亀裂

 騎士の月20日を少し過ぎた頃、王宮内では元一軍メンバーや王国の大貴族たちが集まって、特に理由のない大規模な宴会を開いていた。

 本来この日は、勇者リーズと第二王子セザールの婚約が発表される予定だったのだが、どういう訳かリーズが王国に戻ってこないので、急遽別のとってつけたような理由で宴会が開催されたのだった。

 しかも、この日不在なのはリーズだけではなく、エノーとロザリンデ、それにグラントは多忙のため欠席、大魔道ボイヤールはあらかじめ「出席しない」と明言していたため、正体すらされていない。

 このように、元一軍メンバーの中でも主力とされた5人全員が不在とあっては、いささか盛り上がりに欠けるのも事実で――――同時にとびぬけた実力者がいないせいで、元一軍メンバーたちはいまいちまとまりを欠いていた。


「なんだか、つまらないわね…………」

「当たり前じゃないですか。勇者様が消息不明なうえ、ロザリンデ様まで勇者様を探しに行ったままで不在…………それをいいことに、第二王子派閥の仲間や大貴族たちが大きな顔で幅を利かせている。面白いわけがありません」


 会場の片隅でグラス片手に愚痴をこぼし合う、アイネと友人のスラチカ。

 二人の表情は心底つまらなそうで、隠す素振りさえ見せていなかった。


「それに比べてミルファはいいわよね。あのリシャールがになって蘇って、しかもたった一人の婚約者として扱われているのだから……」

「アタシもこの前直接会ったわ。確かに、あの傲慢な態度は鳴りを潜めていたけど、なんだか却って気持ち悪かったわ」


 もう一人の仲間であるミルファはこの場にいない。

 彼女とリシャールは現在、別室で第三王子に付き従っているはずだ。

 友人の想いが報われたのは喜ばしいことなのだろうが、二人にはどうもリシャールの変貌ぶりに違和感がぬぐえず、心配事は尽きなかった。


「と……いいますか、アイネさんもとうとう第二王子殿下からアプローチを受けたとか」

をアプローチだなんて言わないわよ。王族なんだから、もっとましな誘い方はないのかしら」


 アイネは先日のことを思い出し、無性に腹が立ってきた。


「少し前までは、ちょっと偉そうなところはあるけれど、自信と威厳があってそれなりに立派な人だと思ってた時期もあったわ。けど、今はどうよ、最近はすぐに人を見下すし、勇者様のことを尊敬していないように見えるし……何より、最近節制してないのか明らかに体形が崩れてきているわ。この短期間でこれなのだから、将来的にはもっと恐ろしいことに…………」

「ちょっと、滅多なこと言わないでください! 誰かに聞かれたらどうするんですか!?」

「聞かれたところで構わないわ。第二王子様はリーズ様と婚約する気のようだけど、あんな男と結婚するなんてもってのほかだわ。案外、リーズ様が帰ってこないのも、第二王子と結婚したくないからなのかもしれないわね」


 アイネの言う通り、以前はその堂々とした佇まいで、元一軍メンバーの大半から好意的にみられていたセザールだったが、最近の彼はどうもいろいろと油断しているせいか、性格が極めて尊大になりつつあった。

 その上、勇者リーズがいないストレスを紛らわせるためか、仲のいい大貴族たちと毎日のように酒宴に明け暮れ…………アイネと会ったときには、身体のあちらこちらに贅肉が付き始め、目元にはうっすらと隈ができていた。


 だが、それでもほぼ次期国王に内定しつつある彼の権力は強大だった。

 元一軍メンバーの中にも、更なる利権拡大を狙って露骨にセザールに媚びを売る者が大勢いる。


「おやおや、聞き捨てなりませんねぇアイネさん。不敬罪として、告発されてもよろしいのですかな?」

「む……ジギスムント。久々に会ったかと思えば、随分なご挨拶ね」


 アイネに話しかけてきたのは、以前訓練所で顔を合わせた彼女の元許嫁、ジギスムントだった。

 野心の強い彼は、セザール相手に自らを積極的に売り込んでおり、仲間内の中でもかなり第二王子派閥寄りだと言われている。


「うちの妹は何をトチ狂ったか、将来的に目のない第三王子とあのいけ好かないリシャールにぞっこんのようですが……第二王子殿下はいずれ王となり、この王国を更なる強国へと導かれるお方。アイネさんも第二王子殿下にお声がけされたというのに、そのチャンスを不意にするなど、実に勿体ない」

