかいねー)の注目を浴びつつ、登録受付まで歩いた。

 ニヤニヤしてたけど。

 いや、だってさ、厨二的な思考の実現だぜ?笑わねーバカがどこにいるっつーんだよ!

 「ドアは静かに開けてください」

 「あ、はい。ちょっと苛立つことがあったんだ」

 ごめんちゃい。

 青髪のスレンダーな感じの男が受付だ。・・・こーいうのって受付嬢じゃねーのか?何で受付に男しかいねーの?

 「冒険者登録ですか?依頼受付ですか?素材買取ですか?依頼受付の場合、四つ右隣の受付に移動してくださいね」

 「ああ、登録だ。何すりゃいーんだ?」

 「ではこの登録用紙に冒険者登録名などの、情報を描かれている通りに記入していただきたいです。文字が分からない場合は代筆、代読もご用意しますが?」

 そう言って、受付が出してきた羊皮紙を見ると、良く分かんねー文字が並んでいた。んー?でもなんか分かる気がするなー。

 「氏名、年齢、特技・・・?」

 「ええ。この様子なら大丈夫でしょう。代筆は必要ですか?」

 「んー、何とかなんじゃね?」

 「・・・まぁ、良いでしょう。ミスしてしまったらもう一度貰いに来てくださいね?懇切丁寧に説明が入りますので」

 「へいよー」

 問題はねーだろ。紙見ながら書きゃあ何とかなんじゃねーの?

 取り敢えず受け取って・・・なんつーんだ?酒場が併設されてんのに小綺麗なカフェにありそーなテーブルに向かう。なんだかなー。

 ステータスを見て書くのんか?個人情報保護法がほしーね、これ。

 ま、とにかくかこーかいな。

 

 てことで、書いたのがこれ。

 ・氏名:トーゴ

 ・年齢:10

 ・特技:喧嘩

 ・職種:格闘家

 ・種族:人狼族

 ・希望所属部門:自由戦闘

 ・希望所属クラン:未定

 ・備考:冒険がしたい。

 んな感じでいーよな。

 で、受付に持ってった。俺はグーで殴って戦うから、格闘家でいーよな。拳闘士のが良かったか?

 「ふむ。これでよろしいですか?」

 「ああ。聞きてーんだけどさ、クランって何があんの?」

 「そこからですか・・・?」

 いやー、分からんし。

 部門の方は何とか分かったんだぜ?自由戦闘、傭兵、護衛、採取、探索、生産、商売、雑用ってあったし。商売は商人ギルドじゃねーのかよって思ったけど。

 「そうですね、クランで有名どころは五大クランや、序列十位までのクランですね。一つは異色ですけど」

 「へー」

 「聞く気あります?」

 「まーまー」

 あ、青筋出来た。でもなんか、ニヤってされた。激しくうざい。

 「では、登録証を作ってきますので、クランに関しては自分で調べていただきたい」

 「へいよー」

 こりゃあ、煽りの耐性がひっくい奴だな。ま、自分で調べりゃいーんだから何とかなんだろ。ま、エイトでも探し出して聞きゃあ問題ねーだろ。

 んな感じで二、三分待ってたら、受付の人が戻ってきた。

 「ではこれが登録証になります。最後に一つ質問ですが、戦闘経験はありますか?」

 「対人なら。獣はねーな」

 「・・・そうですか。なら、青銅級冒険者ブロイジアからのランク登録となります。功績を250集めれば、ランクが上がります。問題行動や依頼の達成失敗などがあれば功績は勿論下がります」

 なんか、もちろんを強調されたんだが・・・

 俺、目えつけられてる?

 「因みに、ドアの破壊は問題行動に入りますので」

 「いや、壊してねーし」

 「いえ、壊れました。ほら」

 くるっと振り返ると、牛人間っぽいのが立ち尽くしてた。獣人か?

