勇者の記念すべき一歩
「へ?龍?人間じゃなくなったのか?」
真白が狼狽えてら。(笑)。
「ああ」
静かにしっかりと龍慎は頷く。しかし、他の奴には動揺が走ってる。百メートル九秒台で走ってやがる。無駄に速い足だよ、ほんと。
ここらで、誰か援護射撃しねーかな。
ぐるりと見渡すが、狼狽えてねーのは俺と高井だけ。で、高井はそんなキャラじゃねー。
なら、俺がやるしかねーか。
落ち着かせようとしてる龍慎に向けて、質問する。
「で?龍慎、お前は何になったんだ?」
俺の声に合わせてクラスメイトは静かになる。気になっているんだろーが、こういう所が俺はあんまり好きじゃねー。
没個性的っつーの?
「そうだね、僕は皆と共にありたい、守りたいと思ったから、そういう力のある種族にしてくれと頼んだんだ。そうして女神さまに教えてもらったのは、〝精霊〟だった」
せ・い・れ・い?
アレか?精霊か?透けたりできんのか?そりゃスゲーな。
「精霊・・・かっこよすぎんだろ」
真白が何か呟いてやがる。真白って見た目に反して純愛型の乙女だからなぁ。阿保みてーに龍慎にべた惚れしてやがる。他にも数名龍慎が好きな奴はいるけど、真白もまあまあ美人らしーからな。ヤンキーでも顔がいいとなんも言えねーんだろ。八坂もいるし。
「一応、『作成』の属性を得た精霊みたいだ。魔道具を作る知識もなぜかあるし、女神さまがくれた特権なんだと思う。―――それで、桐吾」
あ?
俺のこと呼んだのか?何故?
「お前は何になった?」
『え?』
全員の声が揃った。
こいつ、何で分かんだよ・・・
一を聞いて十を知るってレベルじゃねーぞ?ほんと主人公っぽい奴だよ。何で勇者じゃねーんだ?
「何の話だ?」
ま、まずはとぼけよう。こいつの事だから、巧いこと説明すんだろ。
「お前さっき、僕は何になった、聞いたろ?それ、僕以外に人間をやめた奴を知っているっぽい言葉じゃないか。桐吾の事だから、他人がそうなったことは絶対に漏らさないようばらさないよう注意するだろう?なら、桐吾自身が人外になったんだろうということが分かる」
金田〇少年みてーな奴だ。
マジ訳分からん。俺の性格を俺より知ってるってどういうことだよ。
「何でそれだけでそこまで分かんだよ」
おっと口から漏れてしまった。
「お前とは小さい頃からの付き合いだからな。クラスメイトの誰よりも良く分かる」
「めんどくせー奴。ま、いい。俺は〝人狼〟だ。狼さんだよ」
そう言って二ッと笑い、牙を出す。何の弊害かは知らねーが、犬歯が長くなって牙に見えるようになった。犬っぽいからよし、どころか大歓迎。
「うわ、マジでワンコになりやがった」
「うるせー、ヤンキー。犬はかっこいいだろーが。犬を馬鹿にするんなら、喧嘩買ってやるぞ?お前ごときが俺に勝てんのか?アァ゛?」
犬舐めんなよ、クソ女!
「は?ワンコが人間様に逆らうんじゃねーよ!」
俺も真白も一触即発、戦前直下だ。ま、やめる気ねーがな!
「止めろ、犬山、真白。時間の無駄だろうが。今は井上の話を聞く時間だろう」
「うるせーよ、木原。犬を馬鹿にするやつはもれなく俺の敵だ。八つ裂きにしてやる」
殺意はマシマシだ。段々と筋肉が膨れ上がんのも感じる。これが変化、イイ感じだ!
「美姫、桐吾、やめてくれ。今はタケの言う通りだ。あと、桐吾。狼化していってるから。殺気が出てるから。止まれ!」
龍慎、俺は今テンションすげー高いんだ。止まると思うな?
