背中

 初日の出を見るために朝早くから集まった開拓村の人々は、結局そのあとも一部を除いて仕事に戻ることなく、新年を祝うという名目で食べて歌って踊ってと大盛り上がりだった。

 去年の年明けは、生活のために働き詰めだったことがよっぽど堪えたのだろう。

 まるで去年の分を取り戻すかのように、アーシェラ以外の男の大人は酒を飲み、

女性たちは尽きることのない話に話を咲かせていた。


 この村に来たばかりのマリーシアは、この一見怠惰な様子にやや呆れていたが、文句を言うことはなかった。

 日々の生活で触れ合う中で、村人たちが心から堕落しているわけではないと理解し、毎日それ相応の苦労を重ねていることを知ったからだろう。


 そんな中、村長のアーシェラは、リーズをはじめほかの村人たちが楽しんでいる間も、彼らのためにおいしい料理を作ったり、酔っ払いたちの相手を務めたり、片づけたりと、せわしなく働いていた。

 やはり、勇者パーティー時代に雑用のほとんどを一手に引き受けていた性なのだろうか……アーシェラは特に不満に思うこともなく、むしろ「自分だって楽しんでる」とすら無意識に思っているほどだった。



「……シェラ。やっぱりリーズ、いいお母さんになれないかもしれない」

「いきなりどうしたのリーズ。誰かに何か言われたの?」

「ううん、そうじゃなくて、シェラってばリーズやみんなが楽しんでる間も、

全員のお料理を用意してくれたり、片付けまでしてたよね……。リーズも一緒に手伝って上げられれば……」

「ああそっか……結局僕一人で全部やっちゃったのか。リーズにも声をかけた方がよかったかも」


 夕方になって――――夕食を作るためにかまどの前に立ち、鍋の様子を見ているアーシェラの背中に、リーズがポフンと抱き着き、いつもよりやや力なく顔を寄せた。

 どうもリーズは、気が付かないうちに食事の準備や片付けなどをアーシェラに全部任せてしまい、自分はミーナをはじめ子供たちと遊んでばかりだったことで、自己嫌悪に苛まれているようだった。

 とはいえ、申し訳なさそうにしながらも、結局アーシェラに甘えた格好になっているのもまたリーズらしい。


「シェラを見てると、ちょっと自信がないっていうか……」

「……いや、そんなことないよ。僕はほら、ある意味自分で勝手にやってるだけだし、リーズだってやってできないわけじゃないからね。それに、いいお母さんなんて、実際に子供の目線に立ってみないと分からないともいうし、そう難しく考える必要はないんじゃないかな」


 一瞬アーシェラは「自分ができすぎちゃってごめん」みたいなことを考えそうになったが、いくら何でも傲慢すぎるので口に出す前にひっこめた。

 なんだかんだで、アーシェラはこういった裏方の仕事に関しての腕には、並々ならぬ自負があるし、そもそも家事の腕で比較するなら、アーシェラと比べるのはリーズでなくても酷というものだ。


(母親というのは「在り方」なんだろうか……? 子供から見て女性の親、じゃダメなのかな?)


 逆にアーシェラとしては、自分が周囲に「母親」と呼ばれる方が違和感を覚えていた。

 アーシェラは家事が上手く、気配りもできるが、それができなければ母親を名乗ってはいけないのだろうか……と。

 そして、そういう観点からみると、アーシェラは「父親」としてリーズに劣っている面が非常に多い。


(……というか、リーズの考える理想の母親像が僕になってるなら、リーズの本当の母親の立場って?)


 甘えてくるリーズの頭をなでながら、アーシェラはふと今までリーズの両親についてあまり聞いなかったことを思い出した。

 といっても、彼自身全く知らないというわけではい。リーズの父親は「ストレイシア男爵」という人物で、低い身分ながらも数々の戦いに赴いて功績を上げ、今の地位を獲得した剛の者だと聞いている。

 一方で母親の話はほとんど聞いたことがないが、特に悪いうわさもないので、ごく普通の貴族の婦人なのだろうと、アーシェラは勝手に想像していた。


「ねぇ、リーズ。ちょっと気になることがあるんだけど、聞いてもいいかな?」

「リーズに聞きたいこと?」

「うん……リーズのお母様について、今までほとんど話を聞いたことがないなって思って。リーズは朝、僕のことを「お母さん」って間違って呼んだけど、僕とリーズのお母様は……似てるの?」

「えっ!?」


 リーズは自分の母親のことを聞かれたとたん、不意打ちを受けたかのようにビクンと体を固くした。


「今までなんとなく、リーズは家族のことに触れてほしくないように思えてたから、僕も意図的に話題から避けてたんだけど…………やっぱり嫌かな」

「う~ん……嫌、っていうわけじゃない…………ううん、やっぱり嫌だったのかも。あ、でもっ! 別にリーズはお父さんやお母さんからいじめられたとかはないから、安心していいよっ!」


 かつて冒険者だったころの初期パーティーの5人の中で、最も家族の話題を出していたのはエノーとロジオンの二人だったが、それはその二人が家庭的に何ら問題がなかったからである。

 アーシェラは、10代でありながら両親を失うという、パーティーの中でも最も悲惨な家庭状況ではあったが、パーティー結成当初にそのことを自ら話しているので、メンバーの誰もが知っていた。


 その一方で、リーズとツィーテンの女性二人は、あまり家族のことを話題にはしなかった。

 どんな家族がいるということは語っていたが、両親と兄弟誰もが健在だということ以外はめったに話さなかった。


 ツィーテンが家族のことを話さなかったのは、彼女は報酬の大半を仕送りに充てていたほど家族が困窮していたのだが、そのことをメンバーに話すとかえって同情されそうなのが嫌だったようだ。

 もし彼女が現役時代にそのことを話せば、おそらく金に無頓着なリーズやお人よしのアーシェラあたりが、自分の報酬を彼女に分け与えようとしていただろう。

 ツィーテンはあくまで分け前は公平性を重視した。そういった理由があって、ツィーテンは家族の窮乏について語らず、彼女が戦死して初めて、アーシェラがそのことを知ったほどだった。


 では、リーズが家族のことについて語りたがらないのには、どんな理由があるのだろうか。

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