敵か味方か 後編

「どうだった、シロン?」

「上々ですね。少なくとも売込みには成功しました。まだ信頼されているとは言えませんが、いずれ何とかなるでしょう」

「はぁ……仮にも王国の重鎮相手に一人で自分を売り込むとか、どんだけ面の皮厚いんだお前。待ってる俺はずっと不安で吐きそうだったんだぜ」


 グラントとの面会を終えた後、シロンは別室で待っていた幼馴染の男性騎士を連れて王宮を離れた。

 王国の重臣相手に面と向かって取引をしたシロンは平然としているというのに、騎士の方は待っているだけで緊張で汗びっしょりだ。


「念のために聞くが、失礼なことはしてないだろうな?」

「知ってますか? 第一印象がいい人よりも、悪い人の方が覚えられやすいんですよ」

「おい!?」

「安心してください、誓って失礼なことはしていません。ですが、必要以上に下手に出る必要もないんですよ。私を使ってくださいではなく、むしろ使う権利を上げます、くらいの勢いくらいがちょうどいいんです」

「そんなことできるのはお前だけだからな……」


 騎士の方はさらに不安でため息をつくが、シロンには勝算があった。

 彼女の家はもともと裏仕事に特化しており、シロンもまたそのような教育を受けて育った。

 現在王国の諜報部は、勇者探索と貴族同士の政争、そして原因不明の理由で急速に弱体化しており、

シロンのような才能を持つ人材はどこの勢力も喉から手が出るほど欲しいのが実情だ。

 ならば、自分を一番高く買ってくれそうで、かつ将来も安泰になりそうな勢力を早いうちに選んでおきたいというのがシロンの本音であった。


(それに、母の仇を……私のすぐ近くでのうのうと生きているあの邪神教団を根こそぎ消し去るためには、手段を選んでいられませんから)





 シロンがそんなことを考えながら帰路に就く一方で、グラントはボイヤールとともに残って話し合いを続けていた。


「リシャールがあんな状態で姿を現したのが魔術的なものであることはわかっていたが、邪神教団の生き残りがこのような間近にいるとまでは想定していなかった。私もまだまだ詰めが甘いな」

「いや、まだ本当かどうかわかったわけではない。あの娘の勘違いかもしれないし、逆に向こう側の罠の可能性もある。いずれにせよ、このタイミングで都合よく重要な情報が手に入ると逆に疑わしい」

「どうやって裏を取る? 言っておくが、今回の件は私はあまり表立って動けないぞ」

「その点についてだが、一つ心当たりがある。マリヤンによれば、リーズのご母堂の動きをなぜか第三王子派閥が把握していたらしい。なぜそのようなことをするのか腑に落ちなかったが、邪神教団の残党が狙っていたと考えれば納得がいく……」


 邪神教団の残党が何を企んでいるかはわからないが、崇拝対象たる魔神王を滅ぼしたリーズに対する恨みは少なからずあると考えるのが当然だ。

 リーズの家族を逃したのは、あくまでもクーデターの巻き添えにならないようにする配慮でしかなかったのだが、それが期せずして邪神教団の企みを回避する結果になったのは、皮肉としか言いようがない。


(それに……もし、リーズ様が今頃王国に戻っていたら…………)


 そう考えてグラントは背筋がぞくっとする感覚を覚えた。

 もし第三王子が今まで動かなかったのは、残党たちがある程度力を蓄えるまで待っていた結果なのだとしたら――

 そして、彼らが積極的な動きを見せているということは、すなわち彼らにも何かを成し遂げるための力を得た結果だとしたら――


「結果論ではあるが、アーシェラには感謝しないとな」

「ああ……いまいち認めたくはないがな。下手をすれば、リーズ様はもとより、我々……ひいてはこの国そのものが、再び闇の中に引きずり込まれかねなかったというわけだ」


 もっと言えば、シロンがこうして教えてくれなければ、邪神教団の存在の発見はもっと遅れたか、もしくはその存在すら見いだせなかったかもしれない。

 グラントは改めて、自分たちの計画が薄氷の上に立っていたかを思い知らされると同時に、すぐに今後の対策について考えていかなければならなくなった。


「どうしましょう、グラント様。すぐに第三王子殿下の周囲を調査しますか?」

「そうしたいのは山々だが、下手に動くと向こうにこちらの思惑がばれる。とはいえ、ある程度ばれるのは想定済みでもある。今は急がば回れ…………彼女もそう言っていたな。いくつか見せ札が必要だ」

「見せ札、ですか…………」

「どのみち我らの動きは、そう遠くないうちに敵に知られるようになる。いや、それも楽観的だな。もうある程度動きは察知されていることだろう。何しろ我々は、軍権の掌握のために方々に働きをかけている…………彼らの情報網に引っかかることは一度や二度ではなかったはずだ。であるならば、彼らの欲しがりそうな情報で向こうの動きをつり出すとしよう。焦ってすぐにことを起こせば向こうの思うつぼ……ここは我慢比べと行こうではないか」


 不安になる腹心たちを前に、グラントは「我慢比べ」を強調した。

 何度かしてやられることもあったが、彼はこれでも陰謀蔓延る王国政界を潜り抜けてきた貴族でもある。

 王国を正しい姿に作り替え、リーズたちが平和に過ごせる世界を作るためにも、ここは踏ん張りどころだった。


「おお、そうだ」

「どうしたボイヤール?」

「リーズの家族の動きが筒抜けだった……と、さっき言っていたな。ということは、脱出したご母堂たちのなかに、ひょっとしたら邪神教団の手の者が紛れ込んで、そのまま開拓村に運ばれた可能性もあると思ってな」

「…………確かにな。リーズ様が直接暗殺されることはまずないとは思うが」

「念のため私が直に確認してこよう。そうでなくても、邪神教団が王国に潜んでいることはすぐに知らせなければならない」

「それは構わないが、マリヤンを守ってやらなくて大丈夫なのか?」

「あいつには危機に陥ったら魔力を発するブローチを渡してある。不意打ちされるとかでなければ、空間跳躍術ワープで飛んでいけるから心配するな」


 こうして、ボイヤールはいくつか確認を済ませると、すぐにその場から術で転移していった。


(なんだかんだで、ボイヤールも根は真面目なのだな。かつての戦いでは、リーズ様以外の言うことはほとんど聞かなかったというのに)


 かつてはよほどのことがない限り非協力的で、基本的に自分の研究所に引きこもってばかりだったボイヤールが、今ではすっかり自分の意志で積極的に動いて回っている。

 彼には王国への忠誠など欠片もないのだが、意外と仲間思いの面があるようで、リーズをはじめ友人のアーシェラやグラント、弟子のロジオンなどのために力を惜しむつもりはないようだ。

 大魔道ボイヤールもまた、勇者リーズとの出会いを通じて色々といい方向に変わったのだろう。

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