化かしあい
「ほう、これが例の職人の…………」
「正確に言いますと、ここからはるか南の地方にカメオを作る工房が丸ごと村になったところがありまして、このカメオに使われている貝はその村の近くでしか採れないんです……」
「なるほど、そのようなものを掘り当ててくるとは、なかなかの慧眼だ」
「そ、そんな……あたしも、その……知り合いに紹介されて、初めて知ったくらいですから。王族のお眼鏡にかなったと知れば、知り合いも、作った職人さんたちもすっごく喜びますよ!」
「へぇ……道理で王都の高級装飾品と趣向が違うわけね! あたしも、このシンプルかつ繊細なデザイン好きかも」
「はっはっ、君もようやく芸術を理解する心が芽生えたか」
「ちょっ殿下!? それはあんまりじゃないですか!?」
初めて謁見したときは緊張でガクブルだったマリヤンだったが、商談が進むにつれてすっかりいつもの調子を取り戻し、第三王子ジョルジュとアイネ相手に淀みなくセールストークを繰り広げていた。
もっとも…………実は、先ほどのオーバーともいえる怯え方は半分ほど演技であり、あくまで自分は無害な存在だということを印象付けようとした結果である。
(とはいっても、ここから先……どうタイミングを見計らおうかなぁ)
マリヤンはこの後(表向きには)予定が入っているため、切りのいいところで引き上げたいところだったが、第三王子の手前、自分から「もう帰る」とは言い出しにくい。
この時代は家庭で使われるような時計がまだ発明されていないので、時間的な余裕があるのかないのかわからないのももどかしく、彼女は窓から入る光と影の傾きでおおよその時間を推測するほかない。
そのせいか、彼女は商談の合間合間に窓の方をちらちらと見ずにはいられなかった。
「何か気になることがあるのか? 先ほどからしきりに窓の方を気にしているようだが?」
「ひぇっ!? も、ももも……申し訳ありませんっ! あたくしめの事情などお気になさらずっ!」
「…………」
窓の外のことを気にしているのがばれて慌てるマリヤンを見て、アイネは若干怪訝な目をしつつ、見えない様に机の下で拳を一瞬強く握った。
(この子……やっぱり殿下の言う通り……。だとしたら、今まであたしはこの子にいろいろと出汁にされてたということに…………っ!)
(アイネめ……やはり単純だな。だが、この場でそうガツガツ行かれても困る。この商人にはまだまだ聞きたいことが山ほどあるのだからな。やれやれ、猛獣使いも楽ではないな)
バタバタと慌てふためくマリヤンと、静かに不信の目を抱くアイネを抑えながら、ジョルジュはもう少し踏み込んだ話をすべく会話を続けた。
「君にこの後予定が入っているということは聞いている。とはいえ、私も今日この時間でないと予定が合わなくてな。無理を言って申し訳なく思う」
「い、いえいえそんなっ! あたしなんかに頭を下げることなんてありませんよっ! あ、あたしの事情なんてこの際気にしないでください! あっはっはっはっは……」
「ふっ……まあよい。こうして貴重な時間を割いてくれたのだから、冷やかしだけというのも王族の沽券にかかわるというものだ。商品も、王都ではなかなか見られないものも多くて気に入った。手始めにこのカメオを箱ごと全部言い値で購入しよう。なんならこの王室金貨でまとめ払いしてもいい」
「王室金貨!? こ、このあたしに!? あ……ありがたきしあわせっ!!」
ジョルジュは大胆にも、マリヤンが見せた商品を全部買うと言ってきた。
しかも、支払いは後払いではなく即金であり、その上「王室金貨」という非常に価値の高い金貨で支払うと言ってくるのだから、マリヤンは平伏するしかなかった。
ジョルジュがその手に持つ「王室金貨」とは、一般に流通する金貨より二回りほど大きな金メダルのような金貨で、立派な王冠の彫刻に青色のサファイアが埋め込まれているのが特徴的だ。
金含有量は驚異の98%を誇り、この金貨一枚あるだけで城が丸々一つ買えるほどの価値がある。
ぶっちゃけ、マリヤンが持っている商品全部売っても、まだこの金貨の価値の半分にすらならないし、そもそもマリヤンのような平民が持つこと自体が歴史的な奇跡と言えるくらいである。
(…………まずいなぁ、こんなの貰ったら、この後何を言われても首を横に触れない……)
マリヤンはこの王室金貨から、言外に「今日は逃がさん」という意思を感じ取った。
彼女は心の奥底で、再び決死の覚悟を決めたのだった。
「ところでだが……アイネ君や私に見せてくれたこのカメオといい、スラチカ司教が購入したという珍しい絵付けのティーカップと言い、君は随分といいものを手に入れる伝手があるようだな。その上、かつて勇者と共に戦っていた仲間たちと大勢取引しているとも聞く。どうやら、君はなかなか顔が広いようだが、あの勇者パーティーでも君はそこそこの立場だったのだろうな」
「え……?」
だが、ジョルジュの言葉にマリヤンは目が点になった。
