本音

 一方そのころ女性メンバーたちは、昨日形だけ作った堀をさらに完全なものにするための穴掘りに邁進していた。


「…………」

「どうしたのレスカ? やっぱりフリッツ君が気になる?」

「あぁ、まあな…………。さほど遠くにいないとはいえ、今のフリ坊は戦うことができない状態だ。村長のことは信用しているが、心配ではある」


 今は人数がギリギリなので仕方がないが、レスカ的にはほとんど無力になっているフリッツが、自分の目の届きにくいところにいるのは不安なようだ。

 作業にはあまり支障はないものの、時折何かを気にするようにあたりを警戒するので、彼女の神経はいつも以上に早くすり減っていくだろう。


(シェラの言う通り……早めに解決しないとまずいかな?)


 レスカとてプロなので、普段はあまり仕事に私情を挟まない方なのだが、フリッツのことになるとどうしても気持ちがそっちに向かってしまうようだ。

 リーズ自身も、アーシェラと離れ離れになっていたころはあんなふうだったのだろうかと思いながらも、そろそろこちらもアーシェラの打ち合わせ通りことを進めることにした。


「よーし、結構進んだっ。予定よりかなり早いね。この辺で一回休憩しよっか」

「なに、休憩だと? さすがにまだその必要はないんじゃないか?」

「んー、シェラからも言われてるんだけど、3人全員で作業してるから疲れる前にある程度休んだ方がいいって。というわけでフィリルちゃん、お茶持ってきてくれるかな?」

「りょうかーいっ!」


 体力にはまだかなり余裕があるが、リーズがとんでもない勢いで穴を掘り進めてしまったので、作業予定が大幅に早まっている。

 そのため、ほとんど疲れを感じていないうちに休憩となったのがレスカにとって若干解せないようだ。

 だが、リーズにとってはむしろこの時間こそが勝負の時なのである。


「ところでレスカ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいこと?」

「うん、レスカってやっぱりフリッツ君のこと好きなの?」

「ぶふぉっ!!??」

「わぁ!? だ、大丈夫ですかレスカ先輩!?」


 木製のカップにお茶を入れ、そのあたりに転がっていた岩に腰かけて休んでいるさなか、リーズの火の玉ストレートともいうべき言葉がレスカを直撃。

 レスカは想定外の奇襲に咽てしまった。


「な、ななな……なんでそんなことを!?」

「えっへへ~、やっぱりレスカさんはわかりやすいねっ! レスカさんとフリッツ君は姉弟のようなものって言ってるけど、やっぱりお互いに意識してるのかなと思って」

「えっ? レスカ先輩とフリッツ君って姉弟じゃないんですか? それなのに、同じ家に住んでるんですか?」


 フィリルはレスカとフリッツが血がつながっていないという話を初めて知ったが、ならなぜ恋人同士でもない男女が同じ家に住んでいるのかと改めて言われると、レスカも反論できなかった。


「……リーズ、それにフィリル。今からする話は、フリ坊には秘密にすると誓えるか?」

「もちろん! 勇者嘘つかないっ!」

「ちなみにばらしたらどうなるんです?」

「貴様の所業をユリシーヌに報告してやる」

「やっはっはー、こう見えてもあたしは口が堅い方なんですよー!」

「とてもそうは思えんが…………はぁ、まあいい」


 レスカは覚悟を決めたように、カップのお茶をゆっくりと飲み干すと、思いつめたような表情でポツポツと語りだした。


「そうだとも……私は、フリ坊のことが……好きなんだ。いつからか、というのも今はもう定かじゃない。フリ坊の実家からの逃避行の日々の間、自分の弟だと言い張って通してきたが……私自身が、フリ坊と「姉弟」だと認めたくない心が強くなってきているんだ」

「やっぱり、レスカがフリッツ君を大切な弟扱いしてるのは、レスカが自分自身に歯止めをかけるためだったんだね」

「当然だろう。私とフリ坊は5つ以上も年が離れているんだぞ。常識的に言ってありえないだろ」

「そうかなー? あたしの故郷では5年どころか、倍近く年齢が離れていても結婚する人いますけど?」

「いや、さすがにそれもどうかと思うんだが……うーむ」


 そもそもレスカは王国貴族の一歩手前――――騎士階級の出身なので、恋愛のモラルもかなり厳しい。年上の女性が年下の男性と結婚するというだけでもいろいろ邪推されるのに、それが5歳差以上ともなるとほぼ前代未聞の領域になる。

 とはいえ、王国でもグラントの友人のシャストレ伯爵がかなりの年の差結婚をした例があるとおり、必ずしも皆無というわけではないのだが…………それでも、そういったモラルの中で育ったレスカにとって、フリッツと恋人同士になるのはいまいち踏ん切りがつかないのであった。


「それにな…………私は確かにフリ坊の命を救った。実家の思惑によって邪魔者扱いされ、捨てられそうになったのを、私自身が実家を飛び出してまで守り通し、こうして村長たちと一緒に平和に暮らせるようにできたのは、私の生涯で一番の誇りと胸を張って言える。だがっ……その功を笠に、本当の家族になりたいと迫るのは、卑怯な気がするんだ。恩人だからという理由で、フリ坊の人生の自由を奪っていいのか? そう考えると、この思いがますます卑しく思えて仕方ないんだ」


 正直なところ、貴族出身とはいえ王国貴族のモラルがあまりしみついていないリーズと、辺境出身の田舎者であるフィリルには、レスカの苦悩が完全に伝わるとはいいがたかった。

 それでも、レスカの抱えている苦悩が「しょうもないこと」だとは思っていないし、時間が解決できるような問題ではないことも分かっていた。

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