活躍
野営を始めてから3日目――――
前日こそ、全身筋肉痛で全くいいところのなかったフリッツだが、流石に若い体は回復が早く、この日は昨日までの借りを返すかのように精力的に働いた。
もちろん、働くと言っても1日目のような肉体労働ではなく、昨日に引き続きアーシェラと共に周囲の測量や地図の記載を行っているのだが、やはり彼の本領は頭脳労働であり、あっという間にこれらの仕事を完成させてしまった。
「リーズ、堀の作業状況はどんな感じ?」
「んー、あともう少し幅を広げたいかな。シェラの方は?」
「フリッツ君のおかげで大体の地図は完成したよ。これで、いつでも川下の方に向かえるよ」
「もうできたの!? 早いね、フリッツ君がいてくれてすごく助かるよっ!」
「そ、そうでしょうか……? でも、みんなの役に立てたのなら、嬉しいです!」
夕方になる前に拠点に戻ってきたアーシェラとフリッツは、建設作業をしていた女性人たちに成果となる地図を見せた。
貴重な羊皮紙が使われた地図には、川の形から周囲の丘の等高線、目印となるものの位置までかなり正確に書かれている。これによって、今自分たちがどのあたりにいるのか、そして将来的に拠点をどのように拡張すればいいのかがとても分かりやすくなった。
「そうか、これをフリ坊が…………」
「むむむ、これはすごい……リーズさん! レスカ先輩っ! あたしたちも負けていられませんねっ! 今日中に全部終わらせてしまいましょう!」
「そうだねっ! シェラたちがこんなに頑張ってるんだから、リーズたちももうひと頑張りしようっ!」
「無理はしないようにね。僕たちは先に夕ご飯の支度をしてるから」
作ったばかりの地図を見たレスカは何やら思うところがあったようだが、リーズたちがもうひと頑張りすると言うので再び作業に戻ることになる。
その後も、日が暮れるまで作業は続き――――彼女たちの仕事がひと段落するころには、拠点の中からいい匂いが漂ってきた。
空腹の鼻にピリリと来る、強い香辛料の香りだ。
「シェラーっ、ただいまーっ! えっへへ~、いい匂いがするねっ!」
「今日のお鍋は辛口ですか? いいですねっ、こんな寒い日には辛いものに限りますよっ!」
「お帰りリーズ、それにフィリルもレスカさんも。今日はお鍋もフリッツ君に作ってもらったんだ。僕も納得できるほどの出来栄えだから、期待してほしいな!」
「ほう、フリ坊が作ったのか。私の家ではいつも食事はフリ坊が作ってくれるからな、期待できるな!」
「村長さんに比べればまだまだだけど……それでも、腕によりをかけて作ったから、気に入ってもらえるといいな」
アーシェラの言う通り、この日の夕食は主にフリッツが献立を考えて、それに沿って料理した鍋が出された。
持ってきた新鮮な鹿肉を薄く切って、辛みのする香辛料と冬野菜、それと最近村でひそかにブームになりつつある「乳清」を、あらかじめ煮立てて濃縮し、ヨーグルトのような煮凝りにしたものを投入している。
辛さと酸っぱさがあるので、やや味の調整が難しかったが、アーシェラのサポートもあって見事なバランスの味に完成させることができた。
あとは、練った小麦粉を棒に巻いて焚火で焼いたパンと一緒に食べるわけだが、これがまたホカホカのスープにぴったりで、一日中穴掘りをしていた疲れも、汗とともに一気に吹き飛んでいくような気がした。
「はぁ~~~~お゛い゛し゛ぃ~……でも、あたし的にはもっと辛くてもいいかなって思うんですっ! 追加の殺虫香草(※唐辛子のこと)ありませんか?」
「あはは、フィリルは相変らず辛いのが好きだね。辛すぎて目を回さないようにね」
「うんうん! フリッツ君が作ってくれたスープ、とっても美味しいよ! お店で料理出しても、きっと売れると思う!」
「それは流石に買い被りと言いますか……けど、リーズさんに喜んでもらえてすごく嬉しいです!」
「えへへ、こんなにおいしい料理を毎日食べられるなんて、レスカもリーズと同じくらい幸せなんじゃない? ね、レスカ♪」
「……え? あ、ああ、そうだな……なんたってフリ坊が作ってくれる料理だからな! もちろん何を食べても美味いに決まっているさ! うん、そうだともっ!」
全員がフリッツの料理を絶賛する中、レスカだけはどこか上の空だった。
(レスカ姉さん……)
姉の様子が若干おかしいことは、いつも一緒に過ごしているフリッツには丸わかりだった。それでも……アーシェラのアドバイスがあった通り、あえて気が付かないふりをする。
(無理はしなくてもいい、けど……もう甘えるだけの子供じゃないということを、きちんと見せないと…………いつまでたっても一人前として見てもらえないから)
アーシェラは言っていた。
自立するのと、独りで生きていくのは、似ているようで違うのだと。
かつてのフリッツは、親に捨てられた反動でレスカ以外の人間が信用できなくなっていた。
そのせいで、一時はお風呂も、寝るのも、そしてトイレも……レスカがいないとどうにもならない頃があった。
今ではもうアーシェラをはじめ、信頼できる村人たちのおかげでそのようなことはなくなったが、今までフリッツの面倒を見てきたレスカは、その頃のことをまだしっかりと覚えている。
だからフリッツは、きちんとほかの人と協力して仕事をすることができる――――それ則ち、彼がもう自立していることを今回の遠征で証明するのだ。
(フリッツはすっかり逞しくなった。それこそ、私と長い間別々に動いても平気なのだろう。それに比べて私は…………)
一方でレスカは、昨日の休憩中にリーズたちに話した想いが、彼女の心を悶々とさせていた。
自分が目の届かないところでもしっかりと結果を出し、仲間の輪の中に溶け込んでいるフリッツ。
開拓団に加わった頃の怯え切った姿はどこにもなく、年相応どころかそれ以上に立派に成長していく弟がいるのに、レスカはいつまでたっても弟離れが出来そうにない。
そのことが、今のレスカにとってたまらなく苦しかった。
徐々にぎくしゃくしつつあるレスカ姉弟。
そんな姿を見ているリーズとアーシェラは、お互いに顔を見合わせてこっそりと小さく頷き、フィリルはまったく気にしないまま、笑顔で激辛スープをモリモリ食べていた。
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