次世代への課題
ロジオンとサマンサの子供が生まれた翌日、4人が改めてサマンサの実家を訪れると、そこには昨日までくたびれ果てていたのがウソのように、てかてかと輝く笑顔を見せるロジオンがいた。
「いやー昨日は悪かったな、シェマ! おかげで数日ぶりにぐっすり眠れたし、飯もうまくていうことなし! サマンサも元気で何も言うことなし!」
「あっはっはー、君も元気モリモリに回復したねー」
「あれだけガラガラに枯れた喉も、パンパンに腫れた瞼も元通りか…………若いと治るのも早いのかねぇ」
ロジオンのタフさに4人は若干呆れたものの、そのタフネスがあるからこそ、短期間に巨大な店を構える大商人になったのだろうと思うと、そのたくましさがうらやましくも思えた。
彼はさっそく仲間たちと師匠をノリノリで家に上げると、すでにベッドから起き上がって椅子に腰かけているサマンサに会わせたのだった。
「やっほーみんな! わざわざ遠くまで会いに来てくれてありがとねっ! 見て見て~、私の赤ちゃん…………じゃなかった、私とロジオンの赤ちゃんだよ~っ! ほーらオリヴィエ~、ママのお友達にご挨拶しまちょうね~♪」
「あいー! あうー!」
「え……サマンサ、もう起きていいの? 無理してない?」
「やーねー、無理なんかしてないわよ♪ なんなら、今すぐお散歩に行きたい気分だしー」
母子ともに健康とは聞いていたが、すでにベッドから起き上がれるまで回復しているサマンサもまたとてつもないタフガイであった。
改めてこの夫婦は、お互いにたくましいなと彼らは思った。
基本的にこの世界の人間は、それこそ巨大な獣や魔人王といった、普通に考えれば明らかに人間がどうにかできるものではない存在も、場合によっては生身でどうにかしてしまうほど強い。
出産による後遺症や病死も全くないわけではないが、たいていの女性は出産して10日もすれば仕事に戻ってしまうのだ。
また、術による体力回復や病気の治療ができるのも、出産による危険を低下させる要因になっているのだが…………それを前提としたとしても、サマンサの回復の速度は尋常ではなかった。
(サマンサでこれなのだから、仮にリーズが出産することになったら…………)
ボイヤールは、サマンサとは比べ物にならないほど頑強な肉体を持つ勇者のことを思い浮かべたが、予想してもどうにもならなそうだったので、すぐに思考を現実に引き戻した。
「そうか……元気すぎるのもアレな気がするが、何事もなく良かった。して、この子が……オリヴィエと言ったか? 女の子なのか…………うむ、うむうむ、うむうむうむうむ」
「なにが「うむうむ」なんだよー、素直に可愛いって言えばいいのにー」
「おーおー、鳴き声も父さん母さんに似て、元気でよろしい!」
オリヴィエと名付けられた赤ん坊は、周囲の様子に興奮しきっており、わーわーきゃっきゃと絶え間なく叫び続けている。
ここにいるメンバーはすべて未婚なので、初めて見る赤ん坊の様子に興味が尽きることがなかった。
しかし、オリヴィエはあまりにも興奮したせいか――――
「あ……なんか、あったかくなってきた。ちょっとおしめ替えてくるわ」
「お、おう」
サマンサは、腕に抱いた赤ん坊のお尻のあたりから、じわりと生ぬるい熱の広がりを感じた。
彼女はおしめを替えるため、近くにいた彼女の母親とともにそそくさと寝室に戻って行ってしまった。
「ふっ、お前もサマンサも、これからが本当の正念場だな」
「まったくです師匠……俺も今朝おしめ替えやってみましたが、大変で大変で…………。時間かけてようやく替え終わったら、その瞬間に布にじわっと染みが……」
「あはは、君もこれからお父さん初心者だもんねー。いつか先輩として僕たちに教えられるように、今のうちにたくさん苦労しておいてねー」
「いわれなくてもそのつもりだ……………と、こうして師匠たちが揃っているということは、話はそれだけじゃないんだろう?」
「……切り出しにくい雰囲気だから、タイミングをうかがっていたのだが…………いかにも、重要な要件がいくつもある」
「やっぱりですか……。いつも空気を読まない師匠が妙におとなしいかったものですから」
「お前も言うようになったな」
祝ってばかりではいられないことは、ロジオン本人も薄々感づいていたのだろう。
自分の子供の誕生で大はしゃぎしていた直後、すぐに仕事――それも裏の方の仕事のモードに切り替えた。
ロジオン個人としては、自分の子供の誕生の喜びと大変さを一ヶ月くらい仕事を忘れて味わいたいところだろうが、その一方で「父親」として家族を背負っていく責務もあるわけで…………これから先はその両立のバランスが難しくなっていくだろう。
ロジオンは、念のため親戚にも店の従業員にも漏らさないために、サマンサの実家からやや離れた場所にある空き家を借りて、そこで話をすることにした。
「まず端的に言うと、リーズのご母堂とその家族が予定を大幅に前倒しして王都を脱した。しかも、陸路ではなく海から船乗りになった奴が運んでいる」
「マジですか…………思い切った手段を取りましたな。それほど王都の情勢は逼迫していると」
「どうも、グラントの派閥と別口で、王国を崩壊に導こうとしている連中がいるらしい。しかも、その連中の黒幕が寄りにもよって王族である可能性が出てきた、といったところか」
「何と言いますか、そこまで情勢が悪化すると、万が一リーズが王国に戻ってもどうにもならないのでは?」
「ああ、もうとっくの前からどうにもならんなあれは。私ももう馬鹿馬鹿しくなって、屋敷から引っ越す準備を進めている」
「それじゃあ、王都にいるマリヤンは無事なんですか? アンチェルは?」
「マリヤンはいろいろあって監視されている。半ば軟禁状態だ。リーズのご母堂の代わりの人質になったような形だな。アンチェルはまったく目をつけられていないが、安全とは言い切れない。そもそも現状の王都や、王国領全体の状況がよくない。どこかで反乱がおきてもおかしくない空気だ」
せっかくリーズが魔人王を倒したというのに、まだどこかに平和な世界を壊そうとする人間がいる事実に、ロジオンをはじめとする二軍メンバーは落胆するばかりだった。
魔人王が復活してしまったのも、旧カナケル王国の社会不安が原因だったというのに、まるでそのことを忘れたかのように人々は過ちを繰り返そうとしているのだ。
「あーあ……オリヴィエには、魔人王の存在なんて微塵も感じない穏やかな世界で育ってほしいと思ったのになぁ」
「まあまあ、今はそう気負わないで、俺たちに任せてよー。なんたってオリヴィエちゃんは、次世代の希望そのものなんだからー」
シェマの言葉に、ロジオンはきれいに整えたあごひげを撫でながら深く頷いた。
「わかった。今は……サマンサともども、お言葉に甘えさせてもらおう。
今月末には俺もロジオン商店に戻るつもりで入るが、連絡は遠慮なく入れてくれ。
なんだかんだ言って、知ったときにはもう遅いってなるのが一番嫌いだからな」
その後も彼らの間で、長時間情報交換と意見の確認が続いた。
時折赤ん坊の様子も見つつ、サマンサも手の空いた時間に巻き込みながら、この先のことについて話し合った。
これからの未来を担う子供たちに、辛い思いをさせないためにも――――
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