最後に笑うのは?

「いや、実に見事な品ばかりだった。君の売り文句もなかなか心地よかったものだから、ついついたくさん購入してしまった。買い物でここまで楽しかったのは久々だ、礼を言うぞ」

「あ、あはは……王子様に喜んでいただけるなんて、恐縮ですよ。それに、お代もいただきすぎるほど頂きましたし…………本当に貰っちゃっていいんですよね?」

「勿論だとも。私は兄上やできの悪い貴族のように、難癖をつけて商品の対価を支払わぬことなどせぬよ」


 たくさんのいい品物を購入することができてすっかりご満悦のジョルジュに対し、マリヤンのテンションは依然として低い。

 それもそのはず――――窓の外を見れば、冬の太陽がそろそろ山の稜線にまで落ちていきそうな時刻であり、もうしばらくもしないうちに、空は徐々に夕焼けに染まっていくことだろう。

 マリヤンは「次の大事な予定」への遅刻が確定してしまったのである。


「えと……それで、大変申し上げにくいのですが…………私には次の予定が入っておりまして」

「おお、そういえばそうだったな。すぐに切り上げるつもりだったが、買い物に夢中になってすっかり忘れていた」


 マリヤンが恐る恐る帰りたいと申し出ると、ジョルジュはわざとらしく手を打ちながら「忘れていた」ととぼけた。明らかにわざとであることは言うまでもない。


「そうだな、せっかくこれだけいいものを用意してくれたのだから、もう少し対価を払う必要があるな」

「いえいえいえ、そんなっ! この王室金貨一枚あれば、私は十分ですよぅっ!」

「まあそういうな。そこまで時間はとらせん…………というよりも、君の商人としての誠実さと度胸、なにより顔の広さが気に入った。君は今でも外にいる勇者パーティーメンバーともつながりはあるのだろう? だったら、ここだけの話を教えてやろう」

「ここだけの話…………ですか?」


 マリヤンとしては一刻も早く帰りたいところではあるが、「ここだけの話」と言われれば気になってしまう。

 真偽はこの際どうであれ、少しは話を聞いていくことにした。


(そこまでして私を足止めしたいのかしら? でも、本当に重要な事だったら……)


 王国内の情報はある程度把握しているものの、もしかしたら王族だけが持っている情報が出てくるかもしれない。

 だが、ジョルジュが語る内容は、マリヤンの予想をはるかに超えたものだった。


「兄上……第二王子セザールは、王国外諸国に侵攻を開始し、この大陸に存在する諸国をすべて征服することを計画している」

「は……!? 魔神王が倒されて平和を取り戻しつつある今、数百年前に独立を認めた中小諸国を征服するんですか!? さ、さすがにそれは質の悪い噂では!?」

「ああ、どうも兄上は王国外の中小諸国のどこかが勇者リーズを隠しているとみているらしい。それに、勇者を慕う元勇者パーティーの者たちも、かつての仲間たちが勇者を帰らせないようにしているのではと見始めている」


 マリヤンは思わず絶句した。

 王国の中枢に近いグラントと何度も話して情報交換した彼女も、そこまで極端な情報は掴んではいなかった。

 だが、状況証拠から考えれば、第二王子が最終的に元勇者パーティーの一軍メンバーの力を用いて、諸国を征服するという考えに至る可能性は十分にある。


「し、しかし……私もかつての仲間たちと何度か会う機会はありましたが、全員勇者様を見送ったと…………」

「仮にそうだとしても、勇者が王国に帰らないという事実は、兄上にとって格好の大義名分だ。そうだろう、アイネ」

「はい、ジョルジュ様。あたしの仲間たちも、もしどこかの国が勇者様を独り占めしているようなら、その国に攻め入ることも辞さないって言ってるわ」

「えええええぇぇぇぇぇ!? だ、だったら止めてくださいよぉ! せっかく平和になったのに、今度は人間同士の戦争とか嫌ですよ!」

「ごめん、マリヤン。あたしだって王国に仕える立場だもの、国が下した命令には従わざるを得ないわ」

「というわけだ。すぐに勇者が戻ってくれば、あるいは兄上を説得し、諸国への侵略を思いとどまるやもしれない。だが、今この国には私を含めて兄上や上層部を止める者はいない。ゆえに…………可能性は低いが、もし君がどこかで勇者を見つけることがあれば、このことを伝えてほしい」

「……………わかりました」


 ジョルジュの言葉に、マリヤンは頷くことしかできなかった。

 勇者リーズが王国に戻らねば、王国はそれを口実に各国に侵略する…………軍部の半分はグラントが抑えているとはいえ、それもまだ完全ではないし、なんなら元一軍メンバーが攻撃してくるかもしれない。


(どこまで本当なのかはわからないけど…………これは、折を見て知らせないとっ!)


