年末

 その頃、村の見張り台の上では、仕事熱心(?)なアイリーンがリーズとアーシェラの家がある方を向いたままじっと目を光らせていた。

 するとそこに、珍しく来客が現れた。

ブロスとユリシーヌの夫婦だ。


「ヤァアイリーン、ヤアァアイリーン! お仕事中だったかな?」

「そんなに身を乗り出して、あなたはいったい何を見ているのかしら」

「ごめんね~、二人とも。今いいところだから~」

「何がいいところなのよ…………アイリーン、まさか毎晩こんなことをしてるんじゃないでしょうね」

「ノーコメント~」


 いつもたった一人で仕事をしているアイリーンを労おうと訪れたブロス夫妻だったが、当の本人は村長夫妻のプライバシー侵害にのめりこんでいた。

 せっかく寂しくないだろうかと思って、夜遅くなのに外出したユリシーヌは、若干損した気分であった。


「まあまあ、君ならそんなに身を乗り出さなくても見えるでしょ。ヤッハッハ! それよりもアイリーン、今年一年お疲れ様。これ、少ないかもしれないけどとっておきの保存食と、アイリーンが好きなイチゴのお酒」

「んっふふ~、ありがと~。私は夜しか起きられないけど、なんだなんだいってちょっと寂しかったの~。去年まで一人仲間だった村長も、リーズさんとラブラブになっちゃったし~」

「本当なら見張りは交代制にすべきなのでしょうけど…………私もあなたには感謝してるの。おかげで私は私の仕事に集中できるわ」


 体質的に夜の間しか起きていられないアイリーンは、これまでも、そしてこれから先も、人が増えない限りずっと一人で仕事をしなければならないだろう。

 アイリーン本人はのんきなもので、ただ侵入者がいないかどうか見張っていればいいだけの楽な仕事ととらえている(ついでに他人の生活見放題)が、やはり時々寂しく思ってはいるようだ。

 そんな中、ブロスとユリシーヌがご馳走をもってきて仕事を労ってくれたのは、アイリーンにとっても非常にありがたかった。

 好物のイチゴの果実酒と、ストレコルヴォ肉入りのスープ、それに刻んだ唐辛子を和えたかぼちゃのサラダなど、冬の屋外で冷える体を芯から温めてくれるものが勢ぞろい。特に、黒い肉団子がゴロゴロと入っているスープは、見た目こそなかなか強烈だが、アーシェラが考案したレシピに則って作られているので、味の方はお墨付きだ。


 夜風が冷たい見張り台の上では、体を温めるものは身に纏うモコモコの防寒コートと、木炭で熱を発する術道具しかないが、熱々のスープを肉と共にかきこみ、それを追うように温まったイチゴ酒を飲めば、体の内側から具っと温かくなってくる。


「はぁ~……あたたまるぅ~♪」

「ヤッハッハ、最近フリッツ君が頑張ってくれたおかげでいろいろと便利になったよ。このスープが入ってるお鍋も、保温ができるようになんと二重構造になって、隙間にお湯が入るようになってるんだよ!」

「その代わり…………余分に重いし、取手以外を持つとすごく熱いから、持ち運ぶのはちょっと手間なのよね。でも、こうしてアイリーンに温かいスープをそのまま食べてもらえるなら、作ってもらった甲斐があったわ」

「へぇ~、このお鍋やけに分厚いと思ったら~、そんな構造になってたのね~。あの子は本当に多才よね~。私がこうして温まってる持ち運び型暖炉も、フリッツ君が作ってくれたものだし」


 確かにアイリーンの仕事はいつも一人だが、そんな彼女の仕事はいろんなところで村人からちゃんと支えてもらっている。

 今彼女が纏っているコートは、去年イングリッド姉妹に作ってもらったものだし、冬の間になくてはならない術式暖房器具はフリッツのお手製だ。それに、アーシェラも冬に温まれる料理のレシピを色々考案し、時には差し入れてくれることもある。

