親 Ⅱ
夜の見張り台の上では、今日もアイリーンが携行ストーブの温もりを感じながら、村の中とその周囲を見守っている。
仕事中のアイリーンはいつも一人きり。それ自体はすっかり慣れっことなったが、今日の彼女はどこか寂しそうな表情をしていた。
そんな時、見張り台の梯子を上ってくる人物がいた。
「…………久しぶりだな、アイリーン」
「パパ……」
アイリーンは振り向かなくても誰が来たかが分かった。
彼女の父親――ボイヤールだ。
「とりあえず……アーシェラからシチューを分けてもらった。飲むか?」
「うん。けど~、私的にはあの時村長さんのおうちで一緒に食べたかったかな~」
「仕事の邪魔をするのもどうかと思ったのだが、まあその……済まない。その代わり、朝食は私が作ってやる。ありがたく思え」
「私が作るからいいよ~。パパの料理は得体のしれないものだからね~」
そう言ってボイヤールはバツが悪そうに、アイリーンの隣に腰かけた。
同じ銀髪に、同じようなローブを着た二人。
見た目だけなら姉弟にしか見えないが、秘術で老化を止めているボイヤールは、本来父親どころか祖父と孫くらいの歳の差がある。
公的な記録では、ボイヤールは独身で結婚履歴はないことになっている。
しかしながら、過去様々な活動をしているうちに、あちらこちらでその場限りの過ちを犯したこともしばしばあり、その結果としてとある町の娘の間に生まれたのがアイリーンだった。
経緯が経緯だけに、アイリーンとその母親に降りかかった苦難は半端なものではなく、結局母親は数年前に心労が祟ってこの世を去った。
生前の母親は、アイリーンをはじめとする周囲に父親のことを一切話さなかったため、母親の死の数日後にノコノコと顔を見せたボイヤールのことを、アイリーンは今でも複雑な思いを抱いていた。
「それで、パパは明日になったらまた帰っちゃうんでしょ~?」
「そうだよ」
「だったら、今更私の顔なんて見に来る必要ないのに~」
「そういうなって。確かに今までの私の所業からそう思われるのも無理はないが、だからといって遠慮するほど、私は謙虚ではないのでな」
「うちのパパは最低だね~」
そう言いつつも、アイリーンは怒っているわけではなさそうだった。
もはや怒りとか憎しみなどは、とっくの昔に通り越しているのだろう。
「…………」
「…………」
話題が続かない。
お互いに話したいこと、言ってやりたいことが山ほどあるというのに、どう切り出していいかがわからないようだ。
つい数年前に初めて顔を合わせたばかりなのに、こんなところまで似てしまうのは親子の悲しい定めだ。
「パパは……」
「ん?」
「パパは今も~、戦い続けてるんだよね?」
「まあな」
「戦いが終わったら、やっぱり結婚とかしちゃう?」
「しないだろうな。そんな思いがあったら、お前の存在をこうなるまで放置したりはしなかったはずだ。なんだかんだ言って、私は普通の人と同じように生きるのは無理だ。だが、この戦いが終われば、ひょっとしたら私も普通に生きられるかもしれないとも思ってしまう。そうなれば、恋人の一人くらいは欲しくなるのかもしれないな」
「ふ~ん」
二人は頑なに、お互いに顔を合わせようとはしなかった。
二人は並んで同じ方向……星がきらめく夜空に視線を合わせていた。
「あ、リーズさんと村長さん、お風呂入ってる♪」
「なにっ。どれ、私にも見せてくれ」
「お断りしま~す♪」
「ぬぅ、この大魔道の術をシャットアウトするか」
「えへへ~、残念でした~。パパも修行が足りないんじゃな~い?」
ここでアイリーンが「いつものように」村長夫妻の生活を鑑賞し始める。
ボイヤールは当然のようにアイリーンの視界を共有する術を試みるが、彼女の対抗術ではじき返されてしまった。
何気なくやっているが、ボイヤールの術をはねのけられる術者は、リーズを含めこの世に何人もいない。
毎日まるで息をするように術を使っているアイリーンは、得意分野だけなら世界の大魔道に打ち勝てるだけの力を持っているのだった。
「まったく……この村の住人は化け物ぞろいだ。お前も含めてな」
「化け物と言えば、パパも見た~? ミーナちゃんちのテルル君なんだけど~すっっごい可愛いのに、とっても強くて~」
「ああ、見たぞ。あの存在だけで本が十数冊は書けそうだ。瘴気を受けてなお正気を保っているというのは、今後の生物学の大きな転換点になるだろうな。そもそも瘴気の悪影響は――――」
「え~、でもそれなら古い言い伝えの古狼テルミナートルは~……」
こうして、いつの間にかボイヤールとアイリーンの親子は、いつの間にか魔術に関する話題で盛り上がり始めた。
なんだかんだで、お互い「術」について高度な話ができる相手に飢えていたのだろう。余程術に詳しい人にしかわからない話題で盛り上がりつつ、時折村長夫妻の寝室を出歯亀しながら、長い冬の夜を二人きりで過ごしたのだった。
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