今までは事情を知らない人はもとより、元一軍メンバーからすらも「同じ仲間だった」とみられていない節があり、彼女もそれが当たり前のように感じていたにもかかわらず、よりにもよってジョルジュから「そこそこの立場だったのか」と聞かれるとは思ってもいなかったのだ。
「ま、ままま……まっさかぁ! あたしなんてただの「輸送隊の人」ですって! アタシがそれなりの立場だったら、今頃商人なんてやってないで王国貴族の仲間入りしてましたって!」
「ほぅ、すると君は勇者パーティーで特に戦力とされていなかったというのか」
「そうなんですよ! あたしなんて、その……馬車を操るくらいしか能がないですから、前線には全く出てませんしっ! なんなら王国の勇者パーティー名簿にもあたしの名前なんてありませんから! ね、そうでしょアイネさんっ!」
「えっ、あたし!? あ、ああうん、まあ……その通りですよジョルジュ様、マリヤンは物資を運ぶ手伝いをしてくれた子だったから、特に一緒に戦った仲間という訳では…………」
(……自虐したのはあたしだけど、やっぱアイネも本心ではそう思ってたってわけね)
アイネは一軍メンバーたちの中でも、比較的人格は良い方なのだが、それでもナチュラルにマリヤンのことを戦力外扱いするのだから、一軍と二軍の溝がいかに広いかがよくわかる。
「私は以前から少々疑問を持っていたのだが……父上をはじめとする王宮の人間は、勇者パーティーで功績を上げなかった者には何の報酬も渡さなかったそうだ、やはり本当なのか?」
「まあ、そうですね。最前線で命を張った勇者様やアイネさんに比べれば、あたしなんて別に大したことしていないのは事実ですし。前線で頑張ってた皆さんと、後方で留守番してたあたしたちが同じ報酬だったら、むしろ不公平かと…………」
「いや、それはおかしい。そもそも勇者パーティーは、魔神王を倒すために各地から選りすぐりの精鋭が集められ、全員が最優秀戦力として働くよう計画されたと聞いている。少なくとも、所信表明演説で聖女ロザリンデがそう述べていたはずだ。私もその場で聞いていたぞ」
「そ、それはそうですけど、結局全員で前線で戦っても非効率ですし、誰かが陣地で留守番したり、後方の物資を輸送しなければならないですし、そのようなことを勇者様たちにやらせるわけには…………」
「そう、それだ。結局のところ勇者パーティーは軍隊とほぼ同じだ。軍を編成したところで、実際に戦闘に参加するのは総兵力の4分の1であり、残りはすべて後方支援となる。だが、その後方支援無くして軍は戦えん。勇者やアイネらが前線で実力をいかんなく発揮できたのも、後方で活躍していた者たちの働きがあってこそだ。陣地は誰が作った? 消耗品は誰が補充した? 料理は誰が作った? 王国や周辺領地への連絡は誰がした? 軍資金は誰が管理した? 命が掛かっていない、ただそれだけの理由でこれらの労力をなかったことにするのか?」
(それ…………ほとんど全部アーシェラさんがやってたんだけど……)
ジョルジュが後方支援の重要さに理解があったことに、マリヤンは思わず舌を巻いた。
それと同時に、二軍メンバーも後方で雑用を行っていたわけではなく、一軍メンバーがカバーしきれなかった範囲の戦線で戦っていたわけであり、結局ジョルジュの言う「後方支援」を本当の意味で専念していたのはアーシェラただ一人だったことに、マリヤンは今更ながら後悔に苛まれた。
彼女自身も輸送隊などとうそぶいているが、実際は後方からの物資を運ぶ際に邪神教団の襲撃を幾度も切り抜けたり、魔獣の襲撃を受けた村や町の避難民を護送したりとそれなりに体を張っていた。そして、その過程で仲間を何人か失っている。
マリヤンが王国や一軍メンバーに不満を持っていたのも、自分がせっかく命がけで戦ったのが無碍にされたからと感じていたからで、決して「後方支援なめんな」と言いたいわけではなかったのだ。
「もし私が国王なら、そういった者たちにも十分報いたかったのだがな…………その王室金貨が、そなたの功績に見合う報酬の代わりとなるかどうかはわからぬが、君を評価する人間が少なからずいるということを私が証明すると誓おうじゃないか」
「ジョルジュ殿下…………」
たとえそれが本心ではなくとも、マリヤンや二軍たちのことを評価すると言ってくれたことは彼女にとってとてもうれしかった。
同席しているアイネが無言で苦虫を嚙み潰したような表情をしているのも、マリヤンが今まで抱えていた鬱憤を晴らすのには十分だった。
(嬉しいと言えば嬉しい、かな……。でも、まだ油断はできない…………)
それと同時に、グラントから事前にジョルジュの話を聞いておいてよかったと心の底から感じた。
もしグラントからの情報提供がなければ、マリヤンは目の前の敵か味方かわからない存在に、心を許していた可能性すらあるのだから――――――
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