エンカウント
リシャールが復活してから少し経ったある日、元一軍メンバーのアイネは、珍しく王宮の奥にある王族の居住区を訪れていた。
「うぅ……流石にこんな場所滅多に立ち入らないから、緊張するなぁ。この格好で失礼じゃないかな?」
というのも、アイネは第三王子ジョルジュから暇つぶしに付き合ってほしいと言われたのだが、諸事情あっていつも隠れ家にしている王都郊外の家に行けないため、わざわざ王宮内に呼び出されたのである。
王族の居住区だけあってドレスコードや武器の持ち込みが厳しく制限されており、アイネもわざわざ着慣れていないやや青っぽい白色のドレスと、精いっぱいのおしゃれとしてレースのついたカチューシャを着けている。
パーティーにすら鎧を着てくるほど、いつも武骨で通しているアイネにとって、まっとうな貴族の娘の格好は非常に落ち着かなかった。
(でも…………これでジョルジュ様が喜んでくれるなら)
自分が恋する乙女のような気分になっている自覚がないまま、アイネは王宮の一角にある薔薇園にやってきた。
今は冬の真っただ中なので花は咲いておらず、やや寂しい雰囲気ではあったが、茎や葉などはしっかりと整えられており、この時期でも庭師たちがきちんと仕事をしていることがうかがえた。
「ちょっと、早く来すぎたかしら? 遅れると失礼だから、気持ち早く来たのだけど…………」
薔薇園の一角にある水時計を見ると、約束の時間より1時間も早く着いてしまっていた。
流石に早く来すぎたかと呆れながら、アイネはしばらくバラが咲いていない薔薇園の中で所在なさげに過ごしていると――――少し時間が経った頃に、誰かがこちらに向かってくる気配がした。
(あ、ジョルジュ様が来たのかな)
気配と共に足音がする方向に振り向くアイネ。
しかし、彼女が見たのは…………
「誰がいるのかと見に来てみれば、『黒天使』のアイネではないか。はっはっは! これまた随分と気合を入れて
「……っ!? 第二王子殿下!? ど、どど……どうしてこちらに?」
「何を言っている。ここは俺の家の庭だ、いて何が悪い?」
なんと、現れたのは第二王子セザールだった!
この場所は王族の居住区ゆえに、セザールが出歩いていても不思議ではないのだが、想定外の人物と遭遇したアイネは思わずうろたえてしまう。
「ふん、その様子だと、さてはジョルジュの奴と逢瀬を重ねる気だったのだろう?」
「お……おうせ!? あ、あたしは決してそんなことは……」
「違うというのか? ははっ、ならば好都合かもしれんな!」
じりじりと近づいてくるセザール。
アイネは相手が相手だけに一切手出しができず、一歩ずつ後ろに下がっていく。
「実を言うとだな、そなたのことは前々から目をつけていた。去年のあの舞踏会以来、すっかりジョルジュの奴に気に入られたようだな。なるほど、よくよく見れば美しい顔立ちだな…………てっきり、勇者に付き従い、武勇だけで功を得た成り上がり者かと思っていたのだが」
「な、何が言いたいのですか……殿下」
「単刀直入に言おう、アイネ。俺のモノになれ。そなたは美しい…………いずれ没落するジョルジュには勿体ない。次期国王の俺が、勇者と共に一生可愛がってやる」
「…………お断りします」
なんと、セザールはアイネがジョルジュと親しいと知っているにもかかわらず――――いや、だからこそ彼女を奪おうとしてきた。
対するアイネは、躊躇なくセザールの要求を退けたが、セザールは意に介さない。
「お前に拒否権はない、なぜなら俺は王子だからだ、これは命令だ。ジョルジュは何やら俺のことが気に入らないようで、あれこれ卑劣なことを謀っているようだが、少しは身の程をわきまえてもらわなければなぁ。それに、将来の臣下が俺に逆らわない様に躾けるのも、次期国王の大事な役目だからな…………」
(まさか、セザール様はジョルジュ様への当てつけのためにわざとあたしを……!? で、でも……ここで王族を殴ったら、死刑どころか家族が………っ!)
ガサリという音と共に、背中や首筋にチクチクと何かが刺さる感触がした。
気が付けばアイネは、後ろに下がりすぎて薔薇の生け垣に背中から突っ込んでしまったのだ。
「ははは……もう逃げても無駄だぞ。大人しく俺のモノになるか? さもなくば、反逆罪に尻ことだってできるんだからな」
「くっ……誰か」
追い詰められたアイネ……彼女はこのままセザールに屈してしまうのか?
「セザール殿下、お止めなさい。アイネさんが困っているではないですか」
「誰だ、今いいところなのだから…………あ?」
「え?」
何者かがセザールを制止した。
二人が声のする方を見ると、そこにいたのは立派な服を身に纏ったリシャールだった。
あまりにも予想外な人物の登場に、セザールもアイネも仲良く目が点になった。
「殿下、幾ら王子と言えども、女性を困らせるのは感心しませんね」
「リシャール………貴様ぁぁぁっ!! 死んだと思ったら、どこからか蘇り、あまつさえまたしても俺の邪魔を……!」
アイネとセザールの間にするりと割って入るリシャール。
その言葉は、以前の自信過剰で横柄だった男の物とは思えないほど、爽やかで気障なものだった。
そして、リシャールが復活してからいろいろとフラストレーションがたまっていたセザールは、たちまち怒りで顔を真っ赤にし、身体をわなわなと震わせた。
「どけっ! その女は俺のモノだぞ!」
「人の女性に手を出すというのであれば、まずは俺を倒してからにしてください」
「………っ!!!! テメェ!!」
もしセザールが剣を持っていたら、今この場でリシャールに斬りかかっていたであろう。
しかし、生憎普段から剣を持って生活しているわけではないセザールは、リシャールの右頬を拳で思い切り殴った。
しかしリシャールは、全く効いていないとでも言いたげににたりと笑い、それが却ってセザールを気味悪がらせた。
だが、それでも頭に血が上っていたセザールは、もう一発殴ってやろうと今度は左の拳を振り上げたが…………この騒ぎを聞きつけたからか、あちらこちらから王宮の衛兵が駆けつけてきた。
「せ、セザール殿下!? な、何をなさっているので!? 喧嘩はおやめください!」
「放せコラ! 俺はこいつが泣いて謝るまで、殴るのをやめんぞ!」
「リシャール様、それにアイネ様……いったいこれは?」
「うーん、あたしもどう説明したらいいか…………あ、ジョルジュ様!」
「アイネか、随分と早く来たようだが……これは何の騒ぎだ」
この時ようやくジョルジュが現れ、さすがのセザールも分が悪いと悟ったのか、見苦しく暴れるのをやめた。
「ちっ……ジョルジュ、お前が何を企んでいるのかは知らんが、自分勝手な真似は慎むことだな! 俺が国王になれば、お前の存在など簡単に抹消することができるんだ!」
「はぁ、意味が分かりませんが兄上、私はアイネに用があるのでこれで失礼します。リシャールよ、アイネを守ってくれたのだな、感謝する」
「いえいえ! 王国貴族として、困っている女性を助けるのは当然のことです! では、私はこれにて!」
こうして、薔薇園での騒動はうやむやのうちに終わった。
アイネはようやくジョルジュと合流し、王宮の中に向かうことになったが、つい先ほどまで起こったことがあまりにも衝撃的過ぎて、暫く放心状態が続くことになった。
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