大勢

 騎士の月24日――――

 2週間にも及ぶ長期探索を終えて、リーズとアーシェラたちはその日の午後によっやく村まで戻ってきた。

 帰ってくるのを今か今かと首を長くして待っていた居残りの村人たちと、昨日来たばかりの元二軍メンバーたちは、戻ってきた人々の姿が見えると、喝采の声をあげた。


「ヤッハッハ! 村長たちが帰ってきたみたいだ!」

「本当に長かったわね。少し心配だったわ」

「俺たちが来たと知ったらリーズ様も驚くかな? おーーーぅい! アーシェラーーーっ! リーズ様ーっ!」


「ふふふ、みんなで出迎えてくれているわ。リーズもアーシェラさんも、村人の皆さんに慕われているのね」

「えへへ~♪ たぶんみんな寂しかったんじゃないかな?」

「……なんだか人数が多い気がする。あれは……スピノラさん!?」


 一方リーズたちも、村の入り口に集まっている人々が手を振っているのが見えたので、こちらも無事なことを知らせるためにめいっぱい手を振り返した。

 だが、アーシェラは何人か部外者がいるのを見て、一瞬「まずい」と思ってしまった。


(スピノラさんにシャティア、そしてセレンまで!! 一体どうやってここまで!? 旧街道を越える以外の道ができたとすれば、大変なことに…………!)


 アーシェラが焦ったのは、元二軍メンバーたちが知らないルートを通ってきたからではないかと思ってしまったからだ。

 もし彼が知らない別ルートがあれば、侍女として潜入しているスパイが逃げ出す可能性があるし、王国の秘密部隊がひそかにそこを通って村に向かってくるかもしれない。

 だが…………


「あ、ホントだ! シャティアやセレンもいるし、シェマも来てる! 後ろの人たちは……なんだろう? シェマと同じような服だから郵便屋さん仲間かな? えっへへ~また久しぶりに仲間と会えるって嬉しいね!」

「シェマ…………そうか、空を飛んできたのか」

「……? どうしたの、シェラ?」

「いや、何でもない。見ない顔がいるなと思って」


 数か月ぶりにリーズに嘘をついてしまったアーシェラだが、すぐそばに聞かせてはいけない人物がいるので致し方ない。


 そして、その「聞かせてはいけない人」ことモズリーはというと……


(あれが勇者が隠れ住んでいる村……なんというか、想像以上にしょぼいなー。何を好き好んでこんな不便なところで暮らしてるの? わけわかんない)


 そもそもモズリーや第三王子にとって、リーズが王国に帰ってこない理由が全く分かっていなかった。

 王国にいれば勇者としての名声で一生食っていけるだけでなく、王室の一員として贅を尽くした天上人のような生活を送ることができるわけで、それをむざむざ捨て去るというのは考えられないのが本音だ。


(この村で二軍たちと連絡を取ってるのかな? いったいどうやって? この季節にあの山脈を越える道があるんだろうか? まだまだ情報収集しなきゃ……!)


 まさか勇者リーズが、たった一人の大好きな人のためだけにこんな辺鄙な場所まで逃げてきたなどわかるはずがない。

 陸上に上がって少し余裕ができたからか、モズリーは焦らずじっくりとチャンスをうかがおうと改めて決意したのだった。





「ヤァ村長! ヤアァリーズさん! お仕事ご苦労様っ!!」

「あらあらまあまあ、今回も随分とお土産が多いですわね。そしてリーズさんのお母さまですか、辺境の片田舎にようこそお越しくださいました」

「村長! 言われた通りお風呂を沸かしていきましたー! もうすぐにでも入れますよ!」

「わあぁ! お久しぶりですリーズ様!! それにアーシェラさんも! 寒空を飛んできた甲斐がありました!」


「ただいまみんなっ! えへへ、長い間開けちゃってごめんね」

「な、なんですかこの大きな羊は!? 魔獣じゃないんですか!?」


 一行が村まで戻ると、それはそれは賑やかな出迎えとなった。

 村人だけでなく、リーズたちに会いに来た元二軍メンバーにリーズの家族たち、それに数人ではあるがエミル率いる船乗りなど、お互いがお互いをよく知らない人々が大勢いるせいで、交わされる会話がカオスの極みだった。

