投げ込まれた火種

 ロジオンたちがサマンサの実家で赤ん坊を可愛がっている頃――――

 元二軍メンバーのうち中部諸国に仕官している者たちが、中心都市に位置するアロンシャムの町に集まっていた。

 この中でリーダー格を務めるのが、領主になるまで出世したプロドロモウと、シプリアノ、ジェセニーの三名で、それに加えてロジオンが音頭を取って行動している。

 今はあいにくロジオンが不在のため、彼らはサマンサの無事な出産を祈りつつ「王国に対抗しうる規模の国家の創設」という大事業に邁進している。


「日数的に考えて、そろそろロジオンとサマンサの子供も生まれる頃だろうか」

「男の子になるかな……それとも女の子か? どうだ、賭けてみないか?」

「いいわね、のったわ。……と、言いたいところだけれど、今は忙しくてそれどころじゃないわね」


 3人がいるのはアロンシャムの中心部にある政庁の一角で、彼らの周りには大勢の文官たちが机を囲み、大量の書類の山と格闘していた。

 彼らは、文官たちがあげてきた書類に目を通し、次の指示を下すことが仕事になるのだが、やることの多さに比して人員があまりにも少ないので、必然的に彼らの負担はうなぎのぼりだった。


 とはいえ、もともとの予定ならここまで彼らが忙しくなることはなかった。

 だが、先日……王都アディノポリスにいるアンチェルから、王国が軍事行動を起こす予兆があることを知らされたことで、中部諸国同盟も最悪の場合に備える必要が出てきたのだった。

 各地にある物資をあつめ、運び出す算段を整え、いざ戦力を集中する際のあれやこれやは、物事が起きてから行ったのではあまりにも遅すぎる。


 また、このような時にロジオンがこの場にいないのも痛手であった。

 ロジオンとサマンサ、それにマリヤンもいれば、少なくとも人や物資の移動は彼らに殆ど任せられた。

 それを、つい数年前まではほとんどやったことがなかったメンバーが行うのだから、大変というほかない。


「マリヤンちゃんも無事かしらね。あの子からの連絡もこのところ途絶えているようだけれど……」


 そう言って頬杖を突くのは、お姉さんのような口調で喋る、おかっぱの、ゼセニー。

 男性にしては珍しく、濃いアイシャドウと口紅を付けた見た目色物な人物だが、こんな見た目でも槍術の達人であり、あのエノーにも少しだけ槍の技術を教えたことがあった。

 見た目イロモノなせいで初対面の人からは一歩引いて見られがちだが、非常に仲間思いの人物であり、領主がいなくなった土地の新たな主を任せられる人望も持ち合わせている。


「それは俺も気になるが、マリヤン自身が「あたしの身に何かあっても、助は絶対に不要ですから」って言っていたもんな。捕まっていたら助けに行きたいのは山々だが…………」


 もう一人マリヤンの安否を気にするのは、元傭兵隊長出身のがっしりした体格の男性、シプリアノ。

 勇者パーティーにいた頃は、一度傭兵団を解散させていたのだが、今はかつての部下たちととも荒廃した領地の復興に力を注いでいる。


 王都にいるアンチェルからは、マリヤン自身は無事なものの、王国の黒幕と目される組織に目を着けられたようで、元一軍メンバーのアイネにほぼ丸一日中監視されているのだとか。

 リーズの家族を逃がすという大役を果たしたはいいが、彼女自身が代わりに人質になっている状況であり、いつ彼女に危害が及ぶか、仲間たちは危機感を募らせている。

 それでもマリヤンは、仮に自分が危機に陥ったときのことを考え、仲間たちが連鎖的に危機に陥らないよう強く伝えていたので、二軍メンバーたちは助けに行きたくともできない、歯がゆい状況に置かれてしまっているのである。


「俺だって……気持ちはよくわかる。そして、今動いても無駄にしかならないこともわかっている。為政者たる者、時には何かを切り捨てる覚悟が必要と言われるが、実際その立場に置かれるとやるせないな。まあ、彼女も奥の手があると言っていたし、信じて待つほかあるまい」


 そしてプロドロモウが書き終えた書類を分厚い束にして、底を机の上でトントンと整えると、手の空いている職員にその束を手渡した。

 この束が終わったとしても、同じ分量のセットが机の上に山を形成している…………一向に減る気配のない書類地獄に、プロドロモウは思わず頭が痛くなりそうになるが、マリヤンをはじめ命や体を張っている仲間たちもいるのだから、弱音を吐いているわけにはいかない。



 そんな時、彼らの元に一人の女性がやや駆け足で入室してきた。


「ねぇ、三人ともちょっといい? 私じゃどうしたらいいかわからないことがあるの」

「どうしたシャティア……随分と慌てて。王国に何か動きでもあったか?」

「似たようなもの、かな?」


 シャティアと呼ばれた黒髪の少女は、急いでいたのかやや息を乱しながら席に着くと、肩にかけているカバンから水筒を取り出し、中に入っている酒を一杯だけ飲んだ。

 彼女もまた元二軍メンバーの一人であり、若いながらも腕が立つ冒険者としてその名が知られている人物でもある。


「んぐ……ぷはぁ、実はさ……王国との国境にある街に、王国の貴族が亡命してきたんだよね。なんでも、王国の領主の一部が王国に反旗を翻すらしくって、戦えない家族がこっちに避難してきたんだってさ」

「おいおい……勘弁してくれよ。こんな時に……とんでもない面倒ごとだぞ」

「面倒ごとなんてものじゃないわね。下手をすれば、王国が私たちのところに戦争を仕掛ける格好の口実にすらなるわ。けど、情勢的にも今は追い返すことができないし…………」

「ってかあの国からの亡命なんて前代未聞だぞ。こっちから王国に逃げ込むことはあっても、向こうの貴族がこっち側に逃げてくるなんて、正気の沙汰とは思えん」


 シャティアの知らせによれば、王国に領地を持つ一部の中小貴族の家族たちが、家財道具を抱えて王国外の国々に亡命してきているようだ。

 事前通告なしの亡命など、受け入れる側からすれば迷惑以外の何物でもなく、とっとと追い返してしまいたいところだ。


 しかし問題なのが、中部の中小諸国同盟は近いうちに「王国に対抗する」という旗印の下で団結することになっているため、今ここで亡命者たちを追い払ってしまうと、その前提条件が崩れてしまい、大義名分を失いかねないのである。

 まさに「最悪のタイミング」としか言いようがない。


「どうする…………いっそのこと南方諸国に流すか?」

「そんなことしたら向こうが大迷惑でしょうね。絶対に将来の禍根になるわ」

「かといってこちらの受け入れも難しい。タイミング的に、恐らく何らかの企みの一部である可能性が高いし、そうなると亡命者の中に密偵スパイが混じっている可能性もあるぞ」

「緊急会議だ。手が離せない奴以外を、会合場所に集めろ」


 ロジオンが不在で、リーズとアーシェラもすぐには駆けつけてこれないこの状態で、元二軍メンバーたちは重大な問題を突き付けられた。

 彼らは一度集まって、王国からの亡命者という名の見えている地雷について対応を話し合ったが、残念ながら決定的な対応策は出てこなかった。

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