味
アーシェラの初夢の話題から、リーズとの子供の話になり盛り上がっていた村人たちだったが、しばらくしてミルカが別の話題を投げかけた。
「そういえば、私も他に気になることがあるのですが」
「記憶の中にあった……謎の白い食べ物のことかな。ミルカさんに何か心当たりが?」
「ええ、私が知っている限りですが、思い当たるものが一つだけありますわ」
アーシェラの夢の中に出てきたという謎の食品について、ミルカが知っているかもしれないという。
アーシェラが知らない食品で、ミルカが知っているものがあるというのは少々意外だったようで、リーズだけでなくミーナも目を丸くして驚いていた。
「ほ、本当に!? もしそれがわかれば、シェラのお母さんの味が再現できるかもしれない!」
「お姉ちゃんが知ってるなんて……もしかして結構高級なものなのかな? ミーナにも教えてー」
「あらあらミーナ、その白い食べ物はあなたもよく知ってるものよ」
「私もよく知ってる……? え、でも……?」
アーシェラの記憶では、スープなどに入れるだけで格段に味がよくなる魔法の食べ物だったので、さぞかし特別な素材だったのだろうと誰もが思っていた。
しかし……アーシェラはふと、自分が無意識に特別なものと思い込んでいるだけで、実際はそこまで貴重なものではないのかもしれないと考え始めた。
(考えてみれば……故郷にいた頃からも、家は少しだけ貧しかったし、故郷を追われた後はなおさらだった。それなのに、常備できるほどたくさんあったあの食材は、さほど価値があるものじゃないのかもしれない…………だとすれば)
何より、ミルカが知っているかもしれないということから、アーシェラはその正体がなんとなくわかってきたような気がした。
「ミルカさん……もしかして、その白い何かを保管してたりする?」
「あらあら村長さん、いいところに気が付きましたわね。日の出にはまだまだ時間がありそうですから、ちょっと家まで取りに行ってきますわ」
「へぇ~……手に入りにくそうな食べ物かと思ってたけど、そんなすぐに見つかるものなのね~」
「シェラがずっと探してたのが……すぐ近くにあったなんて。いったいどんなものなんだろう?」
こうしてミルカは、心当たりのあるものを取りに行くために、いったん見張り台の上から降りて行った。
先日アーシェラが「ピロゲン」という肉包入りのスープを作った際に、何か欠けているような気がしたもの…………記憶にほとんど残っていないせいで、ずっと謎だった何かが実はこの村に存在するかもしれない。
はたして、そんな奇跡のような都合のいいことがあるものかと、残った4人は顔を見合わせていた。
「ねえシェラ」
「どうしたのリーズ?」
「なんだかシェラも、その食べ物の正体がなんとなくわかってきたみたいだけど…………」
「そうそう~、村長さんは村の中で食べ物に一番詳しいから、知らないものがないとはあまり思えないんだけど~」
「いや……僕だって存在を知らなかったわけじゃないけど、もし僕の予想が正しければ…………本当は食べるものじゃないはずなんだ」
「たべるものじゃ……ない?」
「ああ、食べるものじゃないと言ったけど、食べられないものってことでもないよ。ただ、普段は食べないよねっていうだけで……」
「う~ん……私もわからないです。どうして村長さんはわかるの?」
「消去法、かな。あの頃の僕の家は本当に貧しかったから、手に入れられるのも限られてくる。そんな時でも比較的楽に手に入って、なおかつミルカさんでもよく知っているものとすれば、答えはおのずと限られてくるんだ」
「はいはいみなさん、答え合わせの時間ですわ」
ミルカはすぐに戻ってきた。
右手には明かりになるろうそくを、左手には小さめの壺を抱え、両手をほとんど使わずに見張り台のはしごをヒョイヒョイ上ってくる。
そして、持っている壺からはなにやら酸っぱい香りが漂ってくる。
「んっ……ツンときたっ!」
「お姉ちゃん……それって、ブロスさんのところで飼ってる牛さんの餌の元……」
「やっぱり、
アイリーンが術式ランプを壺の真上にかざすと、はたしてそこにはアーシェラの夢の中に現れた、液体とも個体ともつかない、やや黄色みがかった白い塊が見えた。
それは、