 「立て付け悪いなも」

 二メーターちけー巨体がドアをギシギシ言わしてんだぜ?そりゃ壊れるわ。

 「ああ、嘆かわしい。あなたが乱雑に扱ったせいでドアの立て付けが悪くなってしまいましたね」

 頭を抱えてやがんの。わざとらしっ。

 『おいおい、まーたやってるぜ』

 『新人いびりのユスとグードー。あいつら性根腐っているわね?』

 あ、やっぱり。なーんか、やな奴な感じの匂いがしたんだよなぁ。

 ありがとう、酒場に一番近い机の隣の机に座ってるぼろぼろの革鎧を着こんだうだつの上がらなさそーなおっさんよ。

 「はぁ、嘆かわしーな。お前らみてーな馬鹿が受け付けやってんの?そりゃあんなでくの坊が扉乱雑に扱や壊れるわ。そもそも、お前、俺に問題行動を起こさせたいだけだろ?貸しを作りてーのか、優越感に浸りてーのかは知んねーけどよ、てめーらみてーな雑魚に関わるかっつーんだよ」

 『うぉ、あのガキ根性あるなぁ』

 『グードーの巨体に怯えてないとは!?』

 「おい、そこのおっさんら。あのでくの坊に何で怯えなきゃなんねーんだ。あれ、全部筋肉ならまだしも、脂肪じゃねーかよ!」

 そう、グードーとかいう牛はミノタウロス筋肉の塊じゃねーんだ!ホルスタイン脂肪の塊なんだよ!可愛くない!

 「ああん?ワイに喧嘩売っとるのかも?」

 「最後にも、ってつけるの好きなのか?ま、どーでもいーか」

 「問題行動3回と。これは、石材級冒険者ストールンリーからのスタートになりそうですねえ」

 「別にいーけどよ」

 「ふふふふふ、嫌でしたら私たちの―――――って、え?」

 うっわ、間抜けな顔してやんの。

 ―――――普通ではないでしょうかねぇ・・・

 あ、駄女神だ。

 ま、一つだけ条件は付けるけどな。

 「ああ、別にいーさ。その代わり、そこのホルスタインと戦わせろよ」

 スヴェルナとやり合ってからというもの、喧嘩に対してちょおっと欲が出てきちまってる。

 ライゼンバウアーとの喧嘩も楽しかった。ドウルは戦ってねーから分かんねーけどさ。

 スヴェルナの【膨張立法】にライゼンバウアーの【吸い込むもの】。

 スゲー楽しー喧嘩だった。あいつらのはある意味チートな能力だったよ。

 ただまぁ、俺の能力もピーキーではあるけどチートだぜ?

 一回本気で称号使ってみてーなぁ・・・

 「ワイと戦うも?」

 ずーんずーん言わせるとは・・・こいつ力士の才能でもあんじゃね?

 「ワイは水晶級冒険者クリスタリアも。ユスから聞いとるとおもうも、新人が敵う相手じゃないも」

 「ああ。それな、こいつ説明全くしねーんだぜ?しかもだいぶ端折ってるしよ。俺の服を見てボンボンだとでも思ったのかは知んねーけどさ、説明しなきゃならんだろ」

 ほんとマジ。ユスって奴説明する気ねーんだもん。

 『マジかよ、あいつマジで食怠慢じゃん』

 『職務怠慢、ですね?』

 プッ。おっさん、ガキみてーな間違いしてんじゃん。

 「ふん、仕方ない、ワイが教えてやるも。水晶級クリスタリアは、宝珠級レイジス神鋼級アーリハルコン魔金級ライフェル魔銀級ミシェリアに続いて上から五番も。青銅級ブロンジアは上から十二番目も。差は良く分かったも?」

 うん?実力差にはなんねーんじゃね?

 「雑魚が媚び売って上がりそうだしなー。差という差にはなってねーだろ」

 「ワイを雑魚言うも?」

 あ、キレてるキレてる!いぇーい!

 「ユス、闘技場を開けるも。ワイが目にもの見せちゃるも!」

 「ええ、もちろんです。石材級冒険者ストールンリーごときが職員に逆らうとどうなるか教えてあげてください!」

 「いやぁ、てめーが雑魚なのは目に見えてるし。こいつぐらいしかいないんじゃね?」

 煽りの極意!揚げ足取り!

