日出

 ほんの少しの間ぼーっとしていたリーズは、アーシェラをなぜか「おかあさん」と呼んでしまったが、すぐにそれが愛する旦那さんだとわかり――――


「え、ええぇっ!? なんでシェラがお母さんになってるの!?」

「リーズ……ちょっと落ち着こうか」

「あ……えっと、その…………ごめん、リーズ寝ぼけてた」


 変なことを口走って慌てるリーズを見て、ミルカやアイリーン、レスカ姉弟は微笑ましさを通り越してツボに入ったらしく、腹を抱えて大笑いした。


「まっ……リーズさんったら……うふふふふ」

「ちょっ、村長さんがお母さんになったって! うっひゃひゃはははっ!」

「はっはっはっはっは! よかったな村長! リーズさんからお墨付きをもらったぞ! あっははははは!」

「ごめんなさい村長さん、その……く、ぷぷぷ……」

「いや、大丈夫……僕もちょっと、いや……結構笑えてきた」

「あうぅ、は……恥ずかしいよぉ」

「…………?」


 アーシェラも含めてひとしきり大笑いする村人たちの真ん中で、リーズだけが顔を真っ赤にして恥ずかしがり、もう片方に寄り掛かって寝ていたミーナも、彼らの笑い声で目を覚ました。


「あれー!? なんで村長さんが女の人になってるの!?」

「あはは、やっぱりそう見えるよねーっ! ミルカさんがシェラにお化粧したんだって! すごいよね! リーズの友達のエノーやロジオンにお化粧しても、きっとこうはならないと思う! それだけシェラが美人さんなんだよっ!」

「世界で一番かわいいリーズに美人って言われるなんて……嬉しいような、そうじゃないような……複雑だなぁ」


 恥ずかしさのあまり熱くなる頬をごまかすように、アーシェラの胸元に半分顔を埋めていると、見た目だけではない彼の「母性」のようなものの正体がなんとなくわかった気がした。


(やっぱり……シェラとこうしてると、すごく安心する)