アーシェラが「食べ物ではないかもしれない」と言っていたのはまさにそれが理由であり、そのまま食べると非常に癖があり、とても酸っぱい。特に、羊や山羊からとれる乳の乳清は、牛乳のそれに比べてさらに味が濃くなってしまう。
そのため、よほど食べるものに困っていなければ、家畜の飼料に混ぜるのが一般的な使い方になる。
ミルカやミーナにとっては見慣れたものではあるが、アーシェラもアイリーンも普段はあまり見かけないものだし、リーズに至っては存在自体を今初めて知ったくらいだ。
「魔法の食べ物」と言われてこれを思いつくのは、確かに難しい。
「なんだか、すごい匂いだけど…………食べられるのかな? 食べてもいい?」
「ええ、お腹を壊すことはないと思いますが、あまりおいしいものではないですよ?」
「リーズが食べるなら、僕も少し食べてみようかな。もしかしたら小さいころに食べたのかもしれないけど、味の記憶がほとんどないからね」
味も見ておこうということになり、リーズとアーシェラは壺の中に入っていたドロッとした白いものを、指先くらいの分量をとって舐めてみた。
「「す、すっぱい……っ!!」」
匂いからして、すでに鼻を突き抜けるようなくらい強かったため、味の方も容易に想像できてはいたが、いざ実際に口にしてみると、予想以上に酸味が強かった。
とてもではないが、これを単体で食べるのはそれなりに覚悟が必要だ。
ただし、このえぐいほどの酸っぱさは、栄養が豊富なことの裏返しでもあり、わざわざ家畜のえさに混ぜるのも、チーズを作ったときに抜け落ちてしまった栄養分をそのまま与えることができるからだ。
「これが……「魔法の食べ物」の正体だったなんて、ちょっと意外っていうか…………」
「あはは、もっとおいしいものを期待してたよね。でも、今思うとこれくらい酸っぱいと、逆に味が薄いスープにはいいアクセントになるんだろうな。母さんが作ってくれる料理にスープが多かったのも、きっとこれでいい具合に味を調節していたからなのかもしれない」
「特別な食べ物とかじゃなくて、ちょっと残念だったかな~? でも、家庭の味って、得てしてそんなものなのかもね~」
長らく正体がわからなかった、アーシェラの母親が作る料理の独特の味――――その正体が、乳製品の副産物であり、場合によっては廃棄されるものだったのは、二人にとって若干残念拍子抜けだったかもしれない。
だが、そこまで残念というわけでもない。
「母さんの料理は……いつも愛情に満ち溢れてた。食べたスープの味はもううっすらとしか覚えていないけれど、食べたときの嬉しさは今でもしっかり覚えてる。母さんが乳清をスープに使っていたのも、きっと安く手に入る食材でも、なるべくおいしく食べられるような工夫ができるからだったんだろうな。そういった意味では…………これは、僕の作る料理の原点にあるものなのかもしれない」
「シェラ……」
「村長さん……」
冒険者の時代から、今に至るまで…………アーシェラの生活は貴族のように豊かにはなってない。
それでも、リーズにとって王宮で食べたどんな料理よりも、アーシェラが簡素な素材で作ってくれる食事のほうがおいしいのは、素材の良し悪しではなく、長年重ねた試行錯誤と、リーズへの愛情の賜物なのだろう。
そして、それと同じように、母親は子供時代のアーシェラに愛情を注いでいたのだろう。
「ま、ちょっとしんみりしちゃったけど、まだこれが母さんの料理に使われていたものと同じだって決まったわけじゃない。この後、日の出を見たら、試しにこれで何かスープを作ってみることにするよ。そして、村のみんなに食べてもらおうか」
「よーしっ、じゃあリーズも手伝うっ!」
「わ、私も村長さんのお手伝いをしたいですっ!」
「あらあら、ミーナはお手伝いをするのね。私は初釣りに行きますので、帰ってくるまでにご用意をお願いしますわ」
「え~、私は寝る前に食べたいな~」
「もう……ミルカさんもアイリーンも、ここぞとばかり好きかって言って。……何とかやってみるよ」
日の出を見た後に、さっそく新しい食材を試すことにしたアーシェラ。
リーズとミーナは手伝いを申し出たが、ミルカとアイリーンはのんきにわがままを言ってみる。
そんな彼女たちに笑顔を向けるアーシェラは、まるでこの場にいる4人の母親のようにも見えた。
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