第4話【腕利き傭兵】

 ――傭兵。


 国家同士の戦争や小さな村の小競り合いまで、様々な荒事を飯のタネにしている、いわゆる何でも屋である。

 傭兵を使い潰すような真似をする者もいるが、傭兵の中でも当然ながらランクというものは存在し、実力のある者はそれ相応の待遇で歓迎されることとなる。


「……にしても、魔獣保護のためにわざわざ傭兵を雇うなんて話は聞いたことがないな」


 傭兵の中でもトップランクの実力を持つとされている男――ジャンは、目的地に向かって進む馬車の中で揺られながら、雇い主であるアデルという女に声をかけた。


「仕方ないのですよ。今回保護の対象にしている魔獣ライガですが、現地にはこれを狩って食糧としている狩猟民族が確認されています。もし彼らがこちらの話を聞かずに襲ってきた場合に、対抗できるだけの備えが必要ですから」

「傭兵のおれなんかが言ってもアレだが、できれば相手は人間より魔獣とかのほうがありがたいね。そのほうが何も考えずに剣を振れるってもんだ」

「あら? あなたぐらい有名な傭兵でも、剣を振るときに迷うことがあるんですか?」


 たしかに、戦場では数えきれないほどの人間を殺しているが、それでも相手が人間の場合は躊躇することだってある。


「……できるだけ考えないようにしてるけどな。にしても、わざわざ高い金を払ってまで傭兵を雇うってことは、その狩猟民族ってのはかなり強いのか?」

「強いですよ。なにせ魔獣ライガを倒すことで一人前として認められ、成人の儀としてその肉を食すという習慣があるぐらいですからね」


 アデルが自分の眼鏡を指でクイッと動かす様子を観察しながら、ジャンは疑問を口にする。

 襲いくる強力な魔獣を倒せるほどに強い、というのは理解したが……。


「ん? ということは、その魔獣はかなり凶暴なやつなんだろ? なら保護する必要もないんじゃないか? 人間に危害を加えるようなら、むしろ駆除対象だと思うんだが……」

「いいえ」


 ジャンの言葉を、アデルは冷静に否定した。


「ライガは言葉こそ話せないものの、人語を理解するほどに脳が発達しており、こちらが危害を加えない限り襲ってこない利口な魔獣なのです。しかし個体としての能力が高い反面、繁殖力は低く、その数は減少する一方で、今や一部の地域にしか生息していません」

「なるほどね。だから保護が必要っていうわけか」


「この世界は、わたしたちだけのものではありませんからね」

「まあ……難しいことはおれにはわからんが、この世界が人間だけのものじゃないっていう考えは、なんとなくわかるよ」

「わかってもらえてよかったです。さて……そろそろ目的地に到着する頃ですね」 




 ――狩猟民族とやらが暮らしているのは、美しい山嶺の景色を望める場所だった。羊や牛などが放牧されており、なんとも牧歌的な風景である。


「まずは、この村の長と話をします」


 アデルはつかつかと村の中央まで歩いていき、村長のところへ連れていってくれと申し出た。

 ちらり、ちらりと、ジャンたちに視線が向けられる。

 風景とは裏腹に、もし好戦的な人間ばかりであれば、いつ襲われても不思議ではない。


 しかしながら、ジャンの心配は杞憂だったようで、少女とも呼べる子が村長の家までの案内を買って出た。

 年の頃は十代半ば……か、もう少し上ぐらいだ。ジャンよりいくぶん年下であるが、街でみかける少女のように、か細いという印象は受けない。健康そうな小麦色の肌に、美しく染め上げられた織物の服がよく似あっており、顔には白い塗料で特徴的な紋様が描かれていた。


「ここが、長の家、だ」


 たどたどしい言葉で案内してくれた少女は、そのまま村長の家へと一緒に入った。


「ラウリィか……ん? その人たちは?」


 どうやら案内してくれた少女の名前はラウリィというらしく、彼女は村長の娘だという。

 アデルは村長へ手短に挨拶を済ませ、魔獣ライガを今後一切狩ることがないようにと伝えた。

 馬車の中でジャンに説明したように、あれらは保護するべきであると主張したのだ。


 さすがにそれには、村長も難色を示した。

 魔獣ライガを狩るというのは、この村の子供が大人になるための成人の儀式であり、ずっと昔から行ってきたものだ。伝統ともいえる狩りを『即刻廃止しろ』、などという主張をたやすく受け入れるわけもない。