 ユスに被弾、中破!グードーに被弾、無傷。ま、当たり前か。友達が少ない知り合いが居ようとかんけーねーわな。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ああうん。分かってたよ。

 ん?結果から言おうか?

 当たり前だろ、ホルスタインに狼さんが負けるかっつーんだ。

 〝王牙〟一発で終わったっつーの。ライゼンバウアーとの殴り合いは三十分くらい続いたのに・・・つまらん。

 水晶級クリスタリアって雑魚すぎね?

 「アッハッハッハ!お前、強いな。あいつは実質黄金級ゴールデンの下位ぐらいの実力しかないんだよ。ユスと組んで安全な依頼を回してもらってただけでなァ・・・あんなのがいるから冒険者がやかんだって言われるんだよな!」

 「野蛮な、や、ば、ん」

 なぁんか陽気なおっさんと突っ込み役のおっさんが来た。

 って、さっきの食怠慢のおっさんじゃん。

 「あの程度で黄金なのかよ、ちゃっちい黄金だな」

 「そうだなァ、お前ならきんぴらの黄金になれっかも知んないなァ!」

 「いや、金ぴかだからな・・・少年、君は何と言うんだい?私はライ・ルーカーという。一応黄金級冒険者ゴールデンだよ」

 突っ込み役のおっさんはライ・ルーカーだってよ。何か鱗付きのサソリの尻尾みてーなの生えてる・・・

 「ああ、俺はカイル、樹住族だ!白金級冒険者プラティニアだ!」

 「いや・・・あってる!?」

 「ルーカーさんよ、んな驚かんでもいーだろ」

 どんだけつっこっむのが日常なんだ・・・

 いやぁ、冒険者ってわけわかんねーの多いな。

 「ああ、私は蛇蝎族だからライと呼んでくれ。ルーカーは家名だからね」

 「なぁ、ちみなに、お前、入るクラン決めてたりするか?もしよけりゃあ俺たちのクランに入らねーか?自由な奴は居心地良いぜェ!」

 へー、そりゃいーかもしんねーけどさー。

 「いや、そもそもクランの名前を知らん。五大クランっつーのがあるとはきーたがそれだけだ。ユスって奴説明しねーしなー」

 「・・・それはご愁傷様だったね。袖触れ合うのも多少の縁という、私たちが教えよう・・・・・・あと、カイル。ちみなにじゃなくて因みにだ」

 あ、突っ込むんですね。

 

 「五大クランと言われるクランは一般的に《鋼鉄の三頭番犬アイゼン・ケルベロス》《炎の守護者ブレイズセイバー》《濃霧の妖精ミスティック・フィア》《不動たる山アンアクトマウンテン》《旅人の酒場トラベル・クラネス》の五つだ。順に序列一位、二位、三位、四位、五十八位だ」

 いや、一個だけ順位違くね!?

 「ああ、《旅人の酒場トラベル・クラネス》は別名大問題クランと言ってね、問題児が多すぎて順位が低いんだよ。理念からして他とは違うしねぇ」

 「理念?」

 何か、きーたことあるよーな?

 「うん。《旅人の酒場》の基本理念は冒険。危険に踏み出し、自由を追う。それが我等がクランの目的さ」

 「ほー。よし、そこ入ろ・・・ん?」

 「いやぁ、出来れば入ってくれると嬉しいね・・・って、本気かい!?」

 いや、本気も本気。つーか、冒険しなきゃ誰が冒険者名乗るんだっての!!!!

 「これは元気で有望な新人が入りそうだな。ライ、マスターに歌の準備だと伝えなければ!」

 「「宴だよ!」」

 おっと、かぶっちまった。まぁ、こいつらも自由を追い求める問題児ってことかな。

 ―――――いーじゃねーの。

 しっしっしっし。含み笑いもプレゼントだぜ。

 「で?そのクランはどこにある―――――」

 

 バァアン!!

