―騎士の月26日― 理想的な家族

秘密

「ヒャッハー! 新鮮な瀝青だーっっ!!」

「これで俺たちも金持ちになれるぞ!」


「夢中になるのは良いけれども、深い場所に嵌らない様に気を付けてね?」


 騎士の月26日――――

 この日リーズやアーシェラたちは、ヴォイテクの仲間の水夫や、この地に視察にやってきた元二軍メンバーたちと共に南西の湿地帯に足を運んでいた。

 彼らの目的は勿論、沼地に湧く黒い宝物こと「瀝青れきせい」。

 1瓶に詰めるだけでハンバーグ1000個分――――もとい、金貨20枚で取引される貴重な天然資源を前に、基本的に金欠気味な海の男たちは泥で服が汚れるのをものともせずに突っ込んでいった。

 深い沼の中に徒歩で入るのは流石に限界があったが、彼らはその辺に堕ちている朽ち木や廃材で即席のいかだを作り、それを浮かべて採取に励んでいるのだが…………見守っているアーシェラからすれば、心配なことこの上ない。


「なんか……うちの連中がすみません」

「まあ、いざとなればシェマたちに助けてもらうけれど、それでも心配だなぁ。とりあえずいつ上がってきてもいいように焚火の用意もしたし、お昼の仕込みもしてるけど…………」


 船長であるヴォイテクまでノリノリで瀝青採取に向かう中、事務員のエミルだけはアーシェラの隣で申し訳なさそうに見守っていた。

 アーシェラもそうだが、後方支援部門の人間は前衛組の無茶を心配するのはどこも同じのようだ。


「えっへへ~、やっぱりシェラってお母さんみたい♪ いつもみんなのことを心配しながら見守ってくれているもんね」

「リーズ……」

「でもっ、みんなのことをちゃんと導いてくれる、いいお父さんでもあるから、ねっ♪」

「ははは、仲がいいとは聞いていましたけれど、想像以上ですな」


 そんなアーシェラの隣では、今日もリーズがぴったりとそばにくっついて、隙あらばぎゅっと抱き着いていた。

 仲睦ましいという言葉では言い表せないラブラブぶりを間近で見せつけられるエミルは、嬉しいやら困るやら複雑な気持ちになってしまう。


(嘘をついてるってわけじゃないんだけど…………自分で決めたこととはいえ、なんだか申し訳ない気分だなぁ)

(えへへ……早くみんなに赤ちゃんのこと言いたいけれど、今はまだ……ね)


 ここにいるメンバーの大半は、普段からリーズとアーシェラの夫婦の様子を見ているわけではないので「世界一熱々ラブラブの新婚夫婦バカップル」くらいにしか思っていないが…………いつも二人の様子を目にしている村人たちは、二人がそわそわして落ち着かないのをイチャイチャすることで発散しようとしているとすぐに分かった。


 というのも、村に帰ってきてすぐにミルカによってリーズの妊娠が発覚した後、村の人々と……ひいてはちょうど村を訪れている客たちに知らせるべきかどうかを、村の有力者たちの間で話し合った。

 その結果アーシェラは――――


「リーズが身籠っていると分かれば、確かにみんな歓迎してくれるはずだ。けれども、このあと数日は危険な作業もいくつかある…………そうなれば、集中できていないと万が一のことも怒るかもしれない。みんなには申し訳ないけれど、このことは帰る直前に知らせよう」


 ということになり、当分の間かん口令が敷かれることになった。

 もちろん、その中にはリーズの母親やお姉さんも含まれていて…………彼女たちは今、村の生活に慣れるためにイングリット姉妹と行動を共にしている。


(そういえば……あの子は結局ミルカさんによって解放されたけど、大丈夫かな?)


 リーズの家族と言えば、アーシェラも扱いに若干困っているのが、リーズの家族に偶然ついてきてしまった敵側のスパイ……モズリーだ。

 あの夜モズリーが一時的にいなくなったことについては、ミルカが「夜道に迷ってそのまま疲れて寝てしまった」と適当に誤魔化したが、その後すぐに彼女の身柄を解放したのだった。

 リーズに害をなす可能性がある存在を野放しにするのはやや危険ではあったが……ミルカが何やら「対策」をするとのことで、モズリーは一応リーズの家族の侍女に戻ったのであった。



「ようお前ら、今日も随分と見せつけてくれるじゃねぇかコンチクショウ」

「あ、スピノラさん! なんだかすごい汚れてるけど、いい獲物見つけたの?」

「おうよ! でっけぇモンスリノケロース(※第1部 3日目参照)だ……ここまで出張ってきた甲斐があったぜ! 解体バラすのはこれからだがな、名人の腕が疼くぜ!」

「ヤッハッハ! すごかったねこの人! 私が教えないのに、あっという間に魔獣の急所を貫いちゃったよ! 魔神王討伐メンバーだけはあるね!」

「きっといい暗殺者になれるわ。私が保証するわ」

「やめろよ。俺は人間なんて解体バラしたくねぇんだ」


 ここで、別の場所に大物狩りに行っていた「解体名人」ことスピノラが、ブロス夫妻と共に戻ってきた。

 彼らは台車「ミネット2号」にどっしりと乗っかるほど巨大なサイの魔獣をどこかで仕留めてきたらしい。

 元々魔獣の素材解体を何よりの生きがいとするスピノラは、この地方の瘴気によって巨大化した魔獣にその険しい目を子供のように輝かせていた。

 その一方で、宿泊しているブロスの家に飾られている巨大な白い狼の魔獣の剥製を見て、彼はその解体現場にいられなかったことを「人生最大の不覚!!」と大いに悔しがっていたとか…………


 それゆえスピノラは、ここ数日は視察そっちのけで血眼になって巨大化した魔獣を探し出し、この日ようやくお目当ての相手を見つけた。

 解体しがいのある魔獣を見つけて、彼は目に見えてウキウキしていた。


「よし、じゃあこの後のお昼ご飯はサイ肉の串焼きを中心にしようか」

「ヤッハッハ、こんなこともあろうかと茎葱も採取してきたよ!」

「いいね! そうと決まれば下拵えだ! リーズ、手伝いよろしくっ!」

「任せてシェラ! スピノラさんは良い感じにお肉のカットお願い♪」

「お安い御用だ!」

「でもその前に清め術で服の返り血を落としてね。あと、そこの壷に手洗い用の水もあるから、料理する前に必ず手は洗うこと。いいね?」

「アーシェラ……お前やっぱり、オカンみてぇだな」


 こうして、海の男たちが瀝青の採取を頑張っている横で、リーズたちはお昼の用意を始めた。

 下拵えした串が焚火で焼かれ、いいにおいを漂わせるころには、彼らは空腹になって戻ってくることだろう。

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