 しかも、ライガの肉は非常に美味で、牙や爪、皮や内臓、脂や骨にいたるまで、その全てに利用価値があるのだという。近隣の街にそれらを売りにいけば、かなりのお金になるのだとか。

 


「それに、やつらはわたしたちが飼っている羊や牛をさらっていくことがあります。たしかに利口なのかもしれませんが、害がないというわけではありません」

「なるほど……ライガを狩るのを止めるつもりはないというのですね。やはり、このような辺境に住んでいる野蛮な民族の長には、わたしたちの思想を理解してもらえませんでしたか――」


 アデルがつらつらと喋るのを中断するように、声を荒げる者がいた。


「父を侮辱する。許さない!」

「これ、やめなさい、ラウリィ」


 自分の父を、そして自分たちを野蛮な民族と罵られたことで怒りを露わにしたラウリィが、刃に厚みのある短剣を腰の鞘から引き抜いたのだ。


「何をしているのですか? はやくこの子を止めてください。あなたはそのために雇われたんでしょう」


 アデルの言い方にも多分に問題があったような気もするが、ジャンは仕方なく庇うようにして前へと一歩進み出た。


「悪いが、おれは護衛として雇われてるんだ。この女に危害を加えるつもりなら黙ってないし、どうしてもと言うのなら、おれが相手になる」


 ジャンの言葉に、ラウリィはこくりと頷いてから外へ出るように促した。


「お前に、決闘申し込む。受けろ」


 ラウリィの父親である村長は止めようとしているが、もはや彼女の怒りは収まりそうにない。


「……かかってこい」


 ジャンは無言で自分の剣を引き抜く。


 ――その瞬間、ラウリィが真正面から突っ込んできた。

 少女のものとは思えないほどの、気勢に満ちた一撃。

 若々しく、しなやかな身体の中に絞りこまれた筋肉が、弾けるがごとく爆発的な収縮力を生み出し、ラウリィを前進させたのだ。


 並の兵士ならば、少女の外見からは想像もつかない速度に圧倒され、初撃で命を落としていただろう。

 だが、ジャンはその一撃を正確に見極め、剣で受け流すようにして軌道をずらした。

 そのまま腕を捻じ上げるようにして剣を奪おうとしたが、ラウリィは器用に身体を半回転させて回し蹴りを繰り出す。


 当たれば側頭部を砕き割るような最上段の蹴りだったが、またもやジャンに受け止められてしまう。

 そのまま足首を掴み取られそうになり、ラウリィは身体が宙に浮いている状態から手に持った剣ですぐさま斬り払った。


 地面に着地してわずかに距離を取り、ラウリィはふたたび剣を構えて疾駆する。


 ――さっきよりも速く。

 ――もっと速く。


 ガギンッ!! と硬質で甲高い音が響き、少女が振るった剣がくるくると回転しながら空中で弧を描き、地面へと突き刺さった。


「あ……」


 一瞬何が起こったのか理解できていなかったラウリィだが、自分の喉元にジャンの剣が突きつけられていることを視認し、がっくりと項垂れる。


「二度も正面から突っ込むのは、いただけないな」


 想定外の速度で意表をつけるのは、初撃のみだ。


「……さすがは腕利きの傭兵といったところですね。それでは一度帰ることにしましょうか。今後の方針を決めなくてはいけませんから」


 アデルがそう言って踵を返し、ジャンも無言で続こうとした。

 そのとき――


「待て。お前、ラウリィに勝った。どこいく?」


 と、今まさに決闘を終えた少女から呼び止める声が上がったのだ。

 ジャンは不思議そうにして振り返った。どこに行く? と言われても、アデルを護衛する仕事も果たせたようだし、これから街に帰るだけだが。


 その疑問に答えてくれたのは、決闘を見届けていた村長だった。

 曰く、この村にはある掟が存在しているのだという。


 それは、女が決闘に負けた場合、勝った者の妻になるというものだった。