 

 ドアが完全にぶっ壊れた。

 ついつい三人ともそっちに目が行っちまった。

 「「「壊れちまった」」」

 あ、はもった。

 「て、デブじゃねーか」

 そこにいたのは、デブこと今朝のデブだった。

 ―――――それ、変わってないですよね。

 黙れ、駄女神。

 ―――――理不尽ですぅ・・・

 確か名前は、だ、だ、だ?あ、そうだ!

 「今朝の、ドリル!」

 「ぼくはダリルだ!!」

 ちゃうかったやん・・・あかんやん、俺、頭悪いんかいな・・・

 関西弁出ちまったぜ。

 興味もねーし、ついーっと目を逸らそうとしたとき、取り巻きの二人も入ってきた。

 因みに、今の俺の聴力は前世の十倍近いと思う。

 それを踏まえて。建物のロビーの所から玄関ドアのとこで会話してる阿保共のヒソヒソ声を聞くぐらい簡単だってわかるだろ?


 『あの犬女、さっさと死んでくれるかな』

 

 は?


 『奴隷としても使えなかったしねぇ。ダリル様に色目使い始めるし』


 こいつら・・・?

 

 『次は人間の奴隷にしてよ、ダリル様』

 

 ああ、そう言うことか・・・・・・・・・

 

 『そうだな、ぼくには相応しくなかったァ、ぐげぎゃ!?」

 

 死ね。

 「グルルルルッ!」

 つい、喉から吼え声が漏れた。

 ああ、卵みてーに潰しちまおうか。こんなデブにあんな上等な美少女はもったいねー。

 「ふざけんじゃねーぞ、クソども!あのかわいい子を、奴隷だと!?」

 ああ、叫んじまった。

 まぁ、仕方ねーよな。

 フィフェだったな、あの子がこんなゴミムシのせいで酷い目に遭ってることはよーく理解できた。

 そもそも、次会ったらこうしてやろうとは思ってたんだよ。

 なぁ、構わねーよな?女神さんよぉ。

 ―――――

 無言か?肩入れは出来ねーって?

 別にいーさ。

 俺は、俺であの子を助ける。いい女は自由にしてやんねーとな。

 


 朝。というか、気分的には十時くらい。

 俺は、美の化身フィフェとの遭遇を果たした。ついでに醜の化身ダリルとも。

 別れ際、デブの方を片眼鏡で覗いたんだ。

 そのステータス。ある意味、テンプレ的な奴だと俺は感心したっつーもんだ。

 ――――――――――――――――――――――――

 名前:ジャンルフール・マネム・ダリル

 年齢:11歳

 職業:白銀級冒険者

 称号:【悪徳貴族】他隠蔽中

 備考:所属パーティ〝貴き力〟。実力のない白銀級冒険者。心隙支配:支配人数、3人。

 ――――――――――――――――――――――――

 もう、うわーって思ったね。

 悪徳貴族だぜ、悪徳!しかも何でこいつだけ隠蔽しないんだーって思ったら、罪科系称号のため隠蔽できませんって出るんだぜ?

 もう、wwwwwwwwwwwwって感じだっつーの。

 んで、気になったのが心隙支配。

 これ、何か強制魅了系の称号みたいでさー。

 犬耳美女たるフィフェまで支配してたんだよねー。

 いや、分かるよ、分かるけどさ。美人だし、自分の恋人にしたい気持ちはな?

 朝の感じを見て、恋人の様なものだと思えるならな。

 

 俺には、ムリだった。

 

 罪悪感はあった。

 デブみてーにどう考えたって悪役な感じじゃねーから。

 すっごい可愛い美少女だから。出来れば、俺の物語人生ヒロインパートナーになってほしいから。

 そんな感じで理由なんかいくらでも出てくる。

 でもまぁ、繕っても仕方がねー。

 俺は。

 俺は、フィフェのステータスを覗いたんだ。

 

 怒髪天を突いた。

 

 俺が怒ることじゃねーってわかってる。

 

 怒りはフィフェのもんだって。

 

 それでも――――――

 

 俺は、それでも、感情が止まらなかったんだ。

 

