敵か味方か 前編

 近頃の戦術士グラントは、大小さまざまな悩みを数多く抱え、たびたび頭痛や胃痛に悩まされ続けていたが、慢性的な悩みの一つに「信頼できる人材の不足」があった。

 要するに、グラントにはいざという時に頼りにできる人間がほとんどいないのである。


 彼自身に友達が少ないという訳ではない。

 むしろ社交性が必須と言える王国内でもかなり顔が広い方であり、いろんな場所に対し融通が利く。そうでなければ、王国のクーデターという大それたことは不可能だ。

 しかしながら、いざという時に秘密を共有できる仲間となると、非常に限られてくる。


 なにしろ、グラントが「リーズの居場所を知っている」ことさえも、ほかの誰にも漏らすわけにはいかない。

 そうなれば必然的に信頼できるのは、運よく元々第一王子の側近だったリーズの兄二人と、グラントが昔から手死にかけて育ててきた腹心たちが数名程度。

 これに加えて、ほぼ共犯関係に等しいボイヤールを含めても、真剣な悩みを共有できる人間は両手の指の数で事足りてしまうのであった。


「つくづく……自分の見る目のなさが嫌になってくるな。あの時、あやつの………アーシェラの真価を見抜くことができれば、ここまで苦労はしなかったというのに……」


 特に深刻なのが「軍師」あるいは「参謀」の不足だ。

 彼自身がもともとそういった分野の第一人者を自負していた故に、部下たちにそのような能力を求めることはなかった。

 ところが、アーシェラと様々なところで交流していくうちに、グラントの自信は木っ端みじんに打ち砕かれた。

 その上さらに、第三王子ジョルジュが不気味な動きを見せ、その意図が読めないと来ている。

 グラントの脳みそへの負担は日々日々増すばかりであった。



 そんなグラントの元に、先日一通の手紙が届いた。

 差出人は、とある中流貴族の若者であり、グラントは差出人の貴族の家名を自身の記憶を総動員して検索した結果、の渦中にあったシャストレ伯爵が懇意にしている大貴族のさらに傍流という、なんとも微妙な立ち位置の貴族の、一応跡継ぎであることまでは判明した。


 で、そんなグラントにとって、面識も関係もなさそうな貴族の若者がなぜ自分に面会を求めているのか大いに不思議がったが、手紙に「グラントだけに知らせたい重大な機密事項がある」と書いてあったのがどうしても気になったので、あまり期待していないが会ってみることにした。




「初めまして、グラント様。私、シロンと申します。この度は、お目通り叶い光栄です」

「うむ……」


 呼び出しの返事を書いて、後日執務室にやってきたのは、ボブカットの栗色髪の女性――――シロンだった。

 年齢はアーシェラと同じか少し下くらいだろうが、顔がかなりの童顔であり、身体も全体的に寸胴なので全体的に幼く見える。特に瞳がまさに「くりくりお目目」と言うべき非常に可愛らしい見た目で、なんとなく世間知らずそうにすら思えてくる。


 だが、見た目とは裏腹に、彼女の態度は堂々としている。

 時に大貴族ですらグラントに対してはこびへつらうことも多いのにもかかわらず、

このシロンという若い貴族は「来てやった」という雰囲気を隠そうともしなかった。


「手紙は見た。なんでも内密に知らせたいことがあるのだとか」

「ええ、その代わりと言っては何ですが、お約束していただきたいことがあります」

「内容にもよるな。それなりの物だったら、望む褒美を出してやってもいい。それとも、今より上の地位が欲しいのか」

「私の望む報酬は…………グラント様の側近にしていただきたいと」

「なんだと?」


 予想外の内容に。グラントは心の中で若干困惑した。


(唐突にもほどがある…………すぐに受け入れられると思っているのか?)


