年末 Ⅱ

「…………えへへ、すっかり……朝、だねっ」

「楽しかったとはいえ…………まさか、夜が明けるまでなんて」


 白夜の一日の朝、窓からうっすらと朝の陽ざしが照らす頃…………リーズとアーシェラは、踊っていた時に着ていた服のまま、二人そろってベッドの上でぐったりと仰向けになっていた。

 初めて真剣に二人で踊ったのが、リーズとアーシェラにとってあまりにも楽しすぎたのだろう。夜の間中、二人はずっと踊り通しで時間が経つのを完全に忘れていた。

 そして朝になったところで、アーシェラの身体がとうとう限界に達し、リーズもかなり疲れ果ててしまったのだった。

 二人ともしばらくは一歩も歩けないだろうが、その表情は実にすがすがしい。


「ありがと……シェラ。こんなに楽しくて、ずっと続いてほしいと思ったダンスは、初めて…………」

「お礼を言うのは僕の方………ううん、これは、リーズと僕……二人で作り上げた最高の時間なんだ。どっちか一人だったら、こんなことはできなかっただろうね」

「そっかぁ~……えっへへ~♪」


 寝心地の良いベッドに横になったことで、徹夜明けのリーズとアーシェラを睡魔が徐々に蝕んでいくが、二人はまだ語り合い足りないのか、最後の気力を振り絞って、夢にまどろむ寸前で何とか踏みとどまった。

 本来の舞踏会だったら、踊ってすぐにこうしてベッドにだらしなく横たわることはできないのだが、こうして気の置けない夫婦だけであれば、好きなだけ踊って、好きな時に寝ることができる。

 大勢の人を相手に踊るのも時にはいいけれど、やはり好きな人同士で過ごす時間は何物にも代えがたい。


「シェラ…………もし、リーズがこの村に来なくて、ずっと王国で過ごしてたら……今頃リーズは、また大勢の人のために自分を犠牲にするしかなかったかもしれない。それは立派な勇者様なら、当然かもしれないけど…………今はもう、そんなことをするなんて考えられない。これからもずっと、シェラと一緒がいい」

「それはそうだ…………いくらリーズがみんなのことを考えても、王国の人々はリーズに頼ってばかりで、リーズのことをあまり労おうとしなかった。だから僕は、リーズのことをこれからも大切にするから……ね」

「えへへ、シェラはもっと…………リーズのこと頼ってくれてもいいんだからねっ! もうリーズとシェラは「家族」だから…………」

「家族……か。うん、そうだ……僕とリーズは恋人同士だし、もう家族なんだ」


 アーシェラは少し体を横に向けてリーズの方に顔を向けると、リーズは「待ってました」とばかりにコロンと一回転して、横を向くアーシェラの身体にすっぽりと収まると、いつものように顔を胸に埋めて嬉しそうにほおずりした。


「今年一年、本当に色々あったけど…………来年も絶対にシェラと一緒に過ごすからっ! ううん、来年だけじゃなくて、この先ずっと……シェラとリーズの間に「新しい家族」ができてもっ!」

「新しい家族…………リーズとの……それって」

「えへへ……」


 自分で言って少し恥ずかしくなったのか、リーズは顔を赤らめて、より深くアーシェラの胸元に顔を埋めた。

 これほど仲がいい二人なら、きっと遠からぬうちに二人の愛が実を結んで、新しい家族が生まれるかもしれない。

 新しい苦労も増えるとは思うが、そんなことが気にならないくらいにぎやかな家庭になっていくことだろう。


(僕とリーズは家族になったばかり。リーズと結婚したのは、ゴールじゃなくてスタートに過ぎないんだ。これから先、今まで以上に幸せな…………っとと、いけない)


 まだ見ぬ未来……しかし、絶対に幸せになると確信できる未来に想いを馳せたアーシェラは、心地よい思いに浸って思わず眠りそうになったが…………もう少しリーズの顔を見ていたいと思い、何とか踏みとどまった。


「そうだ…………もし、色々なことが落ち着いて、一息つくことが出来たら…………一度山向こうにある母さんのお墓にお参りに行こうと思うんだけど、どうかな?」

「いいねっ! シェラのお母さんに、リーズがシェラと結婚したことを報告しなきゃね」

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ…………。でも、僕もそういえばまだリーズのお父さんとお母さんに挨拶してなかったなぁ。リーズの家はそれなりに立派なところらしいけど、何言われるかな?」

「リーズのお父さんとお母さん…………う~ん、たぶんどっちも、リーズのことはどうでもいいやって思ってるかもしれない」

「え?」

「ううん、なんでもないっ! リーズの両親も、そこまで怖くないから安心していいよっ! もしなんか変なことを言っても、絶対リーズが守ってあげるからっ!」

「そっか…………」


 リーズは自分の両親の話を、なんとなく誤魔化すように語ったのが、アーシェラにはやや気にかかった。

 アーシェラはリーズの両親がどんな人物かをほとんど知らないので、幼少の頃のリーズとどんな確執があるのかは今の段階では察することも叶わない。


(ただ……ずっと前から思っていたけれど、リーズは親からほとんど育児放棄されて育ったのは間違いない。僕と出会った頃から、リーズは僕を親の代わりと思うくらい愛情に飢えていた。けど、いくつか調べた限りだと、そこまでひどい人という印象はないのに…………う~ん)


 だがアーシェラは、リーズの家族がまだ王都に住んでいることを知っている。

 そして、リーズは実の家族にそこまで情がないように見えるが、いざという時に人質などに取られるなどして、リーズが困ってしまうかもしれない。

 たとえどんなロクデナシとはいえ、親は親だ。彼らを助けるためにも、アーシェラは事前にいくつか手を打っていた。


(ロジオンやマリヤンが………うまくやってくれるといいけれど…………)


「それよりもね、シェラ! リーズは…………あれ? シェラ、寝ちゃった?」


 アーシェラは色々と頭の中で考えているうちに、抱きしめているリーズの温かさと心地よさも手伝って、ついに意識を手放して、安らかな寝息を立て始めた。


「シェラ……えへへ、シェラの寝顔を見るの、久しぶりかも…………♪ このまま寝ちゃうと風邪をひいちゃうから、ちゃんと毛布を掛けて………っと、これでよしっ」


 話しているうちに寝落ちしてしまったアーシェラを、リーズはまるで母が子にするように、優しく毛布と羽毛布団を上からかけてあげた。

 つい数か月前までは、親の代わりのようにすら思っていたのに、今の状況はまるで自分の方が親みたいだと思ったリーズは――――安らかな顔で眠るアーシェラの顔を、自分の豊かな胸でふわりと包み込んで、まるで子供を守るように抱きしめたのだった。


「おやすみなさい……大好きなシェラ。もしリーズが先に起きたら、シェラのためにおいしい朝ご飯を作ってあげるからね♪」


 そう言ってリーズは、まどろむ意識の中に残る最後の力を振り絞って、アーシェラの唇に自らの唇を重ね―――――そのままゆっくりと目を閉じた。



 一年の終わりと、一年の始まりのはざまにある一日―――――「白夜の一日」は、どの地方でも家族水入らずで過ごすことが習わしとなっている。

 開拓村でも、新しい年の初めを祝う宴会を行うことがすでに決定しているが、今日この日はみんなで家の中で家族と一緒に過ごしていた。

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