 

 そっから、ずっと、俺の腕は獣人化したままだった。

 黒い毛皮を纏って。力が暴走しそうになって。感情があらぶってドアを壊しそうになるぐらい、勝手に渦が巻いていた。

 今は、耳も生えた、尻尾も生えた。

 でも、それでも終わってねー。

 口と鼻はとがって突き出し、顎は割れたように横に広がって、牙が並んだ。顔はもう九割九分狼のそれになってる。声も低くなって、少し聞き取り辛くなってると思う。

 格好いいとか考える暇がねー。

 フィフェの、ステータスを思い出しちまったから。

 ――――――――――――――――――――――――――

 名前:フィフェ

 年齢:九歳

 職業:黄金級冒険者

 称号:【炎天の主】

    【はぐれたもの】【群れ殺し】【炎の暴れ者】【炎を越えし者】(【被支配者】【過剰なる愛】称号保持者確認不可)

 備考:隠蔽中

 ―――――――――――――――――—————————

 【被支配者】・・・獲得条件;支配能力下にあること。効果;意識誘導が自動で行われる。保持者確認不可

 【過剰なる愛】・・・獲得条件;愛する相手が自分への悪感情を持ち、更にその感情量を自分の愛が超えること。効果;称号隠蔽失敗、保持者確認不可、感情を強化。

 ――――――――――――――――――――――――――

 「てめーが、したんだよな?デブ。で、あの子、何処やったんだよ。早く答えろや。・・・そもそも、聞こえてんだよ。あの子を支配した上に、奴隷扱いか?お前はさー」

 爪が、デブの顔に突き刺さる。血が流れようと何の関係もねー。

 死んじまえばいーんだよ。

 「心の隙に付け込んで支配って随分と、悪徳貴族様だなァ。死ぬか?すぐ死ぬか?」

 「うぁああぁ!?」

 死ぬんだな。

 思い切り、デブを投げた。

 ・・・カイルに。

 「うおおお!?何故俺に投げた!?」

 「壁壊したら怒られるだろーがよ。それにアンタならなんとかすんだろ?」

 「・・・仕方無いですね」

 「頼むよ、俺は今から、可愛い子助けに行ってくる。このまま、こんな胸糞わりー奴らの顔見てちゃあ・・・・・・引き裂きたくなっちまう」

 不細工女どもの匂いから、美の化身の匂いがした。

 まだ、そう遠くない。

 ついでにくっさい猫の匂いもする。

 こりゃあ、俺の出番だろ。

 壊れたままのドアから飛び出して、狼顔から人間顔に戻った。

 鼻はまだまだ利いてるぜ?

 


 ――――――地面を思いっきり蹴っ飛ばして、はぐれ狼が空を翔けた。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 もう、二来約二時間半ぐらいかなぁ・・・

 ダリル様、助けてくれないのかなぁ・・・

 黒髪の人の名前知りたかったなぁ。

 いろんな考えが浮かんで消えて、まるで泡のお城にいるみたいな気分。

 そろそろ、動けもしない。

 さっきからずっと、捕縛系の魔法で足止めしているのだけど、もう、魔力がないの。

 そう、後持って二歌7.2分? 

 「GGUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!!」

 ああ、もう外れそう。

 「縛り上げてアシュラーハ燃やし尽くせヴィランヴェルジェ

 正真正銘、最後の一回。

 もう、魔力は無い。

 目の前も、ぼやけていく。

 冷たい感覚が頬を走り抜けていく。服越しに濡れそぼっていく感じが毛に纏わりついて気持ち悪い。

 ああ、でも。

 もう、終るんだなぁ・・・

 眠い。

 

 もう、

 

 ダメ

 

 

 ああ、

 

 

 

 あったかかったなぁ・・・

 

 

 

 

 

 「お休みか?お嬢さんマドモアゼル

 あったかい手が。私の額に乗せられた。

 

 あれ?

