―古狼の月26日― 私と踊ってくれますか?
茶会 Ⅱ
古狼の月もあと3日で終わり、そしてなにより――――1年の終わりまであと4日となったこの日、開拓村では今年最後のお茶会が行われることとなり、女性男性はそれぞれ村長の家とブロス夫妻の家に分かれて集まっていた。
リーズとアーシェラが結婚する前に行われたお茶会と言う名の女子会(と男子会)は、最後の一歩を踏み出せなかった二人を後押しするための重要な集まりだった。だが、結婚した後もこうして月に一度は女子のみ、あるいは男子のみの集まりが開かれているのは、やはり異性がいると話せないということが、少なからずあるのだろう。
「おっじゃましまーすっ!」
「お邪魔するわ、リーズさん」
「フィリルちゃん! ゆりしーっ! 来てくれてありがとーっ! えっへへ~、今日もおいしいお菓子をたっぷり用意したから、楽しみにしててね! えっへへへ~♪」
「ほんとですかっ! 確かにもう香ばしい匂いが漂ってますね、センパイっ!」
「くすっ……食べ過ぎないようにするのよ?」
リーズの家に一番最初にやってきたのは、距離的に一番遠いはずのユリシーヌとフィリルだった。
常に早め早めで行動する猟師一家の二人は、こんな時でもとても行動が早い。
リーズがニコニコの笑顔で二人を出迎えると、扉を開けた瞬間からすでに、いい感じに焼かれた小麦粉と砂糖のにおいが混じった心地よい香りがふんわりと広がる。
女の子の心をくすぐる夢心地な香りに、フィリルはもとよりユリシーヌも思わず口角を上げてしまう。
二人がそれぞれ席について、自宅から持ってきたものを広げようとしたとき、すぐに次の来客がやってきた。
「邪魔するぞ、リーズさん。私が一番乗り……というわけではなさそうだな」
「レスカさん! リーズの家にようこそっ! 来てくれてありがとーっ!」
「ふっ、リーズさんも完全にこの家に馴染んだものだな。夫婦生活が上手くいっている何よりの証拠だな」
「えっへへ~♪」
ユリシーヌたちの次にやってきたレスカは、扉を開けて出迎えてくれたリーズを見て、すっかりこの家の住人として馴染んでいるなと改めて感じたようだった。
たった数か月前までは殆どお客さんのような立ち位置だったのに、もうすっかり「迎える側」になっているのはなかなか感慨深いものがある。
「リーズお姉ちゃーん! こんにちはーっ!」
「あらあら、私たちが最後ですか。ごきげんようリーズさん、それに皆さんも」
「ミーナちゃんもミルカさんも! みんなこんなに早く来てくれるなんて嬉しいなっ!」
レスカが来てしばらくもしないうちに、おしゃれをして少し遅くなったイングリット姉妹も揃った。
二人は以前の女子会の時に来ていたドレスに身を包み、きちんとお化粧までするという念の入ように、ユリシーヌやレスカたちも、もうちょっといい服が欲しくなってきたようだった。
「あれ? マリーシアちゃんは?」
「もちろん来ていますわ。ほら、遠慮しないで入ってらっしゃい」
「…………お邪魔します、リーズ様」
「いらっしゃーいマリーシアちゃんっ! えっへへへ~、マリーシアちゃんは絶対来てくれるってリーズも信じてたよっ! お祈りしてて寒かったでしょ! 今日はいっぱい楽しんでいってね♪」
「あ、あううぅ…………」
そして最後に、イングリット姉妹にほとんど無理やり連れてこられた、新入りの神官マリーシアが遠慮がちに入ってくる。
まだ自分のことを部外者だと思っているマリーシアは、村人たちの集まりに顔を出すのは失礼なのではと考えて遠慮していたのだが、そんなことするとかえってリーズが悲しむと感じたミーナが、彼女の手を引っ張って連れてきたのであった。
マリーシアが来てくれたことがよほどうれしかったのか、リーズは困惑するマリーシアの手を取って嬉しそうに席へと案内していた。とはいえ、リーズのテンションがいつにもまして高いのは、それだけが理由と言うわけではなさそうだ。
「ふふふ、リーズさんってば何かいいことでもあったのですか? 今日はずいぶんとご機嫌に見えますわ」
「わかるの、ミルカさん? えっへへ~、そうなの! 昨日シェラがね…………あ、そうだ! お話しする前に、全員揃ったから先にお茶淹れなきゃっ!」
