夜食

「あはは……新年早々、二人でこんなに早く起きちゃうなんて、僕たちらしいね」

「ごめんねシェラ……せっかく気持ちよく寝てたのに、リーズのお腹のせいで……」

「いいのいいの。むしろ寝すぎてたくらいだから、いい目覚まし代わりになったよ」


 真夜中の台所――――術式ランプの温かい灯りと、包丁がトントンと小気味よく食材を刻む音が響く。

 時計のないこの世界では、特に夜になってしまうと今の時間がわからなくなってしまうが、少なくとも夜明けはまではまだまだかかりそうだ。

 しかし、昨日の夜にずっと二人でダンスを踊った後、何も食べずに寝てしまったことで、二人はほぼ丸一日以上何も食べていないことになる。

 アーシェラはまだしも、能力が高い代わりに燃費も悪いリーズは完全に空腹の限界に達してしまっており、いつもの朝食の時間まで待つことなど到底できそうになかった。


 もちろん、現代とは違ってインスタント食品なんてものはないし、竈に火を起こすのでさえもそれなりに手間がかかるこの世界では、パパっと作ってパパっと食べることは非常に難しい。

 だが、アーシェラはきちんとこうなることを見越しており、あらかじめそれなりに準備をしておいた。


「えへへ……いい匂いがしてきた。シェラがシチューを温めるだけにしてくれたから、すぐに食べられそうっ!」

「冬は寒くて過ごしずらいけど……食べ物が傷みにくいのは助かるよ。さて、僕の方はこんなものかな」

「シェラ、もうできたの? 早いねっ!」

「こっちもすぐに作れるように準備しておいたからね。本当は、新年初めの料理だから、もっと豪華にしたかったんだけど、やっぱりそれなりに時間が掛かっちゃうからね」

「いいのいいのっ! むしろシェラがここまで用意してくれて……リーズはすごく嬉しいの。シェラがいなかったら、リーズいつか飢え死にしちゃいそう」

「それは困るね……リーズよりも先にいなくならないようにしなと」


 冗談とも本気ともつかないことを話しながら、アーシェラは保存してあった野草を素早く丁寧に切り刻み、シチューを温めるコンロの余熱で熱した作り置きのハンバーグとともに、上下で二分割した大き目の黒パンに豪快に挟み込む。

 先日の温泉探検した際に作った「ハンバーグのサンドイッチ」を再現したものだが、今回は運ぶことを前提にしていないため、そのボリュームは以前の比ではない。


「わああぁ……おっきなハンバーグのサンドイッチ! 丸かじりするのが楽しみっ!」

「ははは、リーズだったらこのくらいの大きさでも余裕かな? 僕はもう少し小さくしないと口に入らないから、切り分けておこう。シチューの方はどうかな…………っと、うん、いい感じに煮えてきたね。あとは隠し味に蜂蜜を少しと、を――――」

「魔法の食べ物……? シェラ、今日のシチューはこれ使うの?」

「え……あ、あれ? 何を言ってるんだろう僕……まだ寝ぼけてるのかな」


 シチューの出来具合を確かめるとき、アーシェラは無意識に『魔法の食べ物』という言葉を口に出してしまった。

 まさかそれが、つい先ほどアーシェラが見た夢に出てきた謎の食べ物だとは知らないリーズは、アーシェラが野外料理でたまに使う「秘密の調味料」を取り出した。


「ごめん……リーズ、完全に無意識だった。まださっき見た夢が頭の片隅に残ってたみたい」

「シェラの夢…………? な、なんだかすっっっごく気になるっ! 食べ物の夢を見たの? 夢の中でもリーズは一緒にいられた?」

「あー……どこから話していいものかな」


 アーシェラの初夢の内容が気になるリーズは、ついついアーシェラを質問攻めにしてしまう。

 彼も律儀に説明しようかと思案したが、その直後にリーズの腹の虫が「ギュー」っと先ほどより大きな抗議の声を上げた。


「~~~~~~っっ!!」

「あ、あはは……とりあえず今はお腹に入れるのが先かな? 夢の話は、ご飯を食べながらでもできるから」

「ううぅ、リーズはもう大人なのに……シェラの奥さんなのに……どうしてまだ子供っぽいところが残ってるんだろう?」

「お腹がすけば、大人でもそうなるものさ。それに、僕はリーズのそんなところも好きだから」

「そ、そう……えへへ♪ 好きなら、しょうがないね♪」


 自分が大人っぽくないと落ち込むリーズを見て、アーシェラはとっさにフォローしたが、同時に先ほどまで見ていた夢のことも思い出し、若干不思議な気分になった。


(大人っぽいって、結局なんなんだろうか? あの時夢に出てきたリーズは、確かに誰もが大人だと思うけど、今のリーズとあまり変わらなかった。しいて言うなら、髪型なのかな? それとも……)


 そんなことを頭の片隅で考えながらも、悲鳴を上げるリーズの腹の虫のために、アーシェラは手早く食事の準備を整えた。

 作り置きのシチューとハンバーグは温めるだけで、後は少し整えて組み合わせるだけだったので、朝食を作るのに15分もかからない。むしろ、暖炉の火が部屋を暖めるよりも早かったせいで、料理が食卓に並んでも、冬の暗い部屋の中はまだ肌寒いままだった。


「まだ寒い……ねぇシェラ、もっと寄ってもいい?」

「もっと? 結構密着してると思うけど……ちょっとお行儀悪いけど、僕の膝の上に座る?」

「いいの? それじゃ遠慮なく……それじゃあ、新年最初のご飯、いただきますっ!」


 部屋が寒いことをいいことに、リーズはなんとアーシェラの膝の上にやや横向きになって座り、アーシェラの体の熱で温まりながらサンドイッチにかぶりついたのであった。

 お腹が鳴ること以前に、こんな風に甘えることの方がよっぽど子供っぽいと思われそうだが――――アーシェラは咎めることなくリーズの身体を受け止めた。

 むしろ、ここまで甘えてくれるのが嬉しいのか、甘えん坊を助長するように……シチューをスプーンですくってリーズの口に運んだりもした。


「はい、リーズ。あーんして」

「あーんっ♪ んっ、おいひぃ♪ リーズしあわせぇ……」


 冷えた空気と極度の空腹の中で、最愛のアーシェラから口に運ばれる温かいシチューの味は、リーズを一瞬にして虜にした。

 何の変哲もない、いつものアーシェラの味。この先もずっと変わらないであろうこの味が、リーズは一番好きなのだ。


 ちょっと硬くなった黒パンに、ホカホカに温まったハンバーグと細かく刻まれた野菜が存分に挟まったサンドイッチもまた格別で、アーシェラに体を預けたまま手で持って食べることができるのもありがたい。

 小さく見えるリーズの口だが、顔の半分ほどもある厚さのサンドイッチを真正面から頬張り、その絶大なボリュームにご満悦の様子だった。


 リーズはあまりにも幸せ過ぎて、そしてアーシェラは自分の作った食べ物を心底嬉しそうに食べてくれるリーズが愛おしすぎて…………アーシェラが見た夢の話を暫くの間忘れてしまっていた。

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