嫉妬

 騎士の月18日目――――

 リーズたちが3日かけて掘り進めた拠点周囲の空堀は、ようやく防御機能を持つほどの深さと幅になり、堀を掘ったときに出た土は簡易的な土壁として、拠点の周りをしっかりと囲んだ。

 さらに、堀の周囲には魔獣除けの罠も設置し終わり、これでようやく見張りを立てなくても眠ることができるようになった。


 まだまだ「完成」には程遠いものの、アーシェラはようやく満足のいく防備が整ったと判断し、いよいよ本題の川下から海への道の調査に乗り出すことにした。



「ここからは未探索地域だ……果たして、今回は何が出てくるのやら」

「えっへへ~、楽しみだねシェラっ♪」


 思えば去年もリーズとアーシェラはいろんなところを歩いて回ったが、そのたびに驚きに満ちた発見があった。

 テルルを追って湿地帯に赴いた際には、アーシェラの故郷と、瘴気の元凶「魔神王の爪」を発見、さらに天然の瀝青といった貴重な資源も見つけた。

 二人きりで長いハイキングに行ったときは、天然の温泉を掘り起こすことができた。

 今回の探索も、何か見つかるかもしれない――――そんな期待と不安を胸に、5人は荷駄車を引きながら南の方に歩き始めた。


 進む道は相変わらず殺風景そのものだった。

 前回の探索で解呪を終わらせた土地も、未だ緑が戻っておらず、かつて樹木だったものの残骸が、もの悲しくポツンぽつんと立っているだけだ。

 そこからさらに進めば、毒々しい紫色の靄――――浄化されていない瘴気が彼らの行く手を阻んだ。


「瘴気だ。みんな、マスクを装着して、一人一枚解呪の術札を」


 5人は荷物の中から口を覆う布を取り出し、浄化の薬草を口に含んだ。

 開拓当初から何度も繰り返しているだけあって、彼らの動きは実にスムーズだった。

 それに、今回は術札を作った本人であるフリッツがいるのがとても心強い。


 アーシェラとフリッツが、愛用の術仗をかざして解呪の術を発すると同時に、リーズたち女性陣も術札を掲げてゆく手を浄化してゆく。

 毒々しく染まった大地から紫色が消えてゆくが、戻ってくるのは茶色い大地だけ。

 やはりこの辺りは「魔神王の爪」が近かったせいで、植物が根元から枯れてしまったようだ。

 今開拓村がある付近は、解呪すればすぐに緑が戻ってきたが……この辺りが元に戻るのは当分先になりそうだ。


「今どのあたりかな? 同じ景色ばかりだから、どこにいるのかわからなくなりそう」

「多分あの丘がここだから……元の地図から割り出すと、今は……」

「うーん……海はまだもっと先かぁ」


 あたり一帯を浄化し終えたところで、リーズとフィリル、それにフリッツが、昔からあった地図と、今作っている地図を見比べて、自分たちが今どのあたりにいるのかを計算していた。

 野営拠点のある場所から海までは直線距離だと3㎞程度しかないのだが、行く手に広がる瘴気を解呪しなければ先に進めないため、実際の道のりはかなり長く感じる。


 身長と年齢差が近い3人が、仲良く話しながら前を進む一方で、アーシェラとレスカという大人っぽい二人が荷駄車を動かしながら後ろからついていく。


「フリ坊……ずいぶんと楽しそうだな」

「レスカさん、もしかして嫉妬してる?」

「ばっ!? そ、そんなわけないだろう……!」


 前の3人に聞こえないように小声になりながらも、レスカは顔を赤くして食って掛かるように否定し始めた。

 「相変わらずこの人は隠し事が下手だな」と思いながらも、レスカの気持ちは彼にもよくわかる。


「僕としては、嫉妬できるだけ……羨ましいけどね」

「なに? それはどういうことだ?」

「ほら、僕が勇者パーティーにいたころの話は何度かしたと思うけど、リーズが勇者になってから、リーズはあっという間に僕より強い人やえらい人たちに囲まれて、手の届かない存在になってしまった。それこそ、嫉妬なんて気持ちすら湧かないほど、あの頃の僕の心は完膚なきまで叩き潰されてしまったんだろう。実際、戦いの役にほとんど立っていなかったせいで、グラントさんに追い出されそうになったくらいだから」

「村長…………」

「レスカさんも、僕と同じように……ただ指を咥えているだけで満足するの? リーズには僕がいるからいいとしても、もしかしたら年が近いフィリルがフリッツ君の魅力に気付いてしまう……かもね」

「っ! そんなこと……!」


 そんなことはない――――そう言い切りたかったレスカだったが、その言葉は口から出ることはなかった。


(フリ坊とて、いつまでも子供ではない。いや……もうすでに、子供とは言えないのかもしれない。村長の夢をかなえるために、この先開拓村は大きくなり、いずれ外から人が入ってくる。その時果たして、フリ坊は……)


 血がつながっていないのに姉弟と言い張るあいまいな関係は、この先長く続く保証はないことはここ数日で改めて感じた。

 初日こそ張り切りすぎて体調を崩したフリッツだったが、その後の活躍は誰もが一人前と認めざるを得ないものだった。

 フリッツはもはや自分の庇護を必要としない。そう思うと、レスカの心がキリリと痛んだ。


 だが、そんな彼女の心を見透かすかのように、アーシェラがそっと耳打ちしてきた。


「大丈夫だよ、レスカさん。フリッツ君はまだまだレスカさんを必要としている。たとえ僕が一人で生きることができたとしても、リーズの存在が欠かせないのと一緒だ」

「そうなのだろうか……いや、そうであらねばならない、か」


 その時、アーシェラの視線が振り返ったリーズの視線とぴったり合った。


(あ、リーズが怒ってる……)


 リーズはいつも通りの表情だったのに、アーシェラは彼女の瞳を見た瞬間に、心の奥で燃える嫉妬の炎に気が付いた。


「ねえレスカ♪ そろそろ荷車牽くの交代しよっか!」

「……? 私はまだ疲れていないが、リーズがそういうのであれば」


 そして、あっという間にレスカと立ち位置を交換して、アーシェラの真横にぴったりとくっついた。


「シェラ」

「……ごめん、リーズ。ヤキモキさせちゃって」


 ここ数日、レスカとフリッツの仲をより近づかせるために別行動作戦をしてきたのだが――――どうやらリーズの方が先に限界に来てしまったらしい。

 片手だけで重たい荷駄車を牽きながら、もう片方の手でアーシェラのてをぎゅっと握りながら、前の3人の後に続いていった。

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