接近
リーズの母親マノンが外の仕事を始めた頃、家族の中でただ一人村に残ることになった姉のウディノは、この日からレスカ姉弟の家で働くことになった。
「一応、裁縫とかは得意だし、手先も器用な方だと思うから、ここのお仕事を手伝うように
「あ、はい! 僕はフリードリヒです。フリッツと呼んでください」
ウディノは王国の魔術学院に席を置いているが、花嫁修業の一環として家事全般について学んでおり、特に裁縫の腕に関してはそれなりの力量があると自負していた。
一方、この村の住人の大半はそれなりに裁縫を行えるが、基本的に各々の仕事にかかりきりなので、服を仕立てたり布を織ったりするのはほぼフリッツの役目だった。
「えへへ~、フリッツ君か~。かわいいねぇ~♪」
「か……かわいい……」
「おいゴルァ!!!! うちのフリ坊を誘惑するな! リーズのお姉さんと言えど、北の雪山に追放するぞ!」
「あー、ごめんごめん。私、昔から弟が欲しかったから、つい」
「つい、じゃないが。あと、あんたには村長という
「確かに
「言いたいことはわからんでもないが、だからと言って人の弟に唾つけようとするな」
立派な兄が二人いるせいか、昔から可愛い弟が欲しいと思っていたウディノにとって、フリッツは色々とドストライクだったらしい。
当然、姉のレスカは気が気ではなく、まるで毛並みを逆立てる猫のように威嚇するのだった。
「とにかく! 村長の頼みだから一緒に働くのは仕方ないが……くれぐれも手を出すんじゃないぞ! 変な事したら、一発で眉間をぶち抜いてやるからな!」
「そんなにおっかないこと言わなくても……いってらっしゃい、姉さん」
変なことをしないか見張っていたいのは山々だが、レスカには村の見張りと言う大事な仕事がある。
扉を出るまで何度も念入りに「手を出すな」と言いながら、彼女はしぶしぶ仕事場である見張り台に向かったのだった。
「な、なんだか姉弟愛が強いお姉さんだわ…………見たところ、お父さんやお母さんがいないようだけど、お姉さんはそれであなたのことを?」
「ううん……僕とレスカ姉さんは姉弟って言ってるけど、血は繋がってないんだ。実は僕も元々は王国貴族の跡取りで、色々あったんだけど――――」
フリッツは仕事道具を用意しながら、この辺境の村に落ち延びるまでの経緯を簡潔に語る。
「……重いわね。本当に運がよかったのねフリッツ君。それに、レスカさんがフリッツ君に執着する理由もはっきりしたわ。ふふっ、あなたたちって姉弟というより、同棲してる恋人同士なのね♪」
「ええっ!? いや、それは……」
「え、違うの?」
「ぼ、ぼぼ、僕とレスカ姉さんは、まだそんな関係じゃ…………ないというか」
「ふぅん」
今まで聞いた話とフリッツの態度で、ウディノはすべてを察したようだ。
(うーん、本当の姉弟だったらねらい目だったのに、よりにもよってこんな面倒くさい関係なのね)
ウディノから見て、フリッツは色々な意味で狙い目になりうる逸材だった。
年はそこまで大きく離れていないし、魔術の才能もあるし、おまけに聞いた話では血筋も悪くない。
だが、どこの恋愛小説だと言いたくなるような関係を現在進行形で続けているとなると、流石に扱いに困ってしまう。
(まあ、しばらく様子見かしら。あまりもたもたしているようなら、私がもらっちゃっても……いいわよね?)
恋の横入りは褒められたことではないが、生き馬の目を抜くような王国社会では、悠長なことをしているとあっという間にかっさらわれてしまう。
場合によっては、取られる方が悪いとさえ言われてしまうことだってある。
妹に結婚を先取りされた姉は、無意識に恋愛欲求が高まっているようであった。
「ウディノさんは……」
「ん?」
「こんなことを聞くのもあれですけど、故郷を離れてこんな辺境の地に無理やり連れてこられて、辛いこととかないですか?」
「そうねぇ」
フリッツは話題を切り替えるためか、魔力糸の紡ぎ方を説明しながらウディノのことについて尋ねてきた。
「正直なところ、突然馬車ごと船に積み込まれて行き先も告げられないまま王都を離れた時は凄く慌てたわ。私だって王都の魔術学院に通っているし、友達だって大勢いるもの。それに、家には読みかけの本がたくさんあるのよ。でもね、私たち家族が何者かに狙われているとわかってからは、むしろ感謝してる。もしあの時、あの商人が私たちを脱出させなかったら、今頃私も母さんもひどい目に合っていたかもしれない」
「そうなんだ…………でも、やっぱりここは小さな村だから、王都と違って不便なことがいっぱいあると思う。虫はいるし、野生動物もうろついてるし、家も狭いんじゃないかなって」
「あのね、私はここまで来るのにずっと船の上で過ごしてきたのよ、そんなの今更気にしないわ。リーズだって実家にいた頃より生き生きしてるし、住めば都なんじゃないかしら。それに……」
「それに?」
「友達なら新しく作ればいいのよ! という訳で、まずは私とお友達から始めてくれないかしら? ね、フリッツ君♪」
「友達……うん、わかった!」
友達ならと言うことで、ウディノが差し出した手を喜んで握り返し、握手を交わすフリッツ。
ウディノがまだ完全にはあきらめていないことも知らずに――――
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