分業

 翌朝、朝食を作ろうとアーシェラとリーズが起床すると、早朝の見張りシフトをしていたレスカが何やら深刻そうな表情で話しかけてきた。


「おはよう村長、リーズ。…………朝食前で申し訳ないが、知らせたいことがあってな」

「おはようございますレスカさん」

「あ、おはよーレスカっ! その顔、もしかしてフリッツ君が筋肉痛になっちゃった?」

「うっ!? な、何も言わないのになぜわかったんだ!? 村長と結婚して、人の心を読む力を獲得したのか!?」

「いや……昨日の夜、そうなるんじゃないかなって二人で話していたところだよ」


 そう、レスカが深刻そうな顔をしていたのは、フリッツが昨日張り切り過ぎたせいで筋肉痛になってしまったからだった。

 何度も言うが、フリッツとて決して鍛えていないという訳ではなかったが、昨日の穴掘りは一般人の何倍もの労力を使う作業だったせいで、初日から限界を超えてしまったのである。


「うぅ……こ、こんなはずじゃ…………村長さん、ごめんなさい……。結局迷惑をかけてしまって……」

「すまない村長、私もフリ坊に無理をさせないように抑えるべきだった」

「ね、だから無理はいけないってあれほど言ったでしょ。迷惑かどうかはおいておいて、その調子だと重労働はできそうにないね。ならば、今日は予定を変更しようか。内容は後で説明するよ。それよりもまず、朝ご飯だ」


 相変わらずあまり怒らないアーシェラは、フリッツを少し注意しただけで済ませ、リーズと共に朝食の用意をはじめた。

 そんな彼のあっさりとした態度が、フリッツにとって逆に申し訳なかった。

 人は理不尽に怒られるのももちろん嫌だが、失敗したのに全く怒られないというのも、若干バツが悪いような気がするから不思議なものである。




「さて、今日は昨日の作業の続き……と、行きたいところだったんだけど、フリッツ君がこんな調子だから、作業の割り当てを変更しよう。今日フリッツ君は、僕と一緒に測量と周辺地図の記入をする。リーズはレスカさんとフィリルと一緒に、昨日掘った掘を完成させてほしい」

「まかせて、シェラっ!」

「なにっ!? 私とフリ坊を別のチームにするのか!?」

「ヤッハッハー、仕方ないですヨ、レスカ先輩っ。今のフリッツ君は頭の方がよく動くんですから!」

「…………」


 アーシェラはまず、チーム分けを昨日から変更し、女子たちを肉体労働に割り当て、男性チームを測量などの頭脳労働に割り当てた。

 普通は逆のような気がするが、今この場にいる女子は勇者を筆頭に男顔負けの精鋭が揃っており、一方で男性陣は普段から知恵を頼りにされている二人なので、理にかなっているとはいえる。


 フリッツの筋肉痛は主に腕と肩であり、幸い歩くのには支障はなかった。

 そのため、この日一日はアーシェラに従って歩幅で距離を測ったり、測量器具を持って立っているなど補助的な役割に徹した。

 勿論、実地演習の一環として測量結果の計算も行うが。


「村長さん、距離の産出が出来ましたけど……どうですか」

「うん、いいね。僕の計算とほぼ一致してる。二人で同じ値が出るのであれば、問題ないだろう。よし……キリがいいからこの辺で休憩しようか」

「休憩……ですか? 確かに腕は痛むけど……これくらいならまだまだ。あ、いえ……無理してるわけじゃないですよ?」

「あはは、無理してはいないことはわかってる。でも、次の作業を始めちゃうといつ休めるかわからないから、今のうちに一息入れておこうと思ってね」


 作業がひと段落したことで、アーシェラは一旦休憩を入れることにした。

 フリッツは自分が気遣われているのかと考えて、休憩にやや難色を示したが、アーシェラの意志は変わらない。


(まあ、そうなるよね。僕も同じ立場だったら、きっと今のフリッツ君みたいな反応をすると思う)


 頑張りすぎて筋肉痛になったことで、無理をしてはいけないという警告を身をもって知ったフリッツだったが、今度は「これ以上足手まといにはなりたくない」という気持ちが抑えきれていない。

 このように初心者にありがちな焦る気持ちは、ともすれば悪循環となり重大なミスにつながりかねないことをアーシェラはよく知っている。

 だが、それ以上に――――


(さてと…………本題に入るとするか)


 休憩だというのにどこか居心地悪そうにしているフリッツを見て、アーシェラはいよいよ昨日リーズと話し合った「作戦」を実行に移すことにした。


「フリッツ君、今回は君がいてくれて本当に助かったよ。地図の書き方も正確だし、計算もとても速かった。地図を作るのはもっと時間がかかるかと思ったんだけど、こんなに順調に進んでいるのはフリッツ君のおかげだよ」

「そ、そんなことないです……村長さん。このくらいできないと、僕がいる意味なんて……」

「まあまあ、そう言わないで。それとも、僕に褒められてもあまりうれしくないかな?」

「そ、そんなことはありません!! 村長さんに助かったって言われるのは、本当にうれしいんです! でも、それに満足してたら……満足に成長できないんじゃないかって思いまして」


 フリッツがいてくれて助かったというのは、アーシェラの偽らざる本心だ。

 しかし、今のフリッツにはその言葉は嬉しいが、そのある意味貪欲な心を満たすには不十分のようだ。


「フリッツ君は……昨日も今日も、すごく頑張ってくれているね。それこそ、筋肉痛になるくらい。やっぱり、僕やリーズにいいところを見せたいって思っているから?」

「い、いえ……そんなことは…………」

「ふふっ、確かにそれは違うよね」

「…………」

「君がいいところを見せたいのは、僕やリーズじゃなくて…………レスカさんなのだろうからね」

「なっ!?」


 フリッツはまるで瞬間湯沸かし器のように、一瞬で顔を真っ赤にして、その手に持っていた地図を落としてしまった。

 その分かりやすすぎる反応に、アーシェラも思わず吹き出しそうになったが、何とかこらえたのだった。

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