「トチ狂ってるのはあなたの方よ、ジギスムント…………なんでも、あの方が国王になった暁には、王国外の諸国を勇者様たちの力を使って征服する気って聞いたわ。言っておくけど、私だって勇者様だって、そんな横暴な話に耳を貸す気はないわ」

「やれやれ…………あなたといい、勇者様といい、実に身勝手ですな」

「…………なんですって? アタシはともかく、勇者様が身勝手ですって?」

「ちょっと、アイネさん、落ち着いてください」


 アイネとジギスムントの間で口論が始まり、目線で火花を散らし合うと、宴会の場にいた人々も何事かと集まってくる。

 スラチカは慌てて二人を止めようとするが、なまじ実力のあるこの二人を止めることは簡単ではなかった。


「第一、勇者様はセザール様との婚姻に不満を申せる立場ではないでしょう」

「はぁ? 第二王子様こそ、魔神王を討ち果たした勇者様を好きにできる理由はないはずじゃない!」

「そもそも、勇者様は貴族の中でもかなり格下…………領地も持たない男爵家であり、その爵位でさえ一兵卒に過ぎなかった父親が、没落寸前の男爵家の姫を娶って得た地位です。それがこうして、王族の一員という唯一無二の地位を得られるのですから、これほど得になることはないでしょう?」

「そうよ、その通りよ! 勇者様がどこで何をしているのかは知りませんが、早く第二王子様と婚姻して、王国の安定に努めていただきたいわ」

「せっかく王国が勇者様を勇者様たらしめたのに、恩義を感じこそすれ、勝手な真似は控えていただきたいところだ」

「…………あんたたちねぇっ!」


 ジギスムントのあまりな言葉にアイネは絶句したが、更に周りに集まってきた仲間の中からも、ジギスムントに続いて尊敬するリーズのことを非難する者が現れ始めた。

 だが一方で、それを聞き捨てならないと食って掛かる者たちもいた。


「おいおいおいおい! 黙って聞いてればつけあがりやがって! 貴様らまで勇者様を私物化する気か? お前らがこうして遊び惚けてる間に、俺たちがどれだけ苦労してると思ってんだ!」

「貴族に生まれたから何だ? 王族だから何だ? 実力が勇者様の足元にも及ばないくせに、偉そうな口をきくなよ」

「幻滅したわ、あなたたちにも、王子にも! たとえ身分が違っても、私たちは仲間だって、勇者様も言っていたでしょ!」


 エノーと同じく数少ない元平民出身のメンバーや、貴族出身でも身分が低く、大貴族たちにないがしろにされつつある仲間たちは、こぞってジギスムントら第二王子派閥を非難し返した。


(あれ……いつの間にか、大変なことになってる……?)

(だから言いましたのに……)


 対立する人々が増えていって、宴会場をほぼ二分し始めるほどの騒ぎになると、口火を切ったアイネは一周回って冷静さを取り戻した。

 しかし、今まで燻っていた元一軍メンバー内での蟠りは、一度点火すると際限なく燃え広がり、彼女たちの手には負えなくなっていた。


「もう我慢ならん! 勇者様を侮辱する奴は、その性根を叩き潰してやる!」

「面白い……勇者様のおこぼれで出世できた平民に、身の程をわきまえさせてやる」


 この日、とうとう元一軍メンバー同士や王国貴族同士の間で、大規模な喧嘩が発生した。

 初めは殴り合いだったのが、すぐに魔法や武器での応酬になり…………大怪我をするメンバーが出始めたところで、騒ぎの報告を受けたグラントが駆けつけてきて無理やり収めた。

 だが、この日を境に王国内部での派閥対立は激化の一途をたどることになる。

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