「そう言われると余計気になるわ。お茶は私が淹れてくるから、リーズさんは続きを…………」
「だめだよゆりしーっ! これはリーズのお仕事だし、お茶会のマナーなんだからっ♪ すぐに用意するから待っててねっ!」
何やらアーシェラ絡みで嬉しいことがあった様子のリーズだが、そのことを話す前に、ホストであるリーズは参加者に出すお茶を用意しなくてはならない。
話の内容が気になるユリシーヌは、代わりに自分がやろうかと提案するものの、リーズはせっかくもてなす側に回った楽しみを存分に満喫したいようで、ユリシーヌを席にとどめて、軽やかな足取りで台所に行ってしまった。
「村長……また何か魔法を使ったのか?」
「リーズの幸せの頂点はどこにあるのかしら」
ついこの前は、リーズはアーシェラと二人っきりでピクニックに出かけ、大自然の中で心行くまで愛し合ってきたばかりだ。
ほくほく顔で帰ってきたリーズから聞かされた、ローヤルゼリーに濃縮岩砂糖を混ぜ込んだかのような惚気話は、ミーナやレスカの頭を沸騰させ、ユリシーヌの目をギンギンにさせたが、間髪入れずに次の惚気話が生まれるとは、流石に誰も予想していなかった。
なので、アーシェラがまた何かやったのかと、気になって仕方がないのも無理はない。ましてや
「むぅ……あの村長さんは、また何かリーズ様を誑かしたのですか?」
「まあまあ、たぶらかすって言っても、リーズお姉ちゃんと村長さんは夫婦なんだし」
「だとしても、親しき中にも礼儀ありと言いますし、せめて勇者様らしく慎みをですね…………」
「こーら、マリーシアちゃん! この村のお茶会で堅苦しい話はマナー違反だよっ! あと、リーズのことなら構わないけど、シェラのことを悪く言ったら、リーズは怒るからねっ♪」
「ご、ごめんなさいっ!」
一方でマリーシアは、初めの頃よりはましになったとはいえ、まだまだ堅物気分が抜けていないようだった。こんな時でも一々水を差す言葉を口にしてしまうのは、もはや癖のようなものだが…………女子たちはすでにマリーシアの扱い方に慣れつつあるようだ。
特にリーズは、最近「アーシェラ流の怒り方」を少し身に着けたらしく、笑顔のままマリーシアを叱るという高度なことをやってのけるようになった。
「よろしいっ! マリーシアちゃんも真面目なのは悪くないけど、この村にいるときくらいはゆっくり羽を伸ばしてねっ! このお茶も、ジンジャーが入ってるから、体も心もポカポカしてくるよっ! このクッキーとタルトもシェラとリーズで一緒に焼いたものだから、どんどん食べてねっ!」
「ジンジャーティーね。蜂蜜の付け合わせは定番だけど、リンゴの欠片が付いているのは珍しい」
「定番といえばレモンですが、リンゴは試したことありませんでしたわ」
リーズが客人たちに振る舞ったのは、普段使いの茶葉のブレンドに
そのまま飲むとジンジャーの味と香りがそれなりにダイレクトに来るため、極端な味が苦手な場合は付け合わせのジャムや蜂蜜、スライスレモンなどで味を調えるのだが、スライスレモンの代わりにリンゴの欠片を使うというのが、発案者アーシェラの遊び心を感じる。
「どう? おいしい? おいしいよねっ! それじゃあさっそく、昨日の夜にあったことを話していい?」
「なんだかんだ言って、リーズ様も話したくてうずうずしてたんですねっ! あたしもめっちゃ気になりますっ!」
「蜂蜜は少し控えめにしておこうかしら」
うきうき気分のリーズは、お茶を入れ終わるや否や、早速自分の恋愛話にシフトし始めた。
マリーシアは自重しろと言っていたが、なんだかんだ言ってリーズも準備の間はきちんと自重していたようだ。それでも、やはり内心ではみんなに話したくてたまらなかったらしく、お茶の感想を聞くのもそこそこに、早速本題に突入したのであった。
そんな嬉しそうなリーズを見て、ミーナとフィリルの年少組は目を輝かせたが、ユリシーヌやレスカ、それにミルカの年長組は、お茶に入れる蜂蜜をこっそり最小限にとどめていたのだった。
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