コラテラルダメージ
リーズの母マノンは、長男のフィリベルと次男のリオンを引き連れて、優雅に馬車から降車した。
相変わらず「勇者様の母親」という雰囲気があまり感じられない普通然とした立ち振る舞いだが、ほとんど緊張もせずにこの場に降り立つことができる胆力は娘と似ているかもしれない。
「こ、これはこれは! 勇者様のお母さま!」
「まさかこのようなところまでお越しとは…………」
「リオン、これはいったい?」
マノンの姿を見た参列者は、グラントを含めて誰もが動揺を隠せなかった。
それに、彼女を連れてきた当の本人――――リオンも、少々困ったような表情を見せた。
「葬儀の話を聞いて、母がどうしても出席すると強引に…………」
「俺たちも精いっぱい止めたんですがね」
普段は第一王子の護衛を務めている長男のフィリベルも、ややあきれたようなしぐさを見せた。
リーズの実家ストレイシア男爵家は、ここの領主とはそこまで縁がないというのもあるが、何と言ってもリーズは彼らの娘の死因を(かなり間接的にとはいえ)作ったわけで、その葬式にリーズの母親が乗り込むなど、もはや喧嘩を売っているに等しい。
そんなことを知ってか知らずか、相変わらずマイペースなマノンは参列者たちにゆっくりとお辞儀し、緊張感のない笑顔を向けた。
「話は聞いておりますわ。娘が立ち会えない以上、母親である私が慰問に参りました」
(何を考えているんだこの
内心あせるグラントは、どんな理由をつけてマノンにお帰り願おうかと考えていた――――――その時だった。
「あ、あなたは…………」
「むっ!?」
とてもタイミングが悪いことに、娘を亡くして失意に臥せっていた領主夫人がこの場に現れたのだ。
まだ病み上がりなのか、両脇を使用人に支えられながらふらふらとした足取りだったが、マノンの姿を見るや否や、虚ろだった瞳に急激に火がともった。
そして、支えていた使用人の手を振り払うと、まるで鬼のような殺気を纏わせながら、無言でツカツカとマノンの方へ向かってきた。
「ま、待ってください奥様!」
「ここはどうか穏便に!」
周囲は慌ててそれを止めようとするが、マノンはその動きを抑えた。
「いえ、私は大丈夫です。奥様、この度はお悔やみを――――――」
「っ!!!!」
直後――――パシーンと乾いた音が、冬の澄み切った青空に響き渡った。
領主夫人が、マノンの左頬を思い切り平手で打ったのだ。
だれも止めることができなかった。
予測はできたものの、手出しできないほど、その光景はあまりにも強烈だった。
「よくもぬけぬけと顔を見せたものね!! あなたの娘せいで……………あの勇者のせいでっ!! わたしの……私の娘はっっ!!」
「奥様っ! どうか落ち着いてっ!」
「放しなさいっ! 王子も勇者も娘の死に責任を取らないというなら、せめてあなたがっ!!」
「母上!? だ、大丈夫ですか!!??」
「これしき程度、この方が抱えている痛みに比べればどうってことはないですよフィリベル。それに、私の頬を張って気が済むというのなら、私はもう片方の頬も差し出しましょう。ですから、使用人のお二人も、どうか奥様を放してあげてください」
マノンは頬を腫らし、筋が通った美しい形の鼻から赤い雫が一筋たれていたが、その佇まいは堂々としたもので、周囲の人々はただ黙るほかなかった。
使用人たちがあっけにとられて力を抜いた瞬間、領主夫人はお望み通りもう一発打とうと手を挙げたものの―――――途中で自分のやっていることのむなしさに気が付いたのか、糸が切れたように手が止まり……その場に蹲って泣き出してしまった。
(大したものだな…………あれだけ自分に対して憎しみを向けてきた相手に一歩も引かないどころか、身体を張って憎悪の心を止めてしまったぞ。普段は頼りにならない母親だと思っていたが、これほどの胆力を持つ女性はうちの女房くらいだろう…………)
結局のところ、娘がこのような形で家に帰ってしまった責任は、本来の婚約者を差し置いて、第二王子の元に送り出してしまった両親によるところが大きい。
もっとも、あの第二王子相手では断るという選択肢はなかっただろうが…………それでも、若い一人娘を失ったショックで、自分たちの責任を直視することができないでいた母親は、マノンの身体を張った説得で、ようやく落ち着くことができたのだった。
その後、娘の棺に縋りついて泣いていた領主も、落ち着いた夫人からことの顛末を聞いて落ち着きを取り戻し、やる場のない怒りを無関係なリーズに向けてしまったことを改めて謝罪した。
これで領主の一家は、ようやく本当の意味で娘に別れを告げることができるのだろう。
また、参列していた貴族や騎士たちの間にも変化が現れた。
「なんというか…………私たちも反省せねばならないな」
「ああ、俺も恥ずかしながら、今の王国の現状は勇者様が帰ってこないからと心の奥で思っていたが、それは間違いだった」
「ダメになっていたのは私たちの方だったようね。気持ちを改めないと」
王国に漂う不穏な雰囲気を、ここにいないリーズに責を求めることは愚かなことだという認識が、彼らの間に芽生え始めたのだ。
誰もが、勇者リーズを第二王子セザールのストッパーにしようと考えていたからこそ、直接の原因を作っている王族よりも、リーズへの不満になっていたことに、人々がようやく気が付いたのだ。
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