―騎士の月10日― 海に続く道

会議 Ⅱ

「今回こそは、私とフリ坊に役目を譲ってくれ。今の仕事が不満という訳ではないが、私たちだってたまには外に行きたい」

「ね、村長さん、リーズさん! 僕だって自慢の道具で役に立って見せるから、お願いしますっ!」

「いいえ、今回は事情が事情だから、私たちとフィリルが最適解なはずよ。ま、フリッツ君だけ連れて行くのは吝かじゃないけど」

「ヤアァ村長! 前回の探索では魔獣を解体しきれなかったらしいじゃないか、私たちがいればそんな心配は無用だとも! ヤーッハッハッハ!」

「はいはいはいっ! あたしはっ! 立派なレンジャーになるという使命がありますので、こーゆー時に経験を積まなくてはいけないと思うんですっ!」

「事情というのなら、私とミーナの方がスムーズですわ。効率を考えれば、テルルを使わない手はないと思いますが」

「そうですっ! テルルを連れていけるのは私だけですから、きっとお役立ちですっ」


 騎士の月10日目――――

 この日の午後、村長宅に複数人の村人たちが集まって話し合いをしていたのだが、今回は珍しく議論が紛糾していた。

 というのも、アーシェラは年明け早々、南西の湿地帯と村の西側を流れる川の下流域の再探索を計画しているのだが、探索に行くメンバーを誰にするかで、主要な村人たちが我こそはと各々立候補して一歩も引かないのである。


「み、みんな一回落ち着こう、ねっ? リーズたちもきちんと考えるからっ!」

「難しいところだね…………みんなの意見それぞれに一理ある」


 探索メンバーを選出するリーズとアーシェラも、誰を連れていくべきか非常に悩んでいた。

 アーシェラの言う通り、レスカも、ユリシーヌも、ミルカも、それぞれ技能的なメリットがあり、いつものように即断即決という訳にはいかなかった。


「今回の探索は前と同じ……いや、それ以上に長期間を予定している。当然、僕たち二人を含めて探索に行く人たちはその間村の仕事ができない。うーん、どうしようかな?」


 前回の長期探索は事前に予定されていたものではなく、あくまで行方不明の羊を捜索するための物だった。(そしてその羊はとんでもない姿になって戻ってきたが……)

 しかし今回は、村の将来の発展につながる第一歩として、天然資源の開拓と海までの道をつなぐという今までにない重大な任務であり、そのためにはメンバーも徹底して選び抜かなければならない。


 その中でも真っ先に立候補してきたのがレスカ姉弟だった。

 姉のレスカは昨年の間はずっと村で昼間の警備の仕事と訓練ばかりやっており、弟のフリッツもひたすら術道具の作成と術の勉強に没頭していた。

 そのため、常に村の外に出ているブロス一家やイングリット姉妹ばかりではなく、偶には自分たちも村の外の探索に従事したいという思いが強かった。

 特にレスカは腕っぷしならリーズに次ぐ強さを持っており、かつての勇者パーティーにいたメンバーに勝るとも劣らない戦力となるだろう。そしてフリッツも、現地で術道具を作れるというメリットがあり、将来的な活躍のためにも、もっと実戦経験が欲しいと願っているのである。


 だが、前にもまして長期探索となれば、ブロス夫妻のようなベテランレンジャーの重要性はかなり高くなってくる。

 ブロス夫妻は長距離の移動や、足場の悪い場所の踏破を得意としており、厳しい気候に耐える訓練も積んでいる。さらには以前のように、貴重な魔獣の解体で四苦八苦することもなくなるだろう。

 普通に考えればブロス夫妻と、それに加えてフィリルというメンバーが鉄板だと思われるが、逆に彼らは今まで村の外を探索する機会が圧倒的に多かったので、ほかのメンバーと比べて機会均等の面で不公平なのは否めない。


 イングリット姉妹は、前回の探索で培った経験と、ブロス夫妻にも引けを取らない探索能力があり、なにより巨大羊テルルを動員できるという強みがある。

 湿地の瘴気で突然変異して巨大化したテルルは、その巨体を生かした戦闘力は言わずもがな、荷物を厳選すれば背中に複数の人間を乗せて動き回ることも可能であり、広範囲を探索する上でその機動力の恩恵は計り知れない。

 また、ミルカがいると瘴気に汚染された土地の解呪が非常にスムーズになるという利点もあり、より広範囲で活動するのであればこの姉妹の力はぜひ欲しいところだ。


(いっそ全員連れていけたらなぁ…………でもそれだと、留守のメンバーの負担がとんでもないことになるし、いっそのこと僕とリーズが留守番というのも…………)


 戦力という面で忘れてはいけないのがリーズとアーシェラの夫婦の存在だ。

 言ってしまえば、必ずしもリーズとアーシェラが出張らなければいけないということはないので、探索行きを希望するメンバー全員を探索に出す代わりに、二人が村に残るという選択肢もあり得る。

 ただし、リーズが抜ければ前回の探索に出てきたような強力な魔獣が出てきた際、探索メンバーで対処できる保証がなくなってしまう。

 そして、アーシェラがいないとほとんど指揮官不在のまま探索を行うことになり、士気の面で多大な影響が出てしまう。

 いずれにせよ、村長夫妻がいないとデメリットが大きいので、二人を外すという選択肢はあまり考えられなかった。


「ねぇ、いっそのこと僕とリーズが留守番して、ほかのみんなで行ってくるっているのは?」

「えぇっ!? でもシェラ、それだと…………」

「ヤァヤァ村長、それはいくら何でもダメだって!」

「その通りだ村長、あなたとリーズさんがいないと、今回の探索は厳しいからな……」


 念のためアーシェラは、自分たちが留守番したらどうかと提案してみたが、リーズを含む全員に全力で止められた。

 出席している村人の誰もが、リーズとアーシェラがいないことには始まらないとわかっているようだ。


「どうやら、すぐに結論を出すのは難しそうだね。話し合いも白熱してきたし、いったんお茶でも飲んで落ち着こうか」


 このままだとお互いに譲らないまま話し合いが平行線で終わりそうなので、アーシェラは気分が落ち着くお茶を淹れて、じっくりと腰を据えることにした。

 誰を連れて行くにせよ、全員が納得するように説得しなければならない。


 あらかじめ沸かしてあったお湯を取りに行くために、アーシェラが台所に赴こうとした、その時…………ノックもなしに玄関から何者かが入ってきた。


「お茶を淹れるんだって? 私の分も用意しておくれよ」


「あぁうん………ん!?」

「あ、あれっ!? ボイヤールっ!?」


 突然この場に現れたのは、ぼさぼさの銀髪にダボダボの黒いローブを着た、大魔道ボイヤールだった。

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