 こうして、マリヤンはようやく第三王子の元から解放された。

 荷台が軽くなった馬車を出発させる彼女の表情は暗く、その手綱を持つ手も若干震えていた。


「大丈夫、マリヤン? こんな時間になっちゃってごめん……」

「…………もういいの。第三王子殿下に呼び止められたってお話をすれば、向こうもきっと許してくれるはず。それよりアイネさん……その、帰り道はもう護衛してくれなくてもいいんだけど…………」

「何言ってるのっ。あたしとあなたの仲でしょ、ただで護衛してあげるわ。で、本当の予定って確か…………」

「うん、勇者様のお母さまにお会いする予定だったの」


 実はマリヤンは、本来この日の午後はリーズの母親に面会し、リーズへのお祝いの相談をする予定だった。

 が、それはあくまでも表向きの予定だ。


(やっぱり……アイネさんも、あの第三王子も……あたしの計画を知ってたんだ。じゃなきゃ、こんな執拗な妨害なんてしないし。あーあ、どこで情報が漏れたんだろう? まあ、大体は想像つくけど……)


 実はマリヤン、この日の午後にリーズの家に訪問すると見せかけて、なんとリーズの母親を馬車にのせて、そのまま隊商と共に王都を脱出する計画を立てていたのだった。

 この日王都では別の大きな催し物が行われているため、全体的に警備が薄くなっている。その隙をついてリーズの母親と姉を優先的に保護し、人質にされるのを防ごうという目的があったのだ。

 父親であるフェリクス男爵や、兄二人は脱出することはないが、彼らにはすでに強力な権力の後ろ盾があるため、うかつに手を触れられないが、無力な母親が人質になれば連鎖的に彼らも従わざるを得なくなる。


 だが、その計画をなぜか第三王子が把握しており、おまけにアイネまで使って妨害しようとしてくるではないか。

 あのジョルジュがなぜそのようなことをするのか、現時点ではその意図を見通すことはできなかったが、こうなってしまうともはや計画は完全に失敗だ。


(そう……「本来の計画」なら、ね…………)


 帰る間際、ジョルジュは少しだけ勝ち誇ったような顔をしていたし、今横に入るアイネも、現行犯を捕らえた警備隊のようなウキウキした様子を見せている。


(マリヤン……よくもこのあたしを出汁にしようとしてくれたわね。やっぱり、マリヤンがあの二軍たちとつながってるのは本当みたいだったし、勇者様のお母さまを誘拐していこうとするってことは、勇者様の居場所を知ってる可能性があるってことよね。あなたの思うようにはいかせないわよ…………)


 一方でアイネもまた、事前に第三王子からマリヤンが裏で勇者リーズをどこかで引き留めている存在とつながりがあり、マリヤンが勇者の母親をこの日の午後に王国外に連れ出そうとしていると聞かされた。

 初めのうちは半信半疑で、気弱なマリヤンがそのようなことをする度胸があるものかと考えていたが――――先ほどの商談の反応で、その疑問は確信に変わった。


(今回の計画が中止されれば、マリヤンはすぐに計画を変更せざるを得ないはず。あとはジョルジュ様の方で、裏の動向がつかめれば…………)


 そうしているうちに、馬車はリーズの実家の前に到着した。

 時刻はとうに夕方になっており、今出発してからでは王都から出る門から出入りすることができる時間は終わってしまう。

 アイネの勝利は確定した……………かのように思えたが?


「あのー、遅くなって申し訳ありません。お約束していたマリヤンですが…………勇者様のお母さま、マノン様はいらっしゃいますか?」

「マリヤン様ですか……。いえ、こちらこそ申し訳ありません。奥様は今朝からほかの貴族の方々の邸宅を急遽訪問しており、今日は戻らない旨の言付けを預かっているのですが…………」

「ありゃま」


(え? 勇者様のお母さまがご不在?)


 想定外の事態に、アイネの目が点になった。

 彼女は、リーズの母親マノンにそのまま面会して、第三王子の許諾を盾にそのまま護衛という名の監視に入るつもりだったのだが、その目論見は崩れてしまった。


(まあ、リーズ様のお母さまは今頃海の上だから、ここにいないのは当然なんだけどね。バレるのを見越して事前に作戦を変えておいてよかった)


 実はリーズの母親は、朝マリヤンが仲間のヴォイテクと荷物の受け渡しをした際に、こっそり馬車ごと船に乗せて脱出させてしまったのである。

 今頃マノンをはじめとするリーズの重要な家族は、ヴォイテクの船にのってリーズのいる場所へと向かっている頃だろう。

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