疲労困憊

 術をかけたリシャールをミルファに預けた第三王子ジョルジュ。

 彼が邸宅の奥の部屋まで戻ると、そこにはすでに邪神教団残党を束ねる老人コドリアが佇んでいた。


「これはジョルジュ様…………お早いお戻りで」

「まあな。あの男は便利ではあるが、いちいち壊れるのが面倒だな。人間とは脆いものだ」

「左様で……」

「それより、そなたらの仕事はどうなった? モズリーはまだ戻らんのか?」

「はっ…………いまだにモズリーからの連絡はありませぬ。もはやどこに向かったかも、皆目見当もつきませぬ」

「言い換えればつまり……モズリーが勇者の家族に忍び込ませた間者であることが、何者かにばれているということだな」

「まさしく……」


 あまり芳しくない報告をするとき、コドリアは大体何かを怖がるかのように縮こまってしまい、それが却ってジョルジュをいらだたせるのだが――――この日のコドリアからは、半ば諦めの様な雰囲気が露わになっていた。

 彼のしわだらけの顔をよく見れば、目元に(悪役表現由来ではない)濃い隈が浮かんでいた。どうやら彼は、ここ数日碌に休息をとっていないものと思われた。


 コドリアがここまで疲弊している理由は、邪神教団残党の中核となって東奔西走していたモズリーが、昨年末にリーズの家族と共に船でされてしまったからだ。

 モズリーはリーズの家族の監視のほかにも重要な任務を幾つか担っており、彼女がいなくなるとほかのメンバーがその穴を埋めざるを得ないのである。

 邪神教団「残党」でしかない彼らの人員は、もともと20人程度しかいなかったうえ、昨年末にはメンバーの一部を旧カナケル王国地方にひそかに派遣したが行方不明となって連絡が取れず、そして今主力の一人であるモズリーも消息不明。

 現在の彼らの人員は、アーシェラの開拓村の人口以下にまで減ってしまっていると言えば、その惨状が理解できることだろう。


「ですが、成果がないわけではありませぬ。王宮内の工作は、予想以上に順調に進んでおりますぞ。これも、リシャールとセザールめが人々の憎悪を高めている結果と言えましょう」

「それは何よりだ。本当なら、恨みの矛先はかの勇者に向けさせたかったのだが、いないものはどうしようもない。むしろ、リシャールがいい具合に煽るゆえ、あの愚兄のフラストレーションは天井知らず…………くくく、人間世界随一の大国がいい具合に腐っていくのを見るのは、実に愉快なものだなぁ」

「また、グラントをはじめとする第一王子派閥の動きですが、どうも単なるクーデターではないように感じております」

「うむ……さすがは時期宰相候補の一角だけあって、グラントは中々の狸だ。邪魔をするのであれば、早めに始末してしまいたいものだが、今のところ奴らの動きは我々にとっても非常に都合がいいからな」

「軍権の大半を掌握したことは間違いありませぬが、レタン王子を王位に擁立しようという動きがみられませぬ。かといって、彼ら自身が王として君臨する計画も全くない模様…………」


 モズリーがいない中でも、彼らは全力を振り絞って情報収集や王国内での謀略に奔走していた。

 その結果、彼らがまず第一の目標とする「第二王子への憎悪を高める」計画は、想定を大きく上回る成果を出していた。

 欲を言えば、ジョルジュが言うようにリーズへの憎悪を高めることも視野に入れたかったが、昨年末のとある貴族令嬢の葬儀の一件で、リーズの母マノンが見せた勇気により、リーズを悪く言う声は急速に少なくなってしまった。

 リーズの存在は、ジョルジュとその一味にとって目の上のたん瘤であり、出来れば確実に始末しておきたいものだが、ほとんど誰も居場所を知らないようではどうしようもない。


 その一方で、グラント達がクーデターを画策する動きを見せていることは、去年から掴んではいるのだが、肝心の目的がいまだに見えない。

 一応、彼らは第二王子セザールに反発していることは確かであり、彼ら第一王子派閥が第二王子派閥と政治的に正面からぶつかり合っていることで、ジョルジュたちがより動きやすくなっていことはありがたかった。

 しかし、いつどこで彼らがジョルジュたちに牙をむくかも不透明であった。

 ましてや、彼らがジョルジュたちの計画に気がつけば、非常に面倒なことになる。


「我らの動き……奴らはどこまで掴んでいるのだろうな?」

「見る限りでは、奴らは我々の存在に一切気が付いていないようですな。しかし、モズリーを通じてあの商人の動きと勇者の家族の動向を探っていたのを知られた以上、全く知らぬということもないでしょう」


 もし、モズリーが内通者だとバレていなければ、リーズの船で逃げたリーズの家族たちは、南部諸国にあるどこか適当な港で船を降りるであろう。状況的に、それが最善の判断と言うものだ。

 しかし、モズリーが今になっても戻ってこないということは、リーズの家族たち――――ひいては彼らを裏で庇護している第一王子の一派が、内通者の存在に気付いてモズリーを王国に戻るのが不可能な場所に連れ去ってしまったと見た方がいい。


「という訳でコドリアよ。今後はグラントの動きも重点的に探れ。可能であれば、新たな内通者を仕立て上げろ」

「ジョルジュ様…………我らの人員は、すでにほかの任務で手一杯。それに、連日の行動で疲弊しておりますゆえ…………」

「死んでから休めばよい。つべこべ抜かしている暇があるなら、死ぬまで働くか、さもなくばモズリーの代わりの人員をどこからか収穫してくるのだな」

「は……ははぁっ」


 疲弊しているにもかかわらず、更なる無理難題を押し付けられた悪の組織の首領は、いっそ可哀想になるくらいしょんぼりしながら部屋を後にした。

 彼らの組織は、外見も中身も完全に「ブラック」そのものであった。


 王国の組織同士の暗闘は急速に加速し始めている。

 どの派閥も、お互いに敵の姿が見えない暗闇の中で、目的もわからぬまま戦い続けるほかなかった。


 地獄の入り口は、確実にすぐそこまで迫ってきている。

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