 このままだとすぐに収拾がつかなくなりそうだと判断したアーシェラは、ポンポンと手をたたいていったん行動を割り振ることにした。


「はいはいみんな、話したいことが山ほどあるけれど、いったん荷物を置いてこようか。まずはマリーシア、お義母さんとお姉さんをしばらく君の家(※本来はエノーとロザリンデの家)に泊めてあげて、出来れば身の回りのお世話もしてもらいたい」

「わ、私がですかーーーーっ!? り、りりり、リーズ様のご家族の!?」


 突然、リーズの家族の対応を依頼された神官マリーシアは、悲鳴に近い驚きの声で叫んだ。


「あわわ……わ、私なんかがっ!? どうして……!?」

「ああうん、暫く僕たちも手が離せなそうだし、ロザリンデの身の回りのお世話をしていた君なら、村人の中でも一番慣れてるかなと思って」

「その神官服、中央神殿の出身ですね。ご迷惑でなければ、お願いしてもいいかしら?」

「は……はい」

「侍女さんたちも、しばらく色々不便かと思うけど、慣れるまでマリーシアを頼ってほしい」

「「承知しました」」

「ど、どうしよう……責任重大!?」


 ロザリンデのお世話と言っても、あくまで下っ端でしかなかったマリーシアはあまり自信なさげだが、彼女なら何だかんだやり遂げてくれるだろうとアーシェラは確信した。


「お風呂が沸いているみたいなので、お義母さんたちは先に疲れを落としておいてください」

「はい、お言葉に甘えますね」

「レスカさんとフリッツは、申し訳ないけれどブロスさんたちと荷下ろしと、途中で見つけた素材を分別してほしい。中にはすぐに保管しなきゃならないものがあるからね」

「はいっ! 任せてください村長さん!」

「うむ、任せてくれ」

「また随分と色々持ってきたな。「解体名人」の名が疼くから手伝わせてくれ」

「わーお、これ天然の瀝青じゃーん! これ売ってくれない?」

「それは僕が採取したものだからだめです」


 リーズの家族には長旅の疲れをいやしてもらうとして、レスカとフリッツはリーズの家族が持ってきた荷物や、長期の探索で手に入れた素材などの分別を行ってもらうことにした。

 客として来ている3人も元冒険者だったので、山と積まれている宝の山に興味津々だった。


「せっかくお客さんとして来てるのに、手伝ってもらうなんてなんだか悪いね」

「いいのいいの! 宿泊代の代わりだと思ってくれれば! むしろアーシェラたちは休んだら? なんだかんだ一番頑張ってたでしょ?」

「どうしようかな…………僕はやることやったら、今日の夕飯を作りたいんだけど」

「え!? 夕飯を!?」


 長期間の探索でアーシェラやリーズも疲れていないわけがない。

 だが、それでもアーシェラが村に帰ってきてまず真っ先にやりたかったのが、休むことではなく料理だった。


「だって、この所保存食や作り置きばかりの食事が続いたし、お客さんもこんなに大勢いるんだから、久しぶりに新鮮な食材で思い切り料理がしたいんだ」

「もう、シェラってばリーズの次の次くらいにお料理が好きだからねっ! 最近はリーズもお料理が楽しくなってきたから、一緒に作ろうねシェラっ♪」


 そう言って横からぎゅっとアーシェラに抱き着くリーズ。

 周囲はそのラブラブぶりを羨ましそうに眺めていたが、ただ一人ミルカだけは――――


「…………ふむ、どうしましょう」


 何やら油断ならない目線でリーズたちを……いや、その後ろにいるモズリーを見つめていた。

 だが、その一方でモズリーもまた――――


(あれ? あの人、まさか……ね)


 ミルカの姿にどこか見覚えがあると感じていた。

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