手助
ボイヤールが乱入してきたことで半ばうやむやになった遠征会議は、結局アーシェラが明日までに何らかの結論を出すということでいったん手打ちとなった。
村人たちも、今のまま話し合っても平行線になってしまうことはわかっているので、むしろアーシェラとリーズが決めてくれた方が後腐れなくて済むのだろう。それに、今回選ばれなかったとしても、アーシェラなら別の機会に埋め合わせしてくれるだろうという期待も持てる。
「あぁ……うまい! 久々に食べると、有難みが身に染みるなぁ……! こんなものが毎日食べられるなんて、リーズが羨ましい!!」
「でしょ~? えっへへ~、余りにもおいしいから最近ちょっと体重が増えちゃって♪」
「リーズはもともと細いから、若いうちはたくさん食べるくらいでちょうどいいと思うよ。というか、お腹周りあんまり変わってない気がするけど、筋肉が増えてるんだろうか?」
この日の夕飯は、当然のようにボイヤールがお邪魔しており、久々にありつく「まともな食事に」に、冗談抜きに感極まっているようだ。
メインメニューは、しっかりと煮込んだ骨付きの鶏肉が入った特製シチューで、先日味付けに失敗した反省を生かした乳清を隠し味にした、濃厚ながらも口当たりのいい味に仕上がっている。
「前から気になっていたんですが、ボイヤールさんって基本的に一人で生活しているんですよね? 食事とかはどうしてるんですか?」
「食事? 食事は基本的に果物を齧るか、適当な栄養素をペーストにしたものを食べてる」
「えー……ボイヤールは貧乏じゃないんだから、お手伝いさんとか雇えばいいのに」
「あいにく私は秘密主義なんでな。私の研究室には、それこそ弟子どもすら絶対に入れさせない。もちろん、王国からは使用人の斡旋は来るのだが…………監視要員であることが見え見えだ」
大魔道ボイヤールは、その気になればリーズにも勝てる可能性があると言われる強大な実力者がゆえに、支配者層からは常に警戒のまなざしで見られてきた。
王国の一角には彼の住んでいる大きな館があるが、中に入ると何が起こるかわからないため、基本的に監視の兵が遠巻きに囲んでいるのである。
昔から大魔道は常に孤独だったのだ。
「だったら、ボイヤールも好きな人を見つければいいのに」
「そうだな…………それが理想なのかもしれないが、生憎私はこんな性格だ。仮にリーズにとってのアーシェラのような相手と一緒に暮らし始めたら…………恐らく、家事を一切顧みずに研究に没頭する……どころか、毎日三食要求したり、肩もみを求めたり、膝枕を要求したり……要介護になるくらい依存しきってしまうのは目に見えている。いくら強いと言っても、そんな甘ったれた男、嫌だろう? 私が女の立場だったら、三日と経たずに蹴りだすぞ。勿論、直せと言われてもお断りだ。我慢するくらいなら、私は死ぬまで独り身を貫いた方がマシというものだ」
「そこまで自分を卑下しなくても……」
正直、アーシェラからしてみればリーズが同じように家事を顧みず、甘えてばっかだとしても、喜んで受け入れるつもりだった。
世界に平和をもたらしたリーズには、それくらい甘える権利はあると思うし、家事などはそもそもアーシェラの大得意分野なので、負担は全く感じないだろう。
それ以上に……リーズはアーシェラのことを愛してくれるし、彼の仕事に心から感謝してくれるのが大きい。もしリーズが、どこかの貴族のようにアーシェラのことを雑に扱えば、流石のアーシェラも色々と考えたかもしれない。
「あはは……ボイヤールは戦いのとき以外は面倒くさがりで、必要なこと以外しなかったからね。もっとお友達とか作ればよかったのに」
「友達、か……こうしてアーシェラとも仲良くしているし、ロジオンやフリッツを一応弟子にもしている。一応、な。勿論リーズのことも、友人だと思っている。我ながら十分だと思っているが?」
「言われてみればそうかも? というか、今気が付いたけど、ボイヤールはいつの間にシェラやロジオンと仲良くなったの? リーズは全然気が付かなかったんだけど」
「利害が一致したからだな」
友人関係を「利害の一致」と臆面もなく言ってのけるボイヤールに、アーシェラは苦笑いするほかなかった。
だが、アーシェラ自身も今はそれでいいと思っている。
ボイヤールには命綱の一本を預けている状態であり、ボイヤールもまた同様だ。
ギリギリの陰謀を駆使していくためには、付け焼刃の絆よりも、利害関係の方がわかりやすいし安心できる。
アーシェラもまた、身内以外の交友関係に対する考えは意外とシビアなのである。
「正直なところ、今の王国は泥船だ。国そのものが傾きかけている。下手な沈み方をすれば、王国に研究室を持つ私も巻き添えを食らってしまう。今こうして私が、各地を行ったり来たりしているのも、研究に没頭できる環境を作りたいからに他ならない」
「そうなんだ。でも、どんな理由でも、リーズのお父さんやお母さんを守ってくれて、マリヤンのことも守ってくれるのは嬉しいの。こんな言葉でいいのかわからないけど……ありがとう、ボイヤール」
「例には及ばんよ。なんだかんだで、偶には頼られるのも悪くないとも思っているからな」
そう言ってボイヤールは、シチューをぐっと飲みほした。
リーズは、彼がなんとなく照れているのではないかと感じた。
「じゃあさ、せっかくだからボイヤールもリーズたちと探検にいかない? ボイヤールがいれば、大活躍間違いなしだと思うよっ!」
「久々の冒険か? ま、そうしたいのも山々だが、生憎今は王都に面倒ごとを大量においてきている。マリヤンからの呼び出しはまだないとはいえ、暫くはあまり遊んでいる余裕はないんだ」
「ボイヤールさん……改めて、お礼を言います。リーズたちのために……こんなに苦労してもらって」
「はっはっは、お礼としていつかこの村に本格的な研究所を立ててもらうことにしようか。それとも、シチューのお替りがいいかな」
「両方ともお安い御用ですよ。お皿貰いますね」
「シェラっ! リーズもお替りっ!」
「よしきた、リーズもお皿貸してね」
ボイヤールとリーズの皿を持って、軽い足取りで台所に向かうアーシェラ。
まるで、久々に来た友人をもてなして、たわいのない会話をしているような雰囲気だが――――今この部屋にいるのは、魔神王を倒した勇者と、それに並ぶ実力者と言われる大魔道。
この二人のどちらかがいれば、国一つを支配しかねない実力があるのだ。
(今まで生きてきて、歴史が動くのを何度かその目で見てきたが…………未来に語り継がれる運命の動きも、結局こんなところで変わっていくものなのかもしれないな)
世界を大きく変えようとしている、その中心人物は…………今ものんきに鍋からシチューをお皿によそっているのだった。
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