焦燥

 騎士の月13日目――――リーズたち一行は、かつて湿地帯を探索した際に、簡易キャンプ地を定めた場所に足を運んだ。

 なだらかな丘の上にある簡単な土塁と作に囲まれた四角い土地は、1か月程度しかたっていないにもかかわらずかなり荒廃していた。おそらく、冬の強い風で傷んだのもあるだろうが、撤退した後も残っていた解体した獲物の臭いが、一時的に周囲の魔獣を引き寄せてしまったのだろう。

 こうなると、如何に立地が良くても魔獣の襲撃の危険はある程度高まってしまうだろう。


 だが、アーシェラはあえて再びこの土地をベースキャンプに選んだ。


「リーズたちがいない間に、ずいぶんと痛んじゃったね……」

「まあ、壁はまだ残っているから多少の風雨はしのげるはずだ。もちろん、あとで修理もするけどね。

それよりもまず、魔獣除けの堀を掘ってしまおう。みんな、手筈通りいくよ」

『おーっ』


 まずリーズたちは、アーシェラがあらかじめ用意した設計図をもとに、小さな丘をぐるりと囲むように空堀を掘り始めた。

 前回は探索を急いでいたので壁だけの野営地で済ませていたが、今回は本格的に腰を据えての探索になるため、野営にも前回より手間をかけるつもりなのだろう。

 堀から始めるのも、まずは野生動物の侵入を防ぐための外郭を作って安全を確保するのを最優先としているからだ。

 外側さえあらかじめ作っておけば、内側の作業も楽になるし、休む時にも安心できるだろう。


「よーし、頑張って掘るから見ててね、村長さん!」

「なんだフリ坊、ずいぶんと張り切っているじゃないか。だが、怪我しないようにな」

「レスカさんの言うとおりだ。頑張るのはいいけれど、みんなで体力を使いすぎて、いざというときに戦えなくならないようにね」


 荷駄車を丘の上に置いた後、早めの昼食を食べて作業が開始された。

 特に普段はあまり肉体作業を行わないフリッツがやけに元気満々で、片手に持った木製のスコップを意気揚々と掲げて見せている。


(よーし! 僕だって研究だけじゃないところをリーズさんや村長さんに見せるんだっ!)


 今回の探索メンバーに選ばれたことは、フリッツにとっては非常に光栄なことであったが、同時に活躍をアピールできなければ、もしかしたら次は選ばれないかもしれないという焦りもあった。

 無理をするなと言われても、やはり無理をしてしまうのが若者のいいところでもあり、悪いところでもある。


(さて、早速空回りしているな、フリッツ君。なんだか、まるでかつての僕を見ているようで微笑ましくああるんだけれど…………)


 レスカと組んで堀を掘り始めるフリッツに、アーシェラはかつてまだまだ経験に乏しかったころの自分の姿を見た。

 フリッツ自身は、あの頃のアーシェラよりもよっぽど強いのだが、彼自身どうしてもいつもは村の仕事で裏方に回りがちなせいで、自分自身が村のために働いているという実感に乏しいのだろう。

 アーシェラが今回の遠征で彼とレスカを連れてきたのも、フリッツに一種の「焦り」が見えたからに他ならない。


(フリッツ君……君だって、村になくてはならないかけがえのない存在だ。そのことに、今回の遠征で気が付いてくれるといいんだけれど)


 とはいえ、アーシェラもこれと言って妙案があるわけではない。

 行き当たりばったりはあまり好きではないが、時間はたっぷりあるので、しばらくは様子見ということにした。


「シェラーっ! 穴を掘る方向はこれであってるー?」

「うん、あってるよリーズ。そのまましばらく直進で、だいたい30歩分くらい」

「わかった! よーし、レスカさんとフリッツ君よりもたくさん掘っちゃおうねフィリルちゃんっ!」

「はいっ、向こうのチームにはあたしも負けませんよー!」

「リーズ相手に競争だと、流石にレスカさんたちが可哀想じゃないかな……」


「むっ、何やら向こうから聞き捨てならない言葉が聞こえてきたぞ。相手が勇者だからと言って、黙って先を越されるのは性に合わん。フリ坊、私たちも全力を尽くすぞっ!」

「う、うん! 頑張ろうね、レスカ姉さん!」

「はいそこ、さっき無理しないでって言ったでしょう」


 リーズとフィリル、レスカとフリッツの二手に分かれて、それぞれ別方向に掘り進めていく。

 そして、アーシェラは周囲の様子を確認しつつ、設計図を手にメンバーたちに指示を出していた。

 アーシェラだけ一番楽なポジションなうえに、勇者リーズに頭の上から指示を出すという、王国が聞いたら顔を真っ赤にしそうなことを平然とやっているが、ほかのメンバーからの不満は勿論なかった。

 そもそも、誰か一人は見張りについていないといざ襲撃があったときに気が付けないし、掘り進める方向は上から見る人がいないとわからないのである。


 堀の深さはまだ膝が少し入るくらいで、このまま丘を取り囲んでも野生動物が軽々入ってこれる深さと幅しかない。

 それでも、まずは先に形を作っておくことが重要であり、掘ったときに出た土はこの後色々な方法で固めて、堀の内側の盛り土に再利用しなくてはならない。

 結局夕方遅くまで作業は続いたが、堀の形がある程度決まっただけで、完成には至らなかった。作業は明日に持ち越しだ。


「やー、掘った掘った。やはりこれだけの少人数だと、出来ることが限られるな」

「流石にこれ以上の作業はもう暗いから危ないし、リーズももうお腹がすいちゃった」

「あたしもー、もうぺこぺこのペコちゃんですっ。それに、さっきからすっごくいい匂いがして…………」

「はぁっ……ふぅっ、が……がんばった」

「うんうん、みんなお仕事お疲れ様。いっぱい頑張ったご褒美に、食事もたくさん用意してあるよ」


 夕食は、あらかじめ家で作ってきたシチューを温め直して、少々味付けを変えたものと、イングリット姉妹が持たせてくれた大き目の川魚の塩漬けを、水でもどしてソテーにしたものがメインであった。

 若干塩分が多めだが、穴掘りという重労働の後だとこんな食事がいつも以上においしく感じるものだ。


「うん……うん! いつもよりたくさん汗をかいた後のご飯は格別っ! お腹に染みるねっ!」

「新鮮な食材が使えるのはあと数日だからね、今のうちにしっかり味わってほしいな」


 長期間の遠征でネックになるのは、何と言っても食糧だ。

 大きな荷車には以前よりも多めに食料を積んできたが、それでも野菜などの生の食材は、冬であることを加味しても数日で傷んでしまう。

 肉や魚などは塩漬けにしたものを使うことによってもう少し長く持つが、やはり数量は限られる。

 そうして最終的には、食べるものは携行食料のみとなってしまう。


「保存食もリーズ嫌いじゃないんだけど、やっぱり毎日シェラの料理が食べたいなっておもっちゃうよね」

「数日おきに村から食料を運んでこられればいいのだがな」

「流石に今の人数だとちょっと厳しいかな。何をするにしても、人が足りない、か…………おや?」


 食事がすんだあと、焚火を囲んで暫く雑談に興じていると――――フリッツがレスカの肩にもたれかかって、すやすやと寝息を立て始めたことに気が付いた。


「くすっ……今日は久しぶりにたくさん身体を動かしたから、疲れたんだろうね」

「ああ、今日のフリ坊は本当に張り切っていたからな。明日以降筋肉痛が来なければいいのだが…………まあ、偶にはこんなことも悪くない。というわけで、私とフリ坊は先にテントに戻る」

「じゃあ僕とリーズはこのまま暫く見張りだね。フィリルも後で交代するから、先に寝ておいてね」

「わかりましたー」


 こうして、野営一日目は無事に終わり、夜の見張りの二人を残してテントに潜った。

 長い長い野外生活は、まだ始まったばかりだ。

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