「美姫が泣きそうになってるから!」
鋭い目尻に潤いがたまっていってる。かんけーねーな。謝罪を聞くまで止める気はない。
「美姫、ほら、謝ってくれ!頼む!こうなった桐吾はマジで止まらないんだ!三年前も一週間停学になってるから!不良を五人ぐらい血祭りにあげたんだって!」
「おい、龍慎!他人の昔話を勝手にするな!」
「―――――ッ。わ、悪かったよ」
へえ、謝った。こいつが引くとは思わなかったな。って、何か耳打ちしてたな、小暮。後で聞きだしてやる。ま、次だ次。喧嘩は終わりだろ。
そう思って龍慎を見れば、頷いてくれる。よし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空気が変わった。
それも一瞬のことだ。
僕は――――高井雄介は彼の後ろで見ていただけだ。
委員長以外の誰にも優しい言葉を使っているのを見たことがない真白が怯えていた。
彼が、犬山桐吾が睨んだだけで、真白の目尻に涙が集まっていった。これまでも幾度もぶつかり合っていた彼らだが、一方的に真白がやられていたことがあっただろうか。ない。断じてなかった。
『うるせーよ、木原。犬を馬鹿にするやつはもれなく俺の敵だ。八つ裂きにしてやる』
たったそれだけ。
少しの言葉を言い終えただけで、空気が張り詰めた。喉が詰まった。冷や汗が流れた。
『八つ裂きにしてやる』
これまで、殺す、ぶん殴るなど粗暴な言葉を使うことは多々あった。
だが、初めてだ。
子供が簡単に使う言葉。
それ故に怖さが薄れてしまう。
僕は読書が好きだ。いろいろな本を読んだ。ミステリーも、サスペンスも。こういう話で死を意味する言葉が出てくるのは当然だ。
しかし、それ以上に多いのがファンタジーだ。
特に異世界に跳ぶようなもの―――――今の様な状況を描いた物語ではよく出てくる。
何度も何度も。主人公の勇者がやむなく人を殺して落ち込むシーンは王道だ。勇者たちに追放されてしまった落ちこぼれが凄惨な経験から簡単に他人を殺すこともある。
それでも、僕が読んだことのある死よりも、今経験した恐怖は圧倒的だった。
素晴らしいと感じた表現は何度もある。
けれど。
自分で感じるのは別だった。
彼は、どうなっていくのだろう。
僕は彼の物語が読みたいと思った。
勇者でも落ちこぼれでもなく。
誰よりもこの世界に適応できそうな、此方に来て、本気で枷を外しただけの、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「僕も、人間じゃなくなったんだ」
うぉ!??
高井が、自分から喋ったァ!?!?
クラスメイトに注目を浴びると分かって!?
何があった高井!
「お前が喋るとは珍しい。犬山と真白の喧嘩に比べれば億か兆倍ほど珍しい。不思議なこともあるもんだ」
「僕も人ではなくなって、女神さまに聞いたけれど、三人しか変わっていないらしいから、僕と委員長と犬山君で三人だろう?今言わなければずるずると引きずってしまう気がしたんだ」
長文を喋った、だと・・・
高井。よくやったな。
おそらく俺と同じ気持ちで驚いている高井に話しかけた奴。ポカンと口を開いているが少し笑っている。確か幼馴染と言っていたな。
奴は
クラスメイトの総意だったはず。何で柔道の7段持ってんのに空手やってんのかわかんねーがどっちも大概だ。阿保みてーな経歴だけに小暮や真白ですら木原の言うことには一目置いてる。
俺は別だがな。木原が何を言おーと、俺が素直に頷く必要が見当たらねー。
「高井。それで君は何になったんだい?僕も知りたい」
龍慎が手助けする。
「僕は、僕は竜人に、竜の獣人になった」
そう言って現したのは、パキッ、という音と共に見える手の鱗。瞳孔が縦にすぼんだ竜眼。こめかみの辺りから伸びる二本の白い角。
クラスメイトに動揺が走る。
龍慎が人外へと変わったと言った時には及ばないが、竜人というカッコ良さそうな種族に対しての羨望の眼差しが幾筋も送られる。
特に男子が多い。
阿保な奴らだ。人狼の方が圧倒的にカッコいい。
「じゃあ、高井の種族も分かったところで、全員の称号でも確認するかい?僕はさっき言ったけど、皆も周知してもいいと思う。でも、別に不安だから言わないという選択肢を取ってもいい。僕だってこの世界に来て不安なものは不安だからね」
さーすが主人公。
優しさを見せることで無意識に逃げ道を絶つ。
おっそろしー奴だよ、ほんと。
「悪いが俺は一抜けだ。俺はこの城を出る気だから」
俺は俺のスタンスをはっきりさせときてー。龍慎にはほのめかしたけど。
「桐吾はそうだよね。さっき聞いたし」