 そうでなくても、今まで面識がなかった人物に側近にしてほしいと言われれば、何か裏があると勘繰るのが当たり前であり、今は時期が時期なので第三王子派閥のスパイである可能性すらある。

 なので、グラントはよほどのことがない限り望みは却下しようと心に決めたが、

一応機密の内容によってはそれなりの対応もすべきかと考えた。


「何が目当てか知らんが、すぐには頷けない。だが、内容によっては考えてやってもいい」

「まあ、それもそうですよね。突然やってきて直属の部下にしてくださいなんて言われたら、私でも「何言ってるんだこいつ」と思ってしまいますし」

「わかっているなら、なぜやろうと思った」

「それだけ私が……私の家が切羽詰まっているからです。このままでは、私の家はこの国と共に滅びていってしまうでしょう。生き残りたいんです、私は」

「……まて、今聞き捨てならない言葉が聴こえたな。この国が……王国が滅びると?」

「はいそうです。あえてグラント様の前で言わせていただきますが、この国はもう長く持ちません」

「仮にそうだとして、それがなぜ私の側近と言う発想になるんだ?」

「ついこの前までは王国外の国……南方諸国あたりに亡命する気だったんですけど、

最近ひょっとすれば将来的に成り上がれるんじゃないかと思いまして、こうして自分を売り込みに来たってわけです」

「……………」


(また面倒なものを抱え込んだかもしれん)


 人を見る目に自信を失いつつあるグラントにとって、目の前の女性は扱いに困る存在になりつつあった。

 この場にアーシェラがいたら、そんな判断を下すのか……グラントはそう思わずにはいられなかった。


 ともあれ、グラントは当初の予定通り、機密の内容を聞くことにする。


「まあいい。知らせたいことがあるというのを、聞かせてはもらえないだろうか」

「申し訳ありません、話が逸れましたね。ちなみに今この場にいる方々は、大丈夫な人達なんですか?」

「問題ない。ここにいるのは私の息がかかった腹心ばかりだ。人払いの必要はない」

「まあ、私はあまり損しないのでいいのですが…………くれぐれも扱いに気をつけてくださいね。

 実は私、本家の仕事の関係でエライユ公爵家に近づく機会がたびたびあるのですが…………どうも最近、あの周辺に邪教集団の生き残りが潜んでいるみたいなんですよ」

「……なんだと!?」


 グラントは思わず声をあげた。

 彼の護衛にしてリーズの兄であるリオンをはじめ、腹心たちもお互いに顔を見合わせながらざわつき始める。


「信じられん、どこでそれを知り得た!?」

「詳しく話すと長くなるんですけど、うちの母親はケガで引退した諜報員でして、母から受け継いだ資料の中に、邪教集団の記述があったんですよ。なんでも、王国内にもどこかに邪教集団の関係者が潜んでいる可能性が高いって。で、最近どうもエライユ公爵家の様子が変だなって思ったら、偶然にも邪教信奉者が邪術を使っているのを目撃しましてね」

「なるほど道理で…………よく知らせてくれた」


 機密の内容は、グラントの予想していたものをはるかに上回る衝撃的な内容だった。


(ばかな……だとすると、第三王子殿下は邪神教団と組んでいるのか!? 殿下は、王国を破滅させようと……?)


 そして、第三王子の不穏な動きや公子リシャールの突然の変わりようが何を意味するのか、ようやく合点がいったのである。


「あ、グラント様もしかして、こうしてはいられないすぐに対処しなければ、とか考えていたりします?」

「当然だろう。話が本当であれば、王国はすでに崩壊の危機の真っただ中だ。一秒でも早く対策を練らねば。君の話は非常に有意義であった。近いうちに何らかの形で報いることは約束しよう」

「それは構わないんですが、今はあまり派手に動かずに、慎重に慎重を重ねた方がいいです。もしグラント様が調べているのがばれたら、向こうが何を仕出かすか読めませんので、もう少し泳がせつつ包囲を固めていったほうがよろしいかと」

「む……なるほど、その言葉はもっともだ。急がば回れだ、裏を取る方法なら時間をかければいくらでもある」


 果たしてシロンの言っていることは本当なのだろうか?

 グラントはその後一言二言言葉を交わしてシロンを下がらせると――――


「さてと……今の話、どう思う? ボイヤールよ」

「ああ、流石の私も驚いた。王国内部事情は昔から関心がなかったが、今はそうもいっていられないようだ」


 見えないところでこっそり話を聞いていた大魔道ボイヤールと、今後の対応を話し合うことにした。

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