 おそらくは丈夫な子を産むために、自分より強い立派な男を伴侶とする思想が基盤にあるのだろう。

 ラウリィは器量もよく、男からの人気も高いらしいのだが、村の女の中でもかなり腕が立つようで、寄ってくる男どもをバッタバッタと倒していたらしい。


「ちょ、ちょっと待て! それはこの村の掟だろう。俺はここの村人じゃないぞ」

「関係ない。お前、ラウリィに勝った」

「悪いが俺は街に帰る。伴侶にするなら、次にお前に勝った男を選ぶんだな」


「それ、できない。夫になるのは、最初の一人だけ。お前がいなくなれば、ラウリィ一人ぼっち……ずっと、ずっと」

「そ、そんな目で見るなよ。俺が悪者みたいじゃないか」


 困っているジャンに助け船……いや、泥船を出したのは、隣にいたアデルだった。


「いいじゃありませんか。どうです? あなたはここに残って、魔獣の保護に努めるというのは? 幸いなことに村に受け入れてもらえそうな雰囲気ですし」

「ふざけるな! そんなこと契約に含まれてないぞ」

「では……」


 どさり、と金貨の詰まった袋がジャンの目の前に置かれた。


「追加報酬です。わたしが次に村を訪れるまで、ライガが狩られないように頑張ってください」

「おいおい……本気で言ってるのか?」

「ええ。その少女と本当に結婚するかどうかは、あなたにお任せしますけど」


 正直なところ、ジャンにとっても悪い話ではない。この仕事が終われば、どうせ血生臭い戦場で剣を振るうことになるのだ。腕が立つとはいっても所詮は傭兵。最後にはどこかで野垂れ死ぬことを思えば、この村に滞在するだけで大金を得られるのは悪くない。


「……わかった。ただし、魔獣の保護はできる範囲内でやらせてもらう。村人の狩りを力づくで妨害するとか、そういうのはなしだ」

「ええ、いいでしょう。それではわたしはこれで失礼します」




 ――それから半年。


 ジャンはすっかりと村に馴染んでいた。

 羊の放牧を手伝い、牛の乳を搾るという平和な毎日は、血を血で洗うような生活をしていた彼の心を確実に癒やしていったのだ。


 また、ラウリィも甲斐甲斐しくジャンの世話をやいた。決闘に負けたから仕方なく……というわけではなく、本当にジャンのことを気に入ったようだ。あまり得意でなかった料理も必死に練習することで上達してきており、その様子がなんとも微笑ましいものだった。


 だが、ジャンとラウリィが正式に結ばれたわけではない。

 というのも、ラウリィが成人となる儀式を受けていないからだ。


 村で暮らしている子供の顔には、白い塗料で不思議な紋様が描かれている。これは子供を悪しき気から守るという呪を込めたものだそうだ。魔獣ライガを倒すという成人の儀を終えれば、晴れて大人として認められ、紋様を落とすことができる。


 ラウリィほどの実力があればライガを倒すことも可能であり、成人すれば結婚も許されるのだが、ジャンがそれを由としなかった。


「別にいい。ジャンが嫌なら、狩らない」


 ライガを保護するという名目でこの地に滞在しているジャンとしては、そう言わざるをえなかったのだ。

 しかしながら、ジャンが説得したからといって伝統がすぐさま変化するはずもなく、他の村人によって狩られるライガの数は、あまり減らなかった。


 そんな頃、アデルから手紙が届いた。


『近々、そちらを訪問する。詳しい話はそのときに』


 その内容に、ジャンは焦燥を隠せなかった。魔獣保護の活動を怠っているわけではないが、依然として魔獣ライガは狩られているのだ。この現状に、連中が業を煮やしたのだろう。

 保護団体といっても、保護対象を守るためならば過激な行動も辞さないと、ジャンは噂に聞いたことがある。

 もしかすると、今度は実力行使に出る可能性だって否定できない。

 そのとき、自分はどうすればいいのか……?


