先手必勝
「こんな時に急に付き合わせて済まなかったな。グラントも年末は忙しいだろうに」
「いやなに、こんなことを言っては悪いかもしれないが、息抜きするいい口実ができたともいえる。それに、先ほどの葬儀では君も随分と穏やかだったが、そうは言っても色々と思うところはあるだろう」
「…………ありがたい。やはり持つべきは友人だな」
あの葬儀の後、リーズの母親と別れたグラントは、部下のリオンだけを連れてシャストレ伯爵の屋敷へと馬車を進めていた。
本来であればグラントはすぐに自分の屋敷に戻るつもりであったが、傷心であろう友人のささやかな酒宴の誘いを断る理由はない。
だがこの時グラントは、まさかこの後自身の計画に大きな狂いが生じるなどみじんも思っておらず、すっかり油断していた。腹心のリオンも同行を許されたことも、かえって彼の気を楽にさせたのだろう。
「そろそろマトゥシュ様のお屋敷に…………おや?」
「ん、どうしたリオン」
「いえ……それが、門のわきにある車止めに馬車が何台もあったものですから」
「何台もの馬車が……?」
馬車を操縦するリオンが、来客用の馬車を止めるスペースに何台もの立派な馬車が止まっているのを見た。
そんなバカなと思いながらグラントが窓から顔を出すと、そこには確かにリオンの言う通りの光景が広がっており、グラントは一瞬唖然としてしまった。
「マトゥシュ…………もしや今日は別の来客もあったのではないのか?」
「はっはっは! 驚くのも無理はないな! グラントが前々から会いたいと言っていただろう、今日は偶然にも予定が空いていたらしく、急遽お招きした次第だ」
「そ、そうか…………! しかし、それならそうと言ってくれ、手土産も何も持ってこなかったではないか」
てっきりさしで飲み交わすだけだと思っていたグラントだったが、なんとこの後の酒宴にはグラント以外にも何人か参加者がいるらしい。いや、それだけならまだいいのだが――――――窓の外に見える立派な馬車と、その馬車に書かれている家紋にははっきり見覚えがあった。
(バカな…………なぜランブラン公爵がこのようなところに!? 確かに前々から腹を割って話し合う機会を作りたいとは思っていたが、幾らなんでも急すぎる!)
ランブラン公爵というのは、リシャールの実家であるエライユ公爵家と同様、王国の六大公爵家の一つであり、王国の軍事力の3分の1を担っている派閥の長でもある。
来る時に備えて軍権をできる限り把握しておきたいグラントにとって、ランブラン公爵とその一派を抱え込むことは重要課題の一つであった。
ただ、ランブラン公爵は自身が高齢である故か腰が非常に重く、グラント自身も多忙のため王都と自分の領地以外に足を延ばすことができないため、なかなか会う機会が作れないでいた。それゆえ、色々な伝手を通して確実に面会のスケジュールを練っているところであったが――――――まさかこのような場所で顔を合わせることになるとは思ってもみなかったのだった。
あまりに急な事態だったので、グラントは何の準備もしないまま相対することになってしまい、無意識に予定を狂わせた親友に文句の一つでも言ってやりたいところだった。だが一方で、予定よりも大幅に早くチャンスが訪れたというのもまた事実――――
(はたして、鬼が出るか蛇が出るか…………公爵以外にもそれなりの人数が来ているなら、想定以上の派閥を引き入れられるチャンスでもある。ここは私の腕の見せ所だな)
グラントは即座に気持ちを切り替え、いかにこのチャンスをものにするか考えることにした。
「久しいなグラント。このような時とはいえ、会えてうれしいのう」
「こちらこそ、もう何年もお会いできず恐縮でございます」
「うむうむ、そなたも父親の跡を継いで立派に務めを果たしているし、何よりあの勇者とともに魔神王を打ち取った功績はあまりにも大きい。どれ、今日はその武勇伝をじっくり聞かせてもらうとするかな」
シャストレ伯爵の館の中には、案の定すでに大勢の貴族たちが集まっており、ワイングラスを片手にのんびりと談笑を繰り広げていた。
お目当てのランブラン公爵も、主賓の席でどっしり構えていたが、グラントの姿を見るなりわざわざ立ち上がって彼を出迎えた。爵位的にはグラントのほうが下なのだが、グラント自身も今や勇者リーズとともに魔神王を倒した時の人であり、王国中枢でそれなりの権力をふるっているため、さすがのランブラン公爵も無碍にはできないのだろう。
「マトゥシュ、此度は誠に無念であったな。一度は愛した者があのような目に合うとは…………せっかくこうして集まれたのだ、言いたいことがあればすべて吐き出すといい」
「お気遣い痛み入ります公爵。私自身割り切ったつもりでしたが、やはりまだまだ……」
「うむうむ、今日ここに集まったものはみな口が堅い。安心して楽になってくれ」
グラントがあたりを見渡すと、この場にいる出席者たちはみな軍人ばかりで、よく知っている者もそこまで面識がない者もいるが、基本的に実直そうな面々ばかりだった。
「グラント様、どう見ますこの状況…………」
「ここにいる皆、どうも今の王国や王族の在り方に不満があるようだな。そのような面子が集まるところに招かれたということは、私も同類とみなされているのだろうか」
グラントは集まった人々と続々会話を交わすが、だれもかれも今の王国体制への不満を隠そうともしなかった。
もしグラントが彼らを告発すれば、彼らはたちまち失脚してしまうかもしれないというのに…………逆を返せば、彼らにとってグラントはこのような雰囲気を見せていい相手と認識されているのかもしれない。
グラントにとってこの状況はまさに千載一遇なのだが、状況があまりにもよく出来すぎている。
部下のリオンもそのことを若干不審に思っており、それとなくグラントにあまり深入りしすぎないよう伝えた。
権謀術数はびこる王国貴族社会では、どんな時でも油断は禁物だ。この集まりが、場合によってはグラント自身を罠にかける目的がある可能性すらあるのだから…………
「ううむ、皆何かしら不満を抱えていると見受けられるな。しかし、いくら人の目があまりない場所とはいえあまり滅多なことを口にするものでは…………」
「ははは、何構うことはない。この場には私がいる、部下や仲のいい者を庇うことくらい造作もない。それに、ここだけの話だが…………我々には有力な後ろ盾があるからな」
「有力な後ろ盾?」
確かにランブラン公爵ほどの影響力があれば、派閥内の人物を庇うことなど朝飯前だ。
だが、彼らの後ろにはもっと有力な後ろ盾があるのだという。
(公爵よりも有力というのなら、それは王族しかいないが…………まさか)
グラントは急激に嫌な予感を覚えた。
そしてその予感は、すぐに驚くべき形で的中することになった。
「その後ろ盾とは……私のことだ」
「なっ、ジョルジュ殿下!?」
「ジョルジュ殿下、まさかこのような場所に!?」
なんと、第三王子ジョルジュが宴席に姿を現したのだ。
ランブラン公爵がいるというだけでもありえないのに、まさかの第三王子の登場に度肝を抜かれたグラントとリオンは、慌ててその場に膝をついた。
どうやらグラントは、色々と機先を制されたようだ。
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