本音 Ⅱ

「そうか……やっぱりフリッツ君は、レスカさんのことが好きなんだね。それこそ、恋しているといってもいい」

「…………村長さんには、何もかもお見通しなんだね」

「僕だけじゃないさ。君たちがお互いに気があるのは、君たち以外の村人全員が知ってることだよ」

「そ、そんなぁ……」


 レスカがリーズに赤面させられているのとちょうど同じころ、男性二人のグループも似たようなことをしていた。

 フリッツ自身、レスカへの恋慕の感情はなるべく人に見せないように振舞っていたつもりなのだが、周りから見ればバレバレなのであった。そして、肝心なレスカにだけはきちんと隠し通せているのが皮肉としか言いようがない。


「っていいますか、村長今…………「お互いに気がある」といったような気がするんですが、僕の気のせいですか?」

「はっはっは、気のせいなものか。君たちは僕らから見れば、お互いに片思いをしているように見えるよ」


 レスカが自分に気がある――――その言葉を改めて聞いたフリッツは、耳まで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そしてアーシェラは、その光景が数か月前の自分に重なって見えた。


(不思議なものだね……。僕が当事者だったときは、リーズが僕に気があるなんて言われても絶対に信じなかったのに…………今思えば、僕は初めて出会った時からリーズのことが好きだったし、リーズも僕のことを好きでいてくれたって確信できる。やっぱり、一線を越えるのは覚悟がいるんだろう)


 好きと言えない、けれども離れ離れになっていると寂しい……微妙な距離感ではあるものの、フリッツとレスカはこの距離間の生活に慣れきってしまっている。

 だからこそ、この関係が変わってしまうのが怖いのだろう。


「村長さんは……僕は、今のままじゃだめだと、そう言いたいんですか?」

「どうだろう……聞いた手前無責任かもしれないけれど、最後に決めるのは結局フリッツ君とレスカさん次第だ。でもフリッツ君は、昨日の頑張りはレスカさんに認められたい思いが強かったからだった。ならば、その思いを少し後押しするのもいいかなと思っている、それだけだ」

「僕は……僕はっ、わからないんです」


 フリッツの声が、まるで胸の内から絞り出すような、重く苦しいものになってきた。

 直球勝負でレスカから本音を引き出したリーズと逆に、アーシェラはまるで産婆のように、じわりじわりとフリッツが自ら本音を語るように仕向けてきたのだ。


「村長さんも知っている通り、僕は子供のころ……お父さんと継母にぞんざいに扱われて、始末されそうになった。けれども、運よく依頼を受けてくれたのがレスカ姉さんで…………レスカ姉さんは、僕にすべてを話してくれた上で、一緒に逃げようと言ってくれた。両親に捨てられたと知ったとき、僕はすごく絶望したし、知らない世界で生きていくのはとても怖かった。でも、村長さんたちに出会って安心できる場所を得るまで、姉さんはずっとそばにいてくれた。姉さんがいなかったら僕はきっとこの世にいなかったはずだから…………。レスカ姉さんには、一生かかっても恩を返しきれない。それなのに僕は、いまだにレスカ姉さんに守ってもらってばかりで、時には甘えたりもしてしまって…………まだまだ僕は弱いのに、これ以上を望むなんてっ!」


 フリッツの悩みは、やはりレスカのそれと真逆であった。

 彼はその得意分野の性質上、レスカだけでなく村人たちから守ってもらうポジションに自然に収まってしまう。そのことが、フリッツの「男としての自信」を失わせてしまい、ひいては村でも有数の強さを持っているレスカへの引け目になっているのだろう。

 しかし、村人たちがフリッツを守ろうとするのは、彼がまだ若いからというのもあるが、それ以上に後ろから自分たちの手助けをしてくれた方がメリットが多いからだ。


 彼とて、そのような事情があることは100も承知ではあるのだが、それで満足しないのは彼の高い向上心の裏返しでもある。


「じゃあフリッツ君、逆に聞くけど……僕はリーズの夫として申し分ない人物だと思う?」

「も、もちろんですっ! 村長さん以外に、リーズさんとお似合いになる人は、世界中どこを探してもきっといないと思います!」

「あはは……そこまで言われるとちょっと照れるね。でも……僕だってこの村に来る前はそれこそフリッツ君と同じような立場だった。ううん、何なら今でも、山向こうの王国では僕とリーズなんて釣り合わないって思う人は大勢いる。それでも、僕はこうして村人たちや、親しい友人たちに夫婦だと認められているし、そうでなくても…………リーズが僕のことを愛してると言ってくれれば、ほかの誰が何と言おうと、自分の思いを貫くことができるんだ。なんて、そんなこと言っている僕だって、まだまだ完璧には程遠いし、リーズと結婚して日も浅い。あの夜、リーズに告白した時がゴールのように思えたけれど、むしろあそこからがスタートだったんだろう。それまでずいぶんと回り道をしてしまったけれど……僕とリーズは仲が良かったから、一度離れてみないとわからなかったのかもしれないね」

「一度離れてみないと、わからない…………ですか。もしかして、村長さんが僕とレスカ姉さんを別行動にしたのって……」

「さあどうだろうね。とはいえ、今の状態のフリッツ君に力仕事はさせられないのは確かだからね、今の状況を逆に利用したといった方が正しいかな」

「…………」


 アーシェラの言葉に、フリッツは再び黙り込んでしまった。

 今までの会話で、考えることが多すぎるのだろう。


 さえぎるものがほとんどない川辺に、冬の冷たい北風が吹きつける。

 身体を芯から凍えさせるこの風も、保温の術がかけられた水筒から注いだ熱々のお茶を一口飲めば軽くやり過ごせる。

 そして――――この水筒に保温の術をかけたのはフリッツだった。


 縁の下の力持ちというのは、どうしても他人に評価されないことがおおい役割だし、本人も目に見える成果がわかりにくく、中々自信につながらない。


「フリッツ君……先輩からのアドバイスが欲しいかい?」

「村長さんからのアドバイスですか!? は、はいっ! ぜひっ、お願いします!」


 数か月前、村人たちに背中を押してもらい幸せをつかんだアーシェラ。

 今度は彼が優しく背中を押してあげる番だ。

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