海
「村長、あの丘の上に何か建物があるよー」
「あれは……風車かな。羽根の部分がないけれど、丘の上に立つ高い建物と言えば風車くらいだし」
川に沿って進む5人が目指す先に小高い丘があり、その頂には崩れた細長い木造建築物の残骸があった。
それも一つだけでなく、彼方に見えるいくつかの丘にも同様の残骸が残っているが、どれも頭頂部が崩れ落ちていて一目見ただけでは風車だとわからなかった。
「風車があるってことは、あそこをこえればもう海があるってことなんでしょうか?」
「よく知っているなフリ坊、確か海を見たことなかっただろう?」
「えへへ……本で読んだことを覚えてるだけだよ、レスカ姉さん。海辺の丘は風が強いから、風車を建てるのにぴったりな土地なんだって」
「じゃ、じゃあ……あの丘を越えれば……!」
フリッツの言う通り、穀物を製粉するための動力になる風車は一年を通して風が強くなる場所に建てられるが、その代表的な場所が海辺の丘の上なのだ。
つまり、風車が立っている丘を越えた先に海がある可能性が高い。
一つの目標が見えたことで、リーズたちは俄然やる気がわいてきた。
「よーし、みんなあと一息だよっ! 頑張ればもしかしたらお昼までにあの丘の上に行けるかもしれない!」
『おーっ!』
太陽はすでにかなり昇っているが、せっかくだから切りのいいところで昼食にしたい。
リーズの掛け声で俄然やる気になったメンバーは、今までの行軍の疲れを一気に吹き飛ばして解呪に当たった。
そして、正午を過ぎた頃、5人はついに目標の丘の上の解呪に成功し、高所恐怖症で若干足がすくむアーシェラを支えながら、廃墟のある頂上までたどり着いた。
そこから先に広がっていたのは―――――
「わあぁぁっ! 海だぁっ!」
「これが『うみ』……っ! 水が、どこまでも広がってる……」
どこまでも続く空の青と、水の青――――
フリッツとフィリルは、人生で初めて見る「海」だった。
生まれてこの方、地平線の先に見ていたのは山か丘しかない二人にとって、溜まった水が見渡す限りどこまでも続いているというのは衝撃的としか言いようがない。
「どう? 初めて見る海は?」
「さいっっっこうですっ! な、なんだか自分が小さくなってしまったんじゃないかって思うくらいっ!」
「やっぱり、本で読むのと実際で見るのは違うなぁ。百聞は一見に如かず……百考は一行に如かず……とは言うけど」
残念ながら、眼下の土地はまだ瘴気に汚染されたまま紫色の靄を発しており、建物だったところはすべて瓦礫と化していた。
それでも、その広大な廃墟群はかつてこの地が海運で栄えていたことを如実に表しており、この場所を復興することができれば今後の発展の大きな力になるだろうとアーシェラは確信した。
「よーし! せっかくだからこの雄大な景色を見ながらお昼に――――」
お昼にしよう、とリーズが言いかけたとき、丘の上に強風が吹きつけた。
「さ……さむいっ!?」
「流石にこの寒さでお昼はむりですぅっ!?」
「あ、あはは……風車が建つような場所だから、当然と言えば当然か。この中に入れば少しはましになるかな?」
海から吹き付ける強風は、まるで氷魔術が直撃したかのように冷たく、全員の身体を凍えさせた。
魔術で冷たくしているならいくらでも防げるが、大自然の寒さにそれは通用しない。
勇者リーズも大自然の猛威の前には、尻尾を巻いて避難するほかなかった。
だが、かつて風車小屋だったと思われる廃墟の中も、壁板がボロボロになってしまっているせいで風を遮ることができなかった。
ならば丘の下の荷駄車から、風よけのほろを持ってきて応急修理を施そうかとしたところ…………海からの風にあおられて、町に滞留していた瘴気が丘を登ってくることに気が付いたため、5人は慌てて丘の上から避難する羽目になったのだった。
「うーん……せっかくいい景色だったのに、残念」
「もっと暖かい日に来ればよかっただろうか?」
「いや、いずれにせよ町の中の瘴気も何とかしないとだめみたいだね。とりあえず、今日はこのあたりまで来ることができただけでも良しとしようか」
どうやら、滅びた港町はそう簡単に人を招き入れるつもりはないようだ。
「ねぇシェラ、この先どうしよう?」
「うーん、今の装備でも町の中に行けないことはないけれど、解呪しきれていない土地に長くいるのはちょっと危ない気がする。残念だけど、今日のところは一回拠点に戻って、地道に安全を確保していこうか」
「うむ、それがいい。村長が懸念していた…………お仲間の船がこの港にたどり着いている気配はないようだしな」
あの後リーズたち5人は、風車小屋がある丘から少し離れた岩陰で遅めの昼食を摂りはじめた。
以前湿地帯を探索したときには拠点の外で一泊したのだが、今回はすぐに拠点に戻れる場所にいるので、一回戻って準備をし直すことにした。
また、アーシェラが一番懸念していたこと――――ヴォイテクたちの船が、一か八かで港に来ていないかどうかも今のところ考える必要がなくなったことも大きい。
もしかしたら遠くないうちに、向こうもこの場所を目指してくる可能性もあるが、今はまだ急ぐこともないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます