筒抜け
「――――ってなことがあったわけよー。もう、流石にまいっちゃうわ」
「はぁ……皆さん、あれだけ仲が良かったのに信じられませんね。アイネさんの心中お察ししますよ」
大騒動が起きたパーティーから一夜明けた後、休暇に入ったアイネは久々に自宅に戻り、ついでに元二軍メンバーのマリヤンが宿泊している宿屋に押しかけ、商談と言う名の愚痴の吐きだしをしていた。
(なんだかんだであたしも信用されてるのかな? 王国内の醜聞を一商人のあたしなんかにべらべらしゃべるなんて…………)
愚痴を吐くために呼び出されたにもかかわらず、マリヤン自身は別に迷惑に思っていないらしく、むしろ王国内の情勢を知るいい機会だと受け止めていた。
「勇者様、早く帰ってくるといいですねぇ。そうすれば、また皆さん仲良くなるんじゃないですか?」
「……マリヤン、あなたまでそんなこと言うのね」
「ひぇっ!? そ、そんなつもりじゃないですって! あ……あたしはただ、あの頃みたいに皆さんが仲良くしてくれないと、商売あがったりで…………」
「ふぅん、まあいいわ」
愚痴を聞いてくれるのはありがたいが、どこか他人事でしかないマリヤンにアイネも若干いら立つが…………彼女はもはや部外者だということを思い出し、そう思ってしまうのも仕方ないと考えた。
一方で、マリヤンのそれは完全に演技であった。
彼女は無知を装って、アイネの感情を巧みに操り、更なる本音を聞き出そうと努める。
実力でははるか上の人物なのに、根が単純すぎるアイネを弁舌巧みに転がすことができている事実に、マリヤンは若干申し訳なくも思っているが…………
(ともあれ、あの変態公子がなぜか復活して、しかもリーズ様のことを完全に忘れているというのは事実みたい。しかも、それがいい影響を及ぼすどころか、更なる混乱を招いてる…………)
最近では、マリヤンはアイネのほかにも数々の貴族の信用を得始めており、商談のついでに「ここだけの話」を聞く機会が多くなった。
どれが本当でどれが嘘かはすぐには判断できないが、情報は数が命であり、集め合わせて比較することで、隠れていることが見えてきたりもする。
とはいえ、彼女もうすうす自分が王国のことを嗅ぎまわっていることを感付かれつつあることも理解している。
特に第三王子ジョルジュ――――彼はおそらくマリヤンの正体にある程度見当がついているのだろう。
だからこそなのか、ジョルジュは時々アイネを介してマリヤンに真偽不明な重要情報を送ってきている。
そして、その重要情報をマリヤンがどう使うかまでを、しっかり値踏みされているのである。
「そういえば……マリヤンはまだ王都にいるのね。てっきり、用が済んだらどこか別の場所に行くのかと思っていたんだけど」
「誰のせいだと思ってるんですか…………第三王子様からお金はたっぷりいただきましたけれど、せっかく仕入れた在庫はまだたっぷり余ってるんですよ。この在庫をある程度軽くしないと、そんなに遠くまでいけませんって……」
「……それは悪かったわね」
アイネはアイネなりに頭を使っているようで、リーズの家族を逃がす計画を立てていると思われたマリヤンを、いまだに何か企んでいるのではないかと疑っている。
王都内の醜聞をあれこれ話している時点でいろいろ矛盾してはいるが、彼女はてっきりあの後マリヤンがすぐに王国を立ち去って、彼女の背後にいる何かに泣きつきに行くものと思っていた。
しかし、どういうわけかマリヤンはいまだにこうして王都に居座り、仲間たちや貴族相手に平然と商売をしている。
果たしてマリヤンは実は無実なのか、はたまた彼女の面が厚いのか、アイネには測りかねている。
ありていに言えば、今のアイネはジョルジュとマリヤンの間で交わされる謀略合戦の代理役に過ぎないのであった。
「悪かったわね、時間を取らせちゃって。今日のお菓子も美味しかったし、いつものクッキーと合わせていくつか買っていくわ」
「えへへ……毎度アリ~。アタシはもうしばらく王都にいますから、いつでもお話に来てくださいね」
たっぷり2時間ほどかけて、王都の醜聞を洗いざらい話したアイネは、満足げに部屋を後にした。
そして、窓の外を見てアイネの姿が遠のくと――――
「帰ったみたい」
「うーん、アイネちゃんも宮勤め大変ね。私、こんなことになるなら王国から表彰されなくてよかったわ」
部屋に配置されていた何の変哲もない本棚が横にスライドすると、隣の部屋でじっと二人の話を聞いていた、元二軍仲間のアンチェルが姿を現した。
表に出ながら注目を一手に集めるマリヤンと違い、アンチェルは移動歌劇団を隠れ蓑にして裏口で情報を集めており、今日のように改造した部屋からお客様の話に聞き耳を立てていることもある。
マリヤンにとって、アンチェルの存在は切り札の一つであり、彼女がいることはなんとグラントにすら話していない徹底ぶりである。
第三王子ジョルジュは、マリヤンがかつての仲間たちと伝手を持っていることを利用して、真偽不明の情報をマリヤンが持って帰ることを期待していたのだが……
実はその役目はアンチェルが担っており、ほかの誰にも察知されないルートでこっそり仲間たちに連絡を送っているのである。
流石にここまで徹底した隠ぺい工作はジョルジュの想定の範囲外であり、それがこの後ジョルジュにとって致命的な間違いに繋がっていくことになる。
「とはいえマリヤン、そろそろあなたも危ないんじゃない? 日を見て撤収した方がいいわ」
「そうは言うけど……アンチェルさんだって、ギリギリまで残るんでしょ? だったら、あたしだって頑張りたい! 遠くで平和に暮らしてるリーズ様たちや、頑張ってる仲間たち、それに……子供が生まれたばかりのサマンサやロジオンのためにもっ!」
「……っ! そうよね……! 私は魔王討伐の戦いで、余りリーズ様のお役に立てなかったかもしれないから、今度こそは!」
こうして、王国の内部事情は逐一アンチェルの元から王国外の諸国にいる仲間たちに知らされることになる。
彼女たちもまた、命がけであった。
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