「……困ったね、どうも」


 ジャンは手入れの行き届いた自分の愛剣を腰に帯び、アデルがふたたび村を訪れる日を待った。

 相変わらず尖った眼鏡をかけた彼女が村にやって来たのは、それから数日後のことだ。


「――突然ですが、あなたにお願いしていた仕事は今日で終了です」


 あまり役立っていなかった自分が解雇されるのはわかる。


「まさか、村人を強制的にどうにかしようってわけじゃないだろうな?」


 胸中に冷や汗をかきながら、ジャンは尋ねた。


「いえ、そうではなく、魔獣ライガは保護対象から外れることになったのです」

「……は?」


 予想外の言葉に、思わずジャンは間の抜けたような声を漏らしてしまった。アデルはそんな様子を眺めつつ、淡々と現状を述べていく。


「実は、ライガの肝に長寿効果があると、王都に住んでいる貴族の間で人気が高まっているのですよ」

「それが、どういう……」

「わたしたちのような団体が、なぜ潤沢な資金を有しているか、それを察してもらえればと思います」


 つまりは、希少種である魔獣を保護する理念に共感し、資金を提供してくれる者がいるということだろう。

 そして金を余るほどに持っているのは……いったい誰なのか。


「なるほど。こうまで見事に掌を返されれば、いっそ清々しいぐらいだな。この世界は人間だけのものじゃないって言ってたのは、嘘だったのか?」

「……なかなか痛いところをついてきますね。ですがあれは本心ですよ。わたしは自分にできる範囲での活動をしているだけです。あなたも傭兵ならばわかるでしょう。戦場で全ての人が生き永らえるなんてことはありはしない。傷ついた兵士を救えるのは、自分に余裕があり、助けられる術を持っている者だけです」


 希少な魔獣でも、全部を保護できるわけではないのだ。

 アデルはそこまで話すと、眼鏡を外して目元をほんのわずかにだけ緩ませた。


「だとしても……何もしないよりは、きっといいでしょう?」

「あんた……わりと不器用な人なんだな」


 そういった考えを持っているのなら、交渉の場において不用意に相手を怒らすような真似はしないでいただきたいものだ。


「あれは、わざとです」

「な……に!?」


「案内してくれたのが族長の娘さんでしたから、父親を侮辱すれば決闘を仕掛けてくる可能性が高いと思ったのです。もちろん腕利き傭兵のあなたが負けるはずもないですし、娘は村の掟によって決闘の勝者と結婚しなければならない。あなたが次期族長ともなれば、保護活動も大いにやりやすくなったことでしょう」


「冗談じゃない。そっちの思惑で、勝手に自分の伴侶を決められてたまるかよ」

「わたしは、結婚するかどうかはあなたに任せると言いました。当然、他にも色々と策は考えていましたよ。もっとも、今では無駄になってしまいましたが……」

「ぐっ……」


 アデルの言っていることは正しく、あのとき村に滞在することを決めたのはジャンだ。


「だ、だが、おれがラウリィと結婚するのなら、あいつはライガを狩って成人として認められる必要があるんだぞ」


 その行為は、魔獣を保護する趣旨から外れるものだ。


「なるほど……そういったことを口にするということは、お二人はまんざらでもない関係になっているんですね。残念です。せっかく計画通りでしたのに」

「なっ……」

「わたし個人としては、あまり魔獣を狩ってほしくないところですけど……障害となっていた壁が取り払われたのなら、すぐに行動へ移したほうがいいですよ。これは不器用なわたしからの、ささやかな忠告です」


 アデルはにこやかな笑みを浮かべながらそう言い、すぐに村を発った。




「――さて、これからどうするかな」 


 アデルとの契約も終了したため、ジャンがこの村に滞在する理由もなくなったのだ。

 しばし黙っていると、横にいたラウリィが心配そうにジャンの顔を覗き込んだ。


「ジャンは、どうする? 村を、出てくのか?」

「そうだな……ラウリィ、よければおれと一緒に行かないか?」

「……うん!!  ラウリィ、ついてく。どこいく?」


 ジャンは屈託のない笑顔で、ラウリィへと手を伸ばした。


「――まずは、村の掟に縛られない場所かな」

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