初夢

 アイリーンとイングリット姉妹とともに日の出を待つことにした二人だったが、まだ時間がたっぷりあるということで、色々話しながら待つことにした。


「そうだ、朝食を食べてたらすっかり忘れてたけれど、寝てる間に……少し不思議な夢を見たんだ」

「あっ! そういえばっ! リーズも忘れてたっ!」

「あらあら、初夢のお話ですか。村長の初夢……それも、不思議な夢と言われると、すごく気になりますわ」

「私も聞きたいですっ。私は羊さんと一緒に過ごす夢しか見てないの」

「家の中は覗くことができるけど~、流石に夢の中までは覗けないからね~」

「できれば家の中も覗かないでほしいんだけどね…………」


 さすがにこの世界では、夢の内容で縁起がいいとかどうかを占ったりはしないが、一年の始まりの夢というのはどうしても気になるものだ。

 アーシェラは、4人に寝ている間見た不思議な夢の内容を語って聞かせた。


 自分が子供の姿に戻り、目覚めたのも、滅びた古郷から逃げた先の貧しい一軒家だったこと。

 同じ家にいたのは、母親の格好をしたリーズだったこと。そのリーズも、アーシェラを自分の子供だと認識していたこと。

 リーズが朝ご飯を作るとき、「魔法の食べ物」なる謎の素材を鍋に投入していたこと。


 普段は夢の内容なんてそこまで事細かに覚えていないアーシェラだが、これだけ印象深い夢だと自然に思い出すことができるようだ。


「リーズがシェラのお母さん……? な、なんだかすごい不思議な感じ。で……でもっ、子供になったシェラの姿なら見て見たいかもっ!」

「そうだよね~、不思議だよね~。私的には、村長さんに子供時代があるって言うのがちょっと想像つかないかな~」

「アイリーン、僕を何だと……」


 普段はどちらかというと子供っぽくみられるリーズと、落ち着いた大人にみられるアーシェラが逆転するというのは、この村に住んでる住人だからこそ違和感を覚えてしまう。


「ねぇシェラ……夢の中のリーズって、大人っぽかった? 美人だった?」

「え? 大人っぽかったかと言われてみれば、確かに大人っぽかったね。それに、リーズが美人なのは元からだし…………」

「えへへ、そう? でも、夢の中のリーズの方が大人っぽかったのは、ちょっと嫉妬しちゃうかも……」

「あらあら、夢の中の自分にまで嫉妬するなんて、面白いですわね」


 勇者として活躍している頃から、リーズは「美人」というよりも「可憐」という印象があったが、裏を返せば年齢より幼く見えるということでもあり、そのことはリーズにとってひそかにコンプレックスでもあった。

 そして、リーズ自身は気づいていないが、あれだけ活躍したにもかかわらず王国貴族たちがリーズに無理難題を押し付けてくるのも、彼女が幼く見えるゆえに無意識に見下す心理が働いてしまうのだ。


「うーん、でもなんで村長さんは夢の中のリーズおねえちゃんは大人っぽいって思ったの?」

「なんで……か。言われてみれば……。姿かたちは今のリーズと全然変わらないし、別に母さんの面影が混ざってたってわけでもないからなぁ。しいて言えば、夢の中では僕より身長が高かったし、あとはエプロンをしていて、髪型がいつもと違うくらいかな」

「エプロンと髪型は何とかなるかもしれないけど、身長でシェラを越えるのは無理だなぁ…………」

「まあまあ、無理に大人っぽくならなくても、僕は今目の前にいるリーズが一番大好きだから。これからも遠慮なく甘えてよ」

「そっかぁ~♪ ならこれからもずっとシェラに甘えちゃおうかな♪」

「うんうん、リーズさんはやっぱりそうあるべきだよね~」


 同じ毛布にくるまりながら、アーシェラの胸元にぎゅっと抱き着くリーズと、それを心地よさそうに受け止めるアーシェラを見て、周りの3人は「やっぱりこうでなくちゃ」と心の中で納得した。


 リーズは童顔なのもあるが、なんだかんだ言ってアーシェラの前では甘えん坊になってしまうところが、大人っぽくない最大の原因なのかもしれない。

 けれども、アーシェラに甘えるのをやめるくらいなら、リーズは大人っぽくならなくてもいいと思っているし、アーシェラもまた自分に甘えてくれるなら、ずっと今のリーズのままでもいいと思っているようだ。


「うふふ、そんなに慌てずとも、リーズさんもいずれ母親になれば、きっと大人っぽくなれると思いますわ」

「あ、ひょっとしたら! 今年中にリーズさんがお母さんになるっていう予知夢なのかも~!」

「そ、それじゃあっ! 村長さんに似た男の子が生まれるのかなっ! 私も楽しみっ!」

「えっ!? えぇっ!?」

「えっへへ~……もしそれが本当なら、リーズもすっっっごく嬉しいな♪」

「あらあら村長、ずいぶんと真っ赤になってしまってますわ。することはしているのでしたら、覚悟はできていると思っていたのですが、違いますか?」

「そ、そんなことはないけどっ! いきなり言われると、恥ずかしいっていうか……」


 リーズが母親になるということは、それ則ちアーシェラとの間に子をなすということでもあるわけで――――女性陣が一様にニヤニヤする中、アーシェラは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいてしまう。


(そうか……リーズが母親になるということは、僕も父親になるということか。夢の中では、父親はいなかったけれど、それは僕が幼いころにもう父さんがいなくなっていたからだ。あんな寂しい思いを、リーズと僕の子供にさせるわけにはいかない)


 それでも、アーシェラとて覚悟が全くないわけではない。

 まだすべての問題が解決していないとはいえ、リーズを王国から奪い返して夫婦の契りを交わした今となっては、いつ子供が誕生してもおかしくはない。


 彼の父親は、滅びた故郷から逃げたときに亡くなった。

 貧しい中で必死に働きながらアーシェラを育てた母親もまた、彼が大人になる前に力尽きてしまった。

 アーシェラが他人から年齢以上に大人っぽく思われるのは、両親がいなくなったせいで、小さいころから苦労を背負わざるを得なかったからであり…………他人からは立派に見えるかもしれないが、決して幸せとは言えるものではない。


「あ、そうだっ! アイリーンお姉さんならリーズおねえちゃんのお腹の中に赤ちゃんがいるか見える?」

「んふふ~、それは無理~。建物の中なら覗きたい放題だけど、生き物のお腹の中までは見えないの~」

「それは残念ですわ。私もうちで飼っている羊たちが産気づいてるか見ていただきたかったのですが」

「二人は私の術を何だと思ってるの?」


 残念ながら、アイリーンの術で確認することはできないが、この二人なら子供ができるのはそう遠くない未来だということは、村人の誰もが知っている。

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