発覚
その日の夕方から夜にかけて、誰もが予想していた通りお祭り騒ぎが始まった。
久々に新鮮な食材を使うことができる喜びで、アーシェラが盛大に腕を振るい、村人全員でも食べきれないのではないかと思えるほどのごちそうが並んだ。
これに、ブロス一家が作った果実酒も加われば、もはや何も言うことはない。
「あははは、こうしてまたアーシェラの料理が食べられるなんて夢みたい! もういっそのこと、私もここに住もうかしら!」
「こらこら、君にはまだまだやることがたくさんあるでしょ。今は少しでも人手が欲しいのは確かだけどね」
「長期間船の上でロクなものを食べていないのを差し引きましても、これは本当に見事です。船長が何度もアーシェラさんのお料理を称賛するのも頷けますね」
冬の夜の野外はとても寒いものだが、これだけ大勢の人が集まると、人の熱が影響するのか、はたまた心持が暖かくなるからか、誰もが寒さが気にならない。
食べて、喋って、歌って――――もちろん毎日できるわけではないが、こんな楽しい日常の風景を作ることができるというだけでも、この開拓村の価値は計り知れないだろう。
宴もたけなわになり、ミーナやフィリルといった子供たちが眠気を覚えて離脱するころ…………
「リーズさん、少々よろしいですか?」
「ん? ほふひはほ(どうしたの)ミルカふぁん?」
「飲み込んでいただいてからで結構ですわ。リーズさんだけに話したいことがありまして、ちょっと私の家まで来ていただけますか?」
「いいけど……リーズだけ? シェラは?」
「うふふ、村長さんにもちょっぴり内緒な話、ですわ」
ミルカがこっそりとリーズに声をかけ、一人だけで家に来てほしいと言ってきた。
アーシェラに内緒というのが引っかかるものの、隣にいるアーシェラは「僕のことは気にしないで」と許可してくれた。
「もうそろそろ片付けようかと思っていたからね。僕に話せることがあれば、あとでも大丈夫だよ」
「うん……わかった」
こうしてリーズは、ミルカに連れられて村の中心から離れた。
そして、それを見逃さなかったのが……宴会に混ざりながらこっそりと様子をうかがっていたモズリーだった。
(勇者が席を離れた……しかもあの女と。どうしよう……なんだか怪しいけれど、重要な話だったら…………よしっ!)
「あの、ご主人様……わたし、少々席を外します」
「わかったわ。くれぐれも迷わないように気を付けてね」
モズリーは言外に「トイレに行く」とマノンに伝えると、一度関係ない方向に歩いた後、そそくさと身を隠してリーズとミルカの後を追った。
もともと暗闇での行動を得意とするモズリーにとって、目立たぬようこっそりと移動するのは訳なかった。
「おっと、さっそく動いたみたーい。あんなにコソコソしちゃってー。ま、ミルカさんからしばらく放っておくように言われてるから、もう少し様子見かな?」
もっとも、その動きは見張り台の上にいるアイリーンにバレバレだったのだが……
そんなことはつゆ知らず、モズリーはミルカとリーズがとある一軒家――――イングリット姉妹の家に入ったことを確認すると、彼女もまた周囲に誰もいないことを確認しつつ、驚異的な跳躍力で屋根まで上った。
そして、こっそりと屋根の空気穴から屋根裏部屋へ侵入し、リーズとミルカがいるであろう部屋の天井で聞き耳を立てた。
「―――――――」
「―――――――、―――」
(おかしいな……よく聞こえない?)
ところが、彼女がいくら聞き耳を立てても、まるで水の中の音を聞いているかのように不鮮明だった。
何かがおかしい…………モズリーがそう思った瞬間、彼女は強烈な眠気に襲われた。
(こ……これ、は…………いけな………スヤァ)
「あらあら、こんなに早く馬脚を露すとは、よほど切羽詰まっていたみたいですわ」
「この子が……シェラが言ってたスパイなんだ」
天井裏で何者かが倒れる音を聞いて、リーズが天井を開けて、睡眠術で昏睡したモズリーの体を引っ張り出した。
「昨日フィリルちゃんが持ってきた、村長さんの手紙に書いてありましたわ。リーズさんのお母様のところに、スパイが紛れ込んでいると…………。であればと思い、こうして何食わぬ顔でリーズさんを使っておびき寄せましたが、見事に引っかかってくれましたわ。うふふ、実に間抜けですわ」
「こんな小さい子が王国の……ええっと、第三王子だっけ? そのスパイをやってるなんて、いったいどうして…………」
「おそらくこの子は、邪神教団の残党ですわ。そう、私と同じ……」
「同じって…………まさか、ミルカさんが!?」
「ええ、私はかつて邪神教団の幹部の一人でしたの。今まで黙っていて申し訳ありませんわ」
優しいお姉さんのミルカは元邪神教団の幹部だった。
その事実にリーズは一瞬激しいショックを受けるが…………
「やはり、勇者だったリーズさんには受け入れがたいでしょうか?」
「確かに……リーズにとって、邪神教団は敵だったけど…………ミルカさんは、シェラに仲間として受け入れられたんでしょ? だったらリーズは、シェラの決断を信じるし、ミルカさんは悪い人じゃないって信じられるからっ!」
勇者パーティーにもいろいろ事情があるように、邪神教団のメンバーにも様々なタイプがいたのだろう。
少なくともリーズは、今までの付き合いで今までのミルカの態度が偽りでないことはわかっていた。
「私は……邪神教団の幹部でしたが、初めから教団はそう長く持たないだろうと確信しておりました。なので私は、教団の方針で「断種」させられる運命にあった子供たちをひそかに庇い、教団が倒されるのをじっと待っていたのですわ。そして、リーズさんが邪神教団を倒してくれたおかげで、私もミーナも、こうして穏やかな生活を手にれることができたのですわ。本当に……感謝してもしきれませんわ」
「ミルカさん……」
「うふふ、詳しいことはいずれゆっくりとお話いたしますわ。ともあれ、この子がスパイだってことを一目で見抜けたのは、私にそんな経緯があったからですし、きっとこの子も私の顔をどこかで見ているはず…………そうなれば、いろいろと面倒なので、先手を打たせてもらいましたわ」
そう言いながら、昏睡しているモズリーを縄で縛りあげるミルカ。
それをじっと見ているリーズは、改めてまだいろいろな決着がついていないことを思い出したのだった。
(そうだ……この村で平和に過ごしてきたから忘れそうだったけど、王国はまだリーズとシェラのことを狙ってるんだ……! リーズがきちんと片づけないと!)
「この子のことは、あとは私が責任をもって「お話し」しますわ♪ で、ここからが本題なのですが…………」
「え? リーズだけに大切な話って、この子のことじゃないの?」
「これはあくまでついで、ですわ。リーズさんには、もっと重要なお知らせがあるんですの」
レスカは、モズリーを麻袋に詰め込んで地下室に放り込んだ後、いよいよ本題を話すことにしたのだった。
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