 つい気を抜いて、アーシェラにことを母親呼ばわりしてしまい、周りから笑われて恥ずかしく思えても、彼に甘えているだけで恥ずかしさが和らいでいく気がする。


 確かにリーズは、救世の勇者である以上に、王国の位が高い人々でさえ満場一致で認めるほどの美少女である。

 しかし、一緒にいて「安心する」のはどちらかと言えばアーシェラの方だろう。

 勇者となったリーズの前では、誰もが「しっかりしなければ」と背筋を伸ばし、良くも悪くも緊張を強いられる。そう、ついこの前までは――――


「と、とりあえず……男の僕があんまりお母さん扱いされるのもあれだから、お化粧落としてくれないかなリーズ」

「えー、シェラ結構似合ってるのに! まあ、シェラがそういうならお化粧落とすね」

「もったいな~い。そのまま村の人全員にお披露目してあげればいいのに~」

「それは勘弁してほしい。特にブロスとかに見られたら、なんて言われるか……」

「あらあら村長さん、せっかくお化粧してあげたのにもう落としてしまうのですか。そんなことするなら、もう二度としてあげませんからね」

「むしろもう二度としないでほしい……。代わりにフリッツ君にしてあげなよ」

「ちょっと村長!? さらっと僕を巻き込まないでっっ!」


 こうして、リーズが名残惜しそうにアーシェラの顔を布で拭っていると……

 またしても見張り台の向こうから、複数の人の声が聞こえてきた。


「おやおや~、おやおやおやぁ~。なんだか随分にぎやかな声が聞こえるね」

「村長夫妻やイングリット姉妹、それにレスカたちもいるわ。早起きしたつもりだったのに、先を越されたわね」

「日の出までまだ随分と時間があるぜ。それなのにもうあんなに集まってんのか」

「やっぱり、みんな考えることは同じなのかもしれませんねっ!」


「おっと、噂をすればブロス一家が…………やれやれ、危ないところだった」


 ブロスやユリシーヌ、それにデギムスやフィリルなど、この村きっての大家族が子供まで全員連れて見張り台までやってきた。

 どうやら彼らも、初日の出を見るために村で一番高い場所になる見張り台までやってきたらしい。


「ヤァ村長! ヤアァリースさん! それに見張り台にいるみんな、新年おめでとうございますっ! もう見張り台の上は満員ですかな? ヤーッハッハッハ!」

「ブロスさんにユリシーヌか。確かにもう満員だが、子供たちはせっかく早起きしたのだから、いい場所で見たいだろう? 私とフリ坊は降りるから、代わりに上がるか?」

「そこまでしなくてもいいわ。子供たちだけなら、場所的に何とかなるでしょう?」


 さすがにこれ以上の人数は、見張り台の足場の上に上ることはできないだろう。

 レスカとフリッツは自分たちがブロス夫妻の代わりに降りようとしたが、ブロスたちはとりあえず子供たちだけでいいと言う。

 小さい子供たちだけなら、何とかはいるスペースはある。


「なんなら俺たちは屋根の上でいいぜ。なあ二人とも」

「ヤッハッハ、そうだね親父!」

「私もそれでいいわ」

「いやいやいや、ダメだよデギムスさん」

「なんだ村長、見張り台の強度なら問題ないぞ。足場が狭いだけで、設計上100人乗っても耐えられる設計になってるから――――」

「そうじゃなくてっ! 子供たちが真似するようになったら危ないでしょっ!」

「そ、そうか……すまねぇ!」

「悪いわね~村長さん。うちの旦那がバカで」

「トホホ、来年までに見張り台の足場の拡張をすべきかな」


 ブロスとユリシーヌ、それにデギムスは、それぞれ身軽なのをいいことに見張り台の屋根に上ろうとするが、アーシェラに止められてしまう。

 止める理由まで、一々母親っぽいなとリーズは心の中で感じた。


「おいおい、ずいぶんと騒がしいと思ったらなんだ、俺たち以外全員いるじゃねぇか。パンやより早起きとは、お前らやるじゃねぇか」

「ま、まさか皆さんこんなに早く起きるだなんて…………今年の初めは、誰よりも早く起きて女神さまにお祈りしようと思っていましたのにっ!」

「見通しが甘かったってことさ。ここの村の人たちは、やろうと思ったらほんとうに徹底的にやるからね」


「あ! ディーターさんたちにマリーシアちゃんまで! おはよーっ!」

「ふふっ、結局村の人たちみんな集まっちゃったね。デギムスさんの言う通り、来年は見張り台をもっと大きくする必要があるかも」


 いつも朝早いパン屋のディーターたちは、いつも通りの時間に起きれば日の出に間に合うと踏んでいたからか、結局見張り台に来たのは一番最後になった。

 そして、村人出ないにもかかわらずこの場にやってきたマリーシアは、一年のはじめという特別な日に、日の出とともに祈りをささげようとしていたようだが…………いつも一緒に家にいるイングリット姉妹がいないことに気が付き、慌ててここに駆けつけてきた。

 ディーター一家と一緒にいるのも、ちょうど起きるタイミングが同じだったからだろう。


 誰にも何も言わずとも、みんな同じことを考えて一か所に集まった村人たち。

 お互いに笑い合い、新年のあいさつを交わす彼らを見て、アーシェラは村長という立場から、とてもうれしく思えた。


「よーし、なんだかみんな集まっちゃったみたいだから、堅苦しいかもしれないけど新年のあいさつをしておこうか。みんな、今年もいい年にしようじゃないか! 新年おめでとうっ!」

『新年おめでとう!』

「えへへ~、リーズも新入りで、まだまだみんなに迷惑かけちゃうかもしれないけど、いっぱい頑張って、楽しく過ごそうねっ」

『おーっ!』


「あ、みんあみんな~! そろそろ朝陽が昇るよ! 一年の始まりを知らせる太陽が顔を出すよ~!」


 こうして(一部例外はいるものの)村人全員でもりあがったところで、アイリーンが日の出の時刻になったことを知らせる。


 雪で真っ白に染まった高い山の向こう――――闇のヴェールに覆われていた空がわずかに白くなりはじめ、徐々に徐々に周囲の様子がはっきりわかるほど明るくなっていく。

 そして、険しい稜線のむこうから、輝く太陽が顔をのぞかせると……直射日光が一気に村の中に差し込み、全員の目を一瞬眩ませた。


 この星にとっては何の特別なこともない、いつも通りの日の出。

 しかし「暦」という伝統の中で生きる人々にとって、この日に昇る太陽は特別なものだった。


(去年はシェラにたくさん助けてもらっちゃった。だから今年は……リーズがシェラを、たくさんたくさん幸せにしてあげたいな)

(去年は……いや、ずいぶんと長い間、リーズに寂しい思いをさせてしまった。だから今年こそは、リーズに心の底まで幸せになってもらいたい)


 村人たちと共に、見張り台の上で初日の出を見守るリーズとアーシェラ。

 お互い声に出さないが、心の中でお互いの幸せを願い――――まるでタイミングを計ったかのように、互いに握った手に同時に力を込めた。

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