仕事 Ⅱ
リーズとアーシェラたちが湿地帯に採取に行っているのと同じころ――――
マノンたちリーズの家族は、イングリット姉妹に連れられて村の郊外にある平野に来ていた。
「お母さま……いえ、マノンさんには今日から村のお仕事を手伝っていただきますわ」
「わかりました」
「「奥様!!??」」
無理やり連れてこられたリーズの家族たちに仕事を割り振ろうとするミルカ。
それに対しリーズの母マノンは、驚くほど何の躊躇もなくそれを承諾した。
一緒についてきた(モズリーを除く)侍女2人は大慌てだった。
「ミルカさん……でしたっけ。高貴な生まれの奥様に、庶民の仕事をしろと言うのはいくらなんでもあんまりです!」
「人手が足りなければ、私たちがいくらでも手伝いますゆえ…………奥様は今まで本格的な労働はしたことがないのです」
「お、おねえちゃぁん……流石にお客さんにお仕事を手伝ってもらうのは、失礼じゃないかなぁ?」
彼女たちの言う通り、マノンは生まれてこの方「労働」というものをしたことがない。
と言うよりも、基本的に貴族の家の娘の大半は、生まれてから一切仕事をしないことは珍しいことではない。
この時代の貴族の女性に求められるのは、主人の代わりに家を守り家の格を損なわないこと。そのために最優先されるのは教養や趣味の幅を広げることである。
もっとも、中にはリーズのように恵まれた環境を部の修練に生かす者もいるし、リーズの姉ウディノは学問と魔術の道を志すなど、形にとらわれないものがいることもまた事実である。
「まあまあ、いいではないですか。私、一度お仕事とかしてみたかったの。こんなに可愛い羊さんたちのお世話でしたら、喜んでやりましょう」
「あらあらうふふ、マノンさんはやる気満々のようで何よりですわ。ということで、ミーナは先輩としてマノンさんに羊飼いのお仕事を教えてあげて頂戴」
「ええ~……おねえちゃんは?」
「私はこの子たちを連れて、私の仕事を教えに行きますから。ああそれと、マノンさんのために汚れてもいい服を貸してあげてくださいね♪」
「うわ~ん! 村長さんに言いつけてやるーっ!」
親子ほど年が離れている相手に仕事を教えろと無茶ぶりされたミーナは、珍しくミルカに対して猛烈に抗議するが、ミルカは全く意に介さない。
「それじゃあモズリーちゃん、セティちゃん、行きましょうか」
「あっはい」
「ヤッタぁ! 大きな山にいくの楽しみィ!」
そしてミルカは、いつの間にか釈放されていたモズリーと、なぜか彼女に懐いている異国の少女イムセティを連れて川の上流の方へ行ってしまった。
清々しいまでの我田引水ぶりに、流石のミーナも呆れて言葉が出なかった。
「大きい羊ちゃんね~、お名前なんて言うの?」
「あ、あのっ……その子はテルルっていいます! 男の子です!」
「そうなのー、このふわふわの抱き心地がたまらないわ。やっぱり冬だからかしら? こっちの子たちもふわふわのもこもこ♪」
「まあ、奥様が喜んでいただけるのであれば…………」
「危なくなったときは私たちがお守りすればいいか……」
基本的に、平民の仕事――――それも羊飼いの仕事は貴族から見ればかなり下等な仕事であり、農奴よりはマシと言う認識でしかない。
にもかかわらずマノンは、嫌がることなくむしろ率先して羊にふれあいはじめ、ついには「形から入るのも大事よね」と、ミルカが用意した羊飼いの服に身を包んでしまった。
(大丈夫かなぁ…………? でも、羊さん好きに悪い人はいないっていうし)
羊飼いの仕事は、肉体労働とはいえさほど辛い仕事ではない。
基本的に見張ってさえいればよく、たまに溝に嵌った羊を引っ張り出したりするくらいで、腕力もそこまで必要ない。
時折はぐれそうになる羊を群れに戻す必要もあるが、そういったことは優秀な牧羊犬の「テキサス君」が1匹でやってくれる。
どうやらミルカも、考えなしにこの仕事をマノンにあっせんしたわけではないようだ。
「ふふふ、お仕事するって案外楽しいのね。私は子供の頃からずっと家の中で過ごしてたから、こんな風に外でお仕事するのが夢だったの。もちろん、つらいこともあるかもしれないけれど、それもまたお仕事だって本で読んだことがあるわ」
「マノンさん……」
「奥様……」
そんなことを言いながら、草を食む羊をなでているマノンはどこか哀愁が漂っていた。
貴族の女性として模範的な生活を営んでいたマノンも、もしかしたらリーズのように外に出て自由に生きたかったのかもしれない。
そして、そんな母親には今の自由に生きるリーズの姿がどう映っているのか……
「ミーナちゃん」
「は、はいっ!」
「これから村のお仕事のこと、たくさん教えてくださいね♪ リーズにできるんだから、私にもいろいろできるはず」
「わかりました! 私もがんばりますよっ!」
その後、初めての羊飼い体験と言うことですっかりはしゃいでしまったマノンだったが、普段から出歩いていなかったせいか、翌日脚が筋肉痛になってしまったという。
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