 それに、彼女も気分がすぐれないことがあるが、そういったときにはブロス夫妻が代わりに仕事を担ってくれるのである。


「ねぇ、二人とも。暖かくなったと言えば~…………この村の雰囲気も、前に比べると随分と変わったと思わない~?」

「ヤァ、それはやっぱり、リーズさんが来たことかな?」

「うんうん。なんていうか~……リーズさんが来るまでは、私たちの中に………なんていうか、諦めムードみたいなのがあったと思うの~」

「諦めムード……?」

「私もそのムードを作ってた一人だから、偉そうなことは言えないけど~、リーズさんが来るまでは、特に理由もなく生きていればそれでいいや~って、みんな思ってた気がするの~。特に村長なんて、やることはきっちりとやるけれど、もう何のために生きてるのかよくわからない~って感じで~」

「言われてみれば……そうね。私も、ブロスと一緒に生活できればそれでいいって思ってたかもしれない」


 夜の間、ずっと一人で村を見守ってきたアイリーンは、リーズがこの村に来てからの大きな変わりようが手に取るようにわかるのだろう。

 リーズが来る前まで村人全員が落ち込んでいた――――という訳ではなかったのだが、少なくとも今のように、将来的には一つの国を復興しようなどという壮大な目標はなかったし、自分たちが日々を平穏に生きればそれでいいという、ある種の「諦め」が支配していたように思える。


「私もよく一人で寂しくないか~なんて言われるけど、私から見れば、村長の方が~もっと寂しそうだった。家の中で一人で料理してる姿が、特に寂しく思えて~……でも、私じゃあどうにもできないし~、村長の心を埋めてくれる人がいたらって………ずっと思ってたわ」

「それに、村長がやる気を出してくれたことで、私たちも俄然やる気になったよね! フィリルちゃんも来てくれて、この村もますますにぎやかになったし、このところ毎日が楽しくて仕方ないよ! ねぇゆりしー!」

「まあ、それには私も同意するわ。なんだかんだ言って、リーズさんが来てから私も随分と働いた気がするわ。でも……こんな私でも、ひっそりと隠れるように過ごすんじゃなくて、よりよい未来のために頑張ることができるのは、幸せなことだと思う」


 リーズがこの村まで来てくれたことで人生が変わったのはアーシェラだけではなかった。

 この開拓村に住む人々は、強大な権力に反旗を翻してでも、愛する人と生きる道を貫いたリーズに少なからず感銘を受けた。

 一度は終わってしまったかのように思われた夢を、決してあきらめることなく行動したリーズに、村長であるアーシェラは勇気をもらい、その想いは村人たちにも伝播した。

 少なくとも、リーズが来なければ新入り二人を村に受け入れることはなかっただろうし、村を離れて大規模な探索を行うこともなかっただろう。


「それにほら、リーズさんのあの幸せそうな顔~♪ ダンスする足の動きも、すごく嬉しそう! あ、今ちゅーした~っ! ちゅ~したよ~っ!」

「ヤハハ……ほらって言われても、私たちには何も見えないんだけど…………」

「あのねぇ………実況しなくてもいいのよ」


 そして、毎晩幸せいっぱいの夫婦生活は、こうしてアイリーンにガン見されているのであった。

 リーズが村に来たことでアイリーンが受けた恩恵の中で、ある意味一番大きいのがこれなのかもしれないが…………あまりいい趣味とは言えないが、たった一人で過酷な見張りを任せている以上、あまり表立って窘められないのが困りものであった。


(まあ、村長夫妻の方を見てくれれば、私たちはしばらく安全かな? ヤッハッハ!)

(この子の力を初めて聞いた時は、ちょっと気味が悪かったけど…………この子がいるから、しっかり休めるのもまた事実。リーズさんと村長には、暫くモチベーションの元になってもらいましょう)


 人の家の中を特殊能力で覗いて、興奮しながらイチゴ酒をぐびぐびと飲むアイリーン。

 酒に酔っているのか、家の中で行われている濃厚な愛情の儀式に酔っているかは定かではないが――――ブロス夫妻は、お互いに顔を見合わせて、自分たちに害が及ばないならいいかと頷き合った。


「アイリーン……村長たちの方を見るのもいいけど、少しは目の前にいる私たちとも話さない?」

「ヤッハッハ! あんまり変なことしてると、村長に言いつけちゃうゾ」

「むぅ~、村長に言いつけられるのは~…………今更なような気がしなくもないけど、まあ今はこうしてお友達が来てたから~、夜が明けるまでいっぱいお話しましょ~」


 いつもは静かな夜の開拓村で、この日は夜が明けるまで3人の陽気な談笑が続いた。

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