操り人形

「リシャール公子よ、そなたの最近の活躍は非常に目覚ましい。王国の臣としてとても頼もしく思う」

「いえ! これもすべて第三王子殿下のおかげでございます!」


 騎士の月の終わりごろ、第三王子ジョルジュの邸宅にて昼食会が行われ、そこでは第三王子派閥として最近活躍が目覚ましいリシャールをねぎらうための昼食会が開かれていた。


「体の調子はどうだ?」

「おかげさまで、今までの不調が嘘のように消え去りました! まるで生まれ変わったようです!」

「そしてミルファ、そなたもよくぞ今までリシャールを支え続けてきてくれた。感謝するぞ」

「当然のことですわ。私こそ、リシャール様を世界一愛する者ですから。いつの日か回復していただけると信じておりました」


 テーブルでジョルジュと相対しながら、素晴らしくさわやかな笑顔で前菜のサラダを切り分けるリシャール。

 その手つきは優雅で驕ったところが全くなく、まさに存在そのものから生まれ変わったかのようだ。

 彼の隣に控える恋人のミルファや、後ろに控える公爵家の人々も鼻高々だ。


(まぁ、ミルファはいいにしても、後ろにいる公爵家の者共はつい先日までリシャールを厄介者ではないか。それが回復したとたん一気に掌を返しおって…………節操のない連中だ)


 わかっていたとはいえ、こうも露骨に態度を変えると改めて王国貴族が信用ならないと思えてくる。

 むしろ、回復の見込みがないと知りながらも、愚直に献身を続けたミルファをなかなか見上げた根性だと評価した。


(こちらの女は愚直と言おうか、一般的には賢いとは到底言えないだろうが、信頼という点ではこれ以上のものはない。私にも、この女のような無私の忠誠を誓うものがいれば…………いや、そのような奇跡はそうそう起こりはしない。期待するだけ無駄というものだ)


 ミルファを見て、ジョルジュ何か思うところがあるようだったが、戯言だと思いなおしすぐに頭の片隅に追いやった。

 今のジョルジュには、もはやそのような存在は必要ない。

 むしろ、今目の前でいい笑顔で料理を平らげる、扱いやすい駒の方がよっぽど役に立つ。


(そうだ、人は裏切るものだ……そうでなければ生きてはいけぬ。ゆえに、命令を愚直に実行する駒が必要なのだ)


 そんなことを考えているうちに、前菜の皿が下げられ、スープ料理――――王国の海産物をふんだんに使ったクラムチャウダーが運ばれてきた。

 すると、今まで完璧な所作で食事をとっていたリシャールの体が一瞬止まり、表情がわずかにゆがんだ。


「どうかしたか、リシャール? 口に合わなかったか?」

「滅相もございません! 海の滋味が色濃く出ており、とても美味ですな!」


 その後は何事もなかったかのようにスープをすべて平らげるが、問題はその次だった。

 ランチのメインである牛のフィレミニオン――――それを見た途端、リシャールの脳内に「存在しないはずの」記憶がよみがえり、直後に彼の頭を激しい痛みが襲う。


「う……うぐぐ……ぐあぁ」

「リシャール様っ!?」

「公子様!? 如何なされました!?」


 持っていたフォークとナイフを床に落とし、椅子の上でうずくまるリシャール。

 隣に座っていたミルファと、付き添いできていた周囲の貴族たちは顔を真っ青にして彼の持ちに駆け寄り、なんとか彼の体を起こそうとした。

 一方で対面に座るジョルジュは、彼の突然の発狂に驚くことなく、あくまで冷静であった。


「なんと、発作か」

「リシャール様……! はやく、お休みさせなければ!」

「も、申し訳ございません殿下!! よりにもよってこのような場で――――」

「待て、もしかして今から公爵邸に引き上げるつもりか。悪いことは言わん、ここは私に任せよ」

「しかし殿下……」

「彼の病を治したのは、私の麾下の専門医だ。治療が不完全であったのは、むしろ私の責任でもある。

昼食会はまた後日、改めて催すゆえ、リシャールの身は一時的にこちらで預かろう」


 リシャールが無様な姿を見せたことで、地面にめり込まん勢いで平身低頭している貴族たちの顔を上げさせると、ジョルジュは彼らをとがめないことを確約し、治療のためにリシャールの身柄を一時預かることにしたのだった。