 

 ドクン、ドクン。

 

 そんな綺麗な音が聞こえる。

 何だかあったかいな。

 「ま、俺に任せろ」

 手が、離れてく。

 もう少し・・・

 私の手が、あったかい手を、捕まえた。

 

 「ん?もう少しいろっつーことか?」

 

 ああ、戻って来てくれた。うすぼんやりした目を開けたい。

 このあったかい手を持っている優しい人を見たい。

 ―――――もう、寝たらいいんじゃないか。

 そう声が聞こえてくる。

 でも。

 この人を見ないと、きっと後悔する。

 ―――――意外と優しい人ですよ。この人。

 ああ、綺麗な声も賛成してくれる。

 ちょっとだけ、頑張ってみよう。

 赤橙の光は分かる。

 もうちょっと。

 ああ、これは、土かな?

 茶色い、ざらざらしてる。・・・・・・冷たい。

 あったかい、手。

 「よいしょ。ちょっと揺れるけどさー、許せ。猫がそろそろ逃げるんだよ。躾けねーとなァ?ハッハッハ!」

 あったかい。

 うわ!?持ち上げられた!?あったかい。

 手、だけじゃない?腕の、中?

 ああ、あったかい。

 気持ちいい。私、生きてていいの?

 

 「早く目覚ませって。あんなデブのために、可愛い子が死ぬことねーって」

 


 生きてて、いいの・・・?

 

 ぶわっと、冷たいけどあったかい、そんな何かが、頬を走った。

 あ。

 「泣いてんじゃねーよ。笑ってるほーがいーに決まってんだろーが」

 ぐって、抱き締められた。涙で、服濡れちゃうよ・・・

 いいの・・・?

 「泣きたけりゃ泣いてから、笑え。俺は、まだ見てねーアンタの笑顔が見てみてーんだよ」

 照れてるね・・・

 生きても、良いんだよね。

 群れを殺しちゃった私でも。

 親の記憶なんてない私でも。

 可愛くない、強すぎる私でも・・・

 「なーんか、勘違いしてんじゃね?俺は、マジでアンタが可愛いと思ってるぜ?寧ろ付き合ってください」

 あれ・・・

 哀しく、無いよね・・・?

 「オーケーなら無理やりにでも笑って。ダメでも笑って。マジで一回笑ってんの見てみてー」


 あああああッああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああっ!

 

 「うあああぁぁっぁあおあおああああああああっ」

 「好きなだけ、泣け。俺がいるから・・・あー、キザ。何でこんなこと言ってんだろ・・・可愛すぎんのが悪い。バカップルか」

 いいの、いいの?

 私で、いいの?

 こんな、私で・・・・・・・・・・・・・

 「ま、いーさ。可愛い子がいるんだ。ちょっとぐらいカッコつけても。いーぜ、泣きたくなくなるまで俺の制服濡らしときな。こちとら、駄女神のお陰せいかお姫様抱っこに何の労苦もねーんだよ」

 うああ、ああ、ひっく、うあ、うん、ああああ、ぁ・・・

 ―――――ありがとう。

 心の底から、そんな言葉が響いてる。

 

 ―――――目が、開いた。

 

 黒い服が飛び込んできた。いい生地の服だ。

 金色のボタンが目に入った。これ、文字なのかな・・・?

 白い服も見える。やっぱりいい服。

 ピンクに近いけど、少し浅黒いそんな不思議と安心する色の肌が見えた。

 黒い髪が見えた、黒い瞳が見えた、少し吊り上がった口の端が見えた、切れ長だけれど、吊り目がちで、少し怖そうで、でも優しい色が感じられるそんな印象を与える目が私の顔を覗いている。

 綺麗な黒目、あったかい黒・・・

 今日の朝、会った人。

 ・・・すこし、会いたかった人。

 

 「あとは、俺に任せろ。人面猫ごときにやられてたまるか」

 ああ、この人は。

 

 ――――――――――優しい人だ―――――――――――

 

 「あ、あり、ありが、ありがとうぅう」

 「気にすんな、俺は俺のやりてーようにやる」


 ニヤッと笑ったこの人は、今朝より、とっても、とっても、かっこよかった。

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