龍慎は理解を示してくれる。
―――――ほんと、俺にはもったいねー親友だよ。
「おい!犬山お前、龍を裏切るのか!?」
勝手に憤慨してやがるクソ女とは格が違う。
「犬山、流石に今のはオレも驚いたぞ」
いつものヤマイヌ呼びも忘れた小暮も、
「・・・・・・」
何も言わないなりにじっと俺を見てくる八坂も、
「まあ、犬山ならなんとかできるだろう。俺が言えるのは頑張れだけだろうな」
何でかは知らねーけど、俺を認めてやがる木原も、
「君は行くのか。・・・君なら何でもできると思う。頑張れ」
なんだかんだ言って快く送り出しやがる高井も。
確かに仲間なのだろう。
だが、俺にとっちゃどーでもいい。
昔から。そう。本当に昔から。
俺の親友は龍慎しかいなかったし、俺が守りたいと思えるのは龍慎含めてこれまで二人だった。
もう一人は死んだけど、龍慎はまだ生きている。確かに支えてやるのもいいかもしれない。けど、龍慎はそれが苦手だ。人に頼りたがらない。
俺は、こっちに来て、クラスメイトから離れることに心残りが在るとすれば、間違いなく龍慎の存在だけだ。親友のそばにいれねーのはつれーけど、俺は俺の道を行く。
「言われるまでもねーんだよ。俺は俺だ。好きに生きなきゃ人生損だろーが」
「はっ!親ナシのくせに何カッコつけてやがる!」
空気が凍り付いた。
ま、こいつはこう言うよな。
「黙って聞いてりゃよお、お前、
「ああ。全くだよ」
「ここで退くのは男が廃ると分からないのでしょうね」
馬鹿共のわめき声がうるせー。
「おまえらさあ」
一応反論してみよう。
「逃げるだなんだって騒いでるけどよ、たとえば本気で怖くて逃げる奴がいても、守りもせずに罵るのか?俺は、てめーらみてーには割り切れねー。怖えーんだったら逃げればいいと思う。ビビってる奴がそこにいても守れないだろ。なぁ、龍慎」
「そうだね。怖いときは怖いと言ってくれ。僕は君たちを守りたいから、ムリして傷つく姿も見たくないんだ」
自分勝手で、自己中心的。
それでもクラスメイトの心に響く。
それが、自分のために他人を思う、井上龍慎という男だ。
マジでスゲーと思う。
三馬鹿―――――
「初めまして。儂はこの国、シンフォード聖王国国王ルーガイン四世だ。歓迎しよう、異世界の勇者様方」
豪勢な服を着て、無駄にごてごてした杖もって、老人で。
The・王様、みたいなのが来た。カイゼル髭でっか。
「初めまして、国王陛下。私たちは元の世界において一般人でしたので不作法も多いと思いますが、どうか寛容な対応をお願いしたく」
スゲーな。
龍慎の奴、こんなめんどくせー状況で全く噛まずに乗り切りやがった。
あんなセリフが良くペラペラと出てくるもんだ。
「もとより、儂等が勝手におよびしてしもうたのでな。まずは謝るべきであろうが、儂の頭の上にはこの国の矜持とでもいうべきモノがのっかっておる。落とすわけにはいかんから軽々しく頭は下げられん。言葉だけでよいだろうか」
「陛下がそうおっしゃて下さるだけで私たちとしては恐悦至極に存じます」
「ふむ、貴殿のお名前は何と言うのであろうか」
「私は、井上龍慎と申します。ステータスカードにより確認させていただきましたら、元の世界の家名は失われておりましたので、私を呼ぶのであれば、リューシン、とお呼びください」
「ふむふむ、貴殿がリューシン殿が勇者様方のまとめ役ということだろうか。勇者様なのだろうか」
ま、当然の疑問だな。
「いえ、私は勇者の称号は持ち合わせておりません。ルナ神より、勇者の仲間として頑張ってほしいと、そう告げられております」
「ほう。では勇者はどなたなのだろうか」
これ、いけんのか高井。
「そういえばアタシも聞いてないぞ!龍以外が勇者なんてあり得るのか!?」
クソ女が騒ぎ出す。
ほかのクラスメイトもそういう、犯人探しとでもいうべき空気になっていく。
高井は顔色を悪くしていくが、勇気を振り絞ったのか、一歩踏み出した。
「国王陛下」
「ふむ。貴殿の名は何というのであろうか」
高井が喋りだしたことにより、他の奴らが一斉に黙る。
「僕は、いえ、私は、高井雄介。委員長に合わせるなら、ユースケと申します。・・・・・・私の称号は、【魔本の勇者】。おそらく、私が勇者として召喚されたものです」
よく頑張った、高井。
俺は記念すべき一歩を踏み出したお前を尊敬しよう。
「・・・犬山。声が出ている」
あ。
「ふむ、して貴殿の名は?」
あ、王様にロックオンされた。めんどくせー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます