出発 Ⅱ

 騎士の月12日目――――

 村を訪ねてきたボイヤールは次の日の朝にはもう姿を消しており、面倒くさがりのように見える大魔道の忙しさを垣間見つつ、リーズたちもまた急いで遠征の準備を整えた。

 本当ならもう少し準備に時間をかける予定だったが、アーシェラがリーズと相談して「最悪の事態」に備えるため、ある程度万全な状態で妥協して出発することになった。


「長い間村を離れるのは久しぶりかも……足を引っ張らないように頑張らないと!」

「悪いな二人とも。私とフリ坊がいない間、村の守りを頼む」

「ヤッハッハ! 気にすることはないよ、むしろ今までレスカさんはずっと留守番だったわけだから、名いっぱい楽しんでくるといいんじゃないかな!」

「楽しむ……と言うには命がけのような気もするけど。フィリルも、前回無事だったからと言って油断しない様に、きちんとレスカの言うことを聞くのよ」

「わかってますってセンパイっ! あたしも大怪我しない程度に楽しんできますっ!」

「そんな風にニコニコしながら言われると、余計心配なのだけど」


 今回の遠征に同行するのは、普段は村で留守番を任されているレスカ姉弟と、見習いのフィリルの三人だった。

 本来であれば、長期間活動するにはブロス夫妻の力を借りるのが最善なのだろうが、偶にはレスカ姉弟に活躍の場を与えてあげないのは不公平であるし、何より今回の目的のためにはフリッツの役割が重要となる。

 そして毎度おなじみのフィリルは、経験を積ませるという意味でも留守番させる意味はないので、今回も危険な任務に駆り出されることになった。

 同じ新人村人のティムは、パン屋の見習いだけでなく、最近は大工の見習いまで始めたらしく、いよいよもって村の中での何でも屋が板につき始めており、わざわざ遠征に連れていく意味が薄くなりつつあった。

 今後もフィリルが外の、ティムが内の専門家になっていくのかもしれない。


「ミルカさんもミーナちゃんも、リーズたちがいない間も村のことをよろしくお願いねっ」

「ええ、リーズさんたちもお気をつけて。村の安全は、私たちとテルルが守りますから、心配はいりませんわ」


 レスカがそう言うと、背中にミーナを乗せた巨大羊のテルルは「ふんす」と鼻息で返事をした。

 元々無力な羊の一匹から、すっかり村有数の戦力に様変わりしたこの巨大羊がいれば、よっぽどの怪物か元一軍メンバー並の敵が来ない限りは村は安泰だろう。


「でも、リーズお姉ちゃんたちも無事に帰ってきてくださいね? 新しい荷駄車も結構重そうだけど……」

「大丈夫大丈夫っ! リーズにとってはこれくらいなんともないよっ! えっへへ、帰りもお土産満載にして帰ってくるから、楽しみにしててね!」

「私もこれくらいの重さなら問題ないが、いずれは荷運び用の牛かロバが欲しいところだな」


 そして今回の遠征における装備の目玉となるのが、新しく作られたやや大きめの二輪の荷駄車だった。

 今まで使っていた二輪車「ミネット号」は、リーズの冒険者時代から使われていた信頼と実績のある運搬車だったが、いかんせん古く運搬容量が小さいので、色々と荷物を載せるとすぐに満杯になってしまい、以前の湿地帯の探索では負荷がかかりすぎて、その後車輪のオーバーホールを含めた大規模な修理をせざるを得なかった。

 そこで、ミネット号よりさらに大量の荷物を運べる「ミネット二号」を作ったわけだが、一回り大きくなったことで車体の重量も増えてしまい、リーズやレスカでなければまともに曳くことができない代物になってしまった。

 村にもいろいろな用途に使う馬がブロス夫妻の家で飼われているが、飼い葉の確保が難しい遠征には連れていくことができないので、結局リーズとレスカが交代で運んでいくことになったのだ。

 かつて魔神王を倒した勇者が荷物運びをするというのも、中々とんでもない話であるが、少ない人数でやりくりせざる負えないこの状況では、そんなことを気にしている場合ではない。


 新しい荷駄車「ミネット二号」には、この先消費する予定の食料をはじめ、予備の武器や着替え、野営用のテントなどに加え、野営を快適にするための組み立て式簡易調理器具や何らかの工具などが満載になっている。

 もはや探索に行くというよりも、ちょっとした戦争に行くような装備であった。


「それじゃあみんな、行ってくるよ。くれぐれも火の取り扱いには気を付けるようにね」


 こうして、リーズとアーシェラを含む5人の村人たちは、村の入り口で見送ってくれる村人たちに大きく手を振りながら、川沿いに南の方角へと歩みを進めていった。



 年が明けたばかりの澄み切った冬空は、雲一つなく青々としているが、北の山から吹いてくる風は、革製の外套を着てもなお身を凍えさせるほど冷たい。

 それでも、川沿いの平地を歩くリーズたちはそんなことが気にならないほど意気揚々としていた。


「もしかしたら、リーズのお母さんたちに会えるかもしれない……お母さん、リーズのこと覚えてるかな?」

「あはは、流石に忘れてはいないと思うよ。でも、僕の予想が当たっていれば、ヴォイテクさんたちもあそこを目指しているかもしれない。当たっていなくても、今後の開拓のための大いなる進展が得られるはずだ」

「くっくっく、そうなると村長も大変だな。もし本当にリーズの母親がいたら、結婚のあいさつをしなければならんだろうからな」

「ま、まあね……平民に偏見がない人だといいんだけど」


 前にも述べた通り、今回の遠征の目的は村から海までの経路を確保することだが、同時にリーズの母親がこの地までやってくるかもしれないということで、事態が拗れる前にできれば受け入れを行いたいという思惑があった。


「でも村長さん、なんでリーズのお母さんたちがこっちに向かっているかもしれないってわかるの?」

「それ以外に選択肢が限られているから……かな。ボイヤールさんの話では、ヴォイテクさんの船に王国のスパイが乗っている可能性がある。そうなると、少なくとも大陸の山向こうの沿岸のどこかに一時的に接岸することができないはずだし、現にヴォイテクさんは一時的に別の場所に向かっているみたいだ。そう考えると、食料や飲料水の備蓄の問題で数か月も海の上でグルグルすることはできないから、誰もいなくてかつ陸路で王国に戻れない場所に停泊せざるを得ない。そして、その候補地の一つがこの川の下流にあるってわけさ」


 実は、この川の最下流――――川が海に流れ込む地域には、かつてカナケル王国時代に主要な港の一つが存在したと言われている。

 そのため、港湾施設の一部が現地に残っている可能性があり、瘴気の解呪さえできればヴォイテクが持っている大型の船が停泊が可能となる。

 食糧の確保は沖で釣りをして当座をしのぎ、飲料水も井戸水を解呪することで確保できるというわけだ。


「もっとも、ヴォイテクさんが別の拠点をあらかじめ用意しているというのなら話は別だけど……まあ、最悪の事態に備えるのは損じゃないからね」


 アーシェラにとってはあくまで希望的観測ではあったが、それでも彼はなんとなく自分の予感が当たりそうだと感じていた。

 「最悪の予感」が当たることを願うというのも、皮肉な話ではあるが――――

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