「やはり再発しましたか、ジョルジュ様……」

「アイヒマンか。以前から何か食べ物に反応するのではと思っていたが、スープを見た後、ステーキを前にしてこのありさまだ。これをどう見る?」

「奇妙……としか言えませんな。かつての教団内部で、このような形の心理的外傷を抱えた者はいませんでしたので」

「できることなら、こやつの記憶を覗いてやりたいものだな」

「記憶を覗く……残念ながら、記憶を封じることはできても覗くことはできませぬ」

「だろうな。できるのであれば、我らはこんなバカな苦労はしておらんよ」


 手にろうそくを持った陰険な雰囲気の男アイヒマンは、ジョルジュに呼び出されてすぐに、ベッドでガタガタ震えているリシャールの様子を確認した。

 アイヒマンは、リシャールがトラウマの原因になる「何か」を直接見たせいで、本能的に記憶が一時戻ってしまったのだろうと診断した。

 とはいえ、その原因がクラムチャウダーと丸い形のステーキというのがなかなか意味不明であり、さしものジョルジュとアイヒマンでもまるで見当がつかなかった。


「この際原因はどうでもいい、早急に動くようにせよ。この男には、まだまだ我らの為に働いてもらわねばならぬのだからなぁ」

「承知いたしました」


 先ほどの昼食会では慈悲深い姿を見せたジョルジュだったが、もちろん演技だ。

 彼にとってリシャールは、壊れたら直し、寿命が尽きるまで使いつぶす道具でしかない。


 アイヒマンは手に持ったろうそくを、おびえるリシャールの前まで持ってくる。


「リシャールさん…………あなたの目の前に蠟燭の火が見えますね」

「う……うぅ」

「火はあなたにどんどん近づいていく……」

「あぁ……」

「次は徐々に遠ざかっていく……」

「…………」

「また近づいていく……また離れていく……蠟燭の火は1つ、2つ4つ……蝋燭の火が闇を覆う」


 彼は何やらリシャールの前でぶつぶつ呟きながら燭台を前後させているだけだったが、

不思議なことにリシャールの視線が徐々に虚ろになり、おびえによる震えも次第に止まっていった。

 これはおそらく、邪神教団に伝わる催眠術の一種なのだろう。


「あなたは、嫌なことはすべて忘れる……勇者のことも、記憶の彼方へ」


 こうして催眠術が深まっていくと、リシャールの瞼が次第に重くなり、術が完成すると深い睡眠へといざなわれたのだった。


「ふぅ……、…………っ! これでまたしばらくは安泰でしょう」

「うむ、よくやってくれた。そなたらの術は偏見さえなければなかなか便利なものだ。くっくっく……その気になれば治世でも役に立てたやもしれんのになぁ」

「…………」


 こうして術をかけられて、強制的に人格をされたリシャールは、目が覚めれば再びジョルジュの意のままに活動を始めるだろう。

 そして、いい意味でも悪い意味でもすっかり変わってしまった彼の存在は、予想以上に成果を上げていた。


(兄上とその取り巻きどもは、さぞかし不愉快であろうなぁ! そして奴らはその不愉快さを周囲に押し付け、それにより恨みと嘆きは熟成してゆく…………くくく、人の心とはなんとも脆いものだなぁ)

(恐ろしいお方だ……我らはこの方を徹底的に利用するだけと言えど、御すのは苦労しそうだ…………)

 

 目の前の操り人形が完全に壊れるまでどう使ってやろうか――――

 そんなことを考えながら、ジョルジュはそばにいるアイヒマンすらドン引きするほどの邪悪な笑みを浮かべたのだった。

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