存外

「さて、お待ちかねの悪い知らせの方だが…………」


 全員がかたずをのんで耳を傾ける中、ボイヤールはさほど深刻そうに見えない態度でお茶を一杯のみ、ふぅと一息ついた。


「アーシェラ、お前だったらどんな知らせか見当がつくか?」

「見当がつく……ですか?」

「おいおい、そんなに勿体ぶることはないだろう。村長もわざわざ付き合う必要はないんだぞ」


 この期に及んでまだ語ろうとしない大魔道に、レスカが難色を示したものの、アーシェラはこれを自分への挑戦と受け取ったのか、少し思考を巡らし始めた。


(僕に投げかけてくるということは、逆に考えれば僕程度でもヒントもなしにわかる可能性があるということだ。ということは……)


 ボイヤールがわざわざ知らせてくるくらいには重要で、さりとてそこまで焦るような要件ではなく、かつアーシェラでも容易に想像できる内容となると、おのずと候補は絞られてくる。


「もしかして……王国内でなにか変な動きでもあったんですか? それとも、リーズの家族が何か面倒なことに巻き込まれているとか?」

「ほう……まさか本当に当てるとはな。ぶっちゃけ言うと両方だな」

「そんなっ!? お父さんとお母さんの身に何かあったの!?」

「ストレイシア男爵は今のところ無事だ。グラントが全力で庇っているからな。だが、リーズのご母堂や姉上がに狙われていてな」

「え? 第三王子様が? なんで?」

「第三王子……?」


 遅かれ早かれ、リーズの家族はリーズが帰ってこないことでいろいろと不利益を被る可能性があることはアーシェラも事前に勘案していたし、いざとなったら守ってもらうことをボイヤールやグラントが請け負ってくれていた。

 しかし、狙ってくるとしたら第二王子かそれに連なるものだろうと思っていたリーズとアーシェラは、突然出てきた「第三王子」なる存在に首を傾げた。


「リーズ……その、第三王子様ってどういう人なんだろうか? 僕は王国の王子が三人いることは知っていたけど、名前までは知らないんだ」

「うーんとね、実はリーズもあまりあったことがなくて、なんとなく顔と名前は覚えてるけど、すごく大人しい人だったはず」


 王国民から半ばタブー扱いされている第一王子と、最近何かと悪目立ちする第二王子にくらべて、第三王子はこれといった印象に欠け、アーシェラのような王国民ではない人にとって非常になじみが薄い人物であった。

 そしてリーズ自身も、何度か第三王子と顔を合わせたことはあったが、あいさつ程度しかしてなかったのでどんな人物かよく覚えていない。


「話は少し逸れるが、最近王国では第二王子の増長が不自然なほど激しくなってな。もうすでに自分が国王になった気でいるばかりか、王国外の中小諸国を征服することをほのめかしている」

「そんな無茶な…………僕の試算では、王国の軍需物資は底をつきかけているはずだ。なにしろ、魔神王討伐でリーズたちが得たものを、僕が念のため別の場所に保管しておいた分を除いて全部根こそぎ持って行ったくらい。そして、僕を含めた論功行賞外のメンバーに何の褒美もなかったのも、そこまでケチらないといけないという事情もあったからだったはず。そんな状態で軍隊を動かせば、半月もしないうちに物資不足になってしまう」

「お前……なんで王国にいる奴より王国の台所事情に詳しいんだよ。ともあれ、舞い上がった第二王子の前にはそんな理屈なんてあって無きに等しい。だが、問題はそこじゃないということはお前自身もなんとなくわかるはずだ」

「つまり…………第二王子を陰で煽っている存在がいる、という訳ですわね」


 そう言って話に加わってきたのはミルカだった。

 いつものように優雅な笑みを浮かべつつも、どことなく「原因に心当たりがある」とでも言いたげな雰囲気だ。


「ちょっとでもまともなおつむがあれば、今の状態で軍を動員することが王国にとって自殺行為だとわかるはずですわ。にもかかわらず、王国内でその動きを加速させるために第二王子をあおるということは、すなわち王国内に王国の滅亡を目論む動きがある…………そして、その動きの元締めがどうも第三王子とその周囲、ということでよろしいでしょうか」

「うぅ、シェラもミルカさんも……なんでそんなことまでわかるの? リーズは何が何だかサッパリなんだけど……」

「うふふ、なぜわかるかと言えば、状況証拠…………というのもありますが、私も村長さんも旧カナケル王国出身ですから。今王国で起こっているのは、まさに旧カナケル王国が破滅に向かっていったパターンと同じなのですわ」


 ミルカの言う通り、旧カナケル王国が社会不安によって魔神王の復活を後押しするほどに崩壊してしまったのは、魔神王を復活させようとした邪神教団が内部から王国の崩壊を助長したからというものがある。

 そして今まさに王国でそれと似たようなことが起こっているとなれば、第三王子とその背後にいる組織の正体がうっすらと浮かび上がってくる。


「では、リーズの家族は……それに、王国に潜入すると言っていたマリヤンとアンチェルは…………」

「リーズのご母堂は、マリヤンが機転を利かせて年が明ける前に王都から脱出させた。その代わりマリヤンが第三王子派閥に完全に睨まれて身動きが取れないでいるが…………向こうも何か感づいてるのか、今のところ手出しをする気配はないようだ」

「お母さんとウディノ姉さん、無事なんだ……よかった! マリヤンもいつか助けてあげなきゃ……」

「彼女の方は折を見て私が救出する。あいつ一人だけなら余裕だが、タイミングというものがあるからな。それよりむしろ厄介なのはリーズの家族の方だ。当初の予定ではもう後一か月後に、折を見て陸路からカムフラージュしつつ逃がす計画を立てていたが、それらの予定をすべて投げ捨てて港から船で脱出した。その上、どうもご母堂の周囲に内通者がいるらしく、うかつに陸に接舷できないらしい」

「それは……困りましたね」


 王国で軟禁状態にあるマリヤンは、その気になればいつでも逃げだすことができるが、問題は何の計画性もなく海路に脱出してしまったリーズの家族の行方だ。

 今彼らがどこを目指していて、今後どういう進路を取るのかが味方であるボイヤールすら把握不能になってしまったのだ。


(先手を打って……と行きたいところだけど、南部にいる仲間たちも今は手いっぱいだし、とても受け入れの余裕がない。ならばいっそのこと、賭けに出るしかないか)


 ボイヤールの話を聞いたアーシェラは、頭の中にある盤面上に新たに表れた第三勢力の存在によって既存の計画はすべて無意味になったことを悟った。

 朽ちてどこに倒れるかわからない大木を、せめて最も被害の少ない形で切り倒し、新たな若い芽を出させる予定が、見えない何者かが想定外の方向に、それも被害を拡大する形で切り倒そうとしているわけだ。


 しかし、アーシェラはこういう時に応急処置などの守りの姿勢に入ると負けは確実になることを知っている。

 であれば、突如現れた第三勢力の動きも含めて、今後の動きを予測していく必要があるだろう。そして、そのための第一歩は幸いにしてアーシェラとリーズで踏み出すことが出来そうだった。


「リーズのお母さんたちを救おう。僕たちが動けば、リーズのお母さんたちとすぐに会えるかもしれない」

「シェラ……っ! 本当に、できるんだよねっ! ううん、リーズたちはやらなくちゃいけないんだよねっ!」


 アーシェラ自身、完全な確証を持つことができないが、その言葉はとても力強かった。

 リーズも、彼の言葉を強く信じた。


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