懇願
きっかけは、前日の夕食にさかのぼる。
この日も、リーズとアーシェラはいつも通り仲良く食事をしていたのだが、突然アーシェラがこんなことを言い始めた。
「ねぇリーズ……君に、どうしても教えてもらいたいことが一つあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
「リーズに教えてほしいこと!? シェラが!? うんうんっ! いいよ、リーズに出来ることなら何でも聞いてほしいなっ!」
かなり物知りなアーシェラが、リーズに「教えてほしい」というのは比較的珍しいパターンである。
それゆえか、リーズはたちまち目を輝かせて、まだ内容も聞いていないのに、お願いを聞く気満々になっていた。
「実はね、リーズに教えてもらいたいのは…………その、ダンスなんだ」
「ダンス……?」
「ほら、貴族とかがよくパーティーや舞踏会で、楽団の演奏に合わせて踊ったりするよね。せっかくリーズと結婚して初めて『白夜の一日』を過ごすから……リーズと一緒に、ちゃんとしたダンスをしてみたいんだ。どうかな?」
「シェラが、リーズと踊りたい…………嬉しいっ♪ シェラ大好きっ!」
アーシェラから面と向かって「一緒に踊りたい」と言われたリーズは、まるで改めて告白をされたかのような気分になり、頬をあっという間に真っ赤に染めて、隣に座るアーシェラに抱き着いた。
彼の言う『白夜の一日』とは、一年の最後の月である「古狼の月」と一年の始まりの月である「騎士の月」の間にある、どの月にも属さない一日のことだ。
世間一般において、この日は年末と年始両方の意味を持っており、一部を除いてすべての仕事は休みとなり、一日中家族と一緒に過ごすこととされている。
そんな特別な日にの過ごし方として比較的ポピュラーなのが、家族あるいは近しい仲間たちと一緒に歌って踊りながら過ごすことで、王国でも貴族たちはこの日一日を盛大な舞踏会を楽しむのである。
「あはは……恥ずかしいけど、2年前にちょっとだけ勉強して、そのあとずっと踊る機会なんてなかったから、すっかり忘れちゃったんだ。だから、当日にリーズとちゃんと踊れるように、練習をしておきたいんだ」
「えっへへ~、お安い御用だよシェラっ! この後すぐに、リーズが手取り足取り教えてあげるからねっ!」
といった具合に、リーズは急遽『白夜の一日』になる前に、アーシェラに社交ダンスのやり方を教えることになったのである。
そのことを、両手で頬杖を突きながらお茶会のメンバーに話すリーズの顔は、結婚したばかりなのに恋する乙女そのものだった。
「昨日はシェラに踊り方の基本を教えるのに夢中になって、
「あらあら、社交ダンスですか……お二人が躍られる姿は、さぞかし美しいでしょうね」
「しかし、村長も全く知らない分野があるんだな。あの人は、何でもこなせるイメージがあるのだが」
「私たち平民には、一生縁がなくて当たり前だもの。…………でも、一緒に踊るというのは、悪くないのかも」
彼女たちの言う通り、このような辺鄙な開拓村にいては社交ダンスをする機会などあるはずもなく、途中から加わったリーズとマリーシアを除けば、ダンスの知識があるのはミルカとレスカくらいだろう。
とはいえ、ダンスに全く興味がないかといえばそうでもなく、生まれてこの方「踊る」ということをほとんどしたことがないユリシーヌは、自分の夫……ブロスと踊れるのなら少し楽しそうだとも思い始めた。
「私も、リーズおねえちゃんと村長さんが躍るのを見て見たいな!」
「社交ダンス……あたしはそーゆーものがあるって、初めて知ったんですけど」
「社交ダンスを…………知らない!? では、舞踏会なども……?」
「
「フィリル、あなたの思ってるのは絶対に違うわ」
その一方で、フィリルのようなド田舎出身の人物だと、そもそも社交ダンスの存在自体知らないこともある。彼女のような辺境の一般人だと「踊る」というのは、村の祝祭で気ままに歌い踊るイメージが強いのだろう。
逆に、マリーシアはダンスといえばワルツやポロネーズなど、貴族同士の交流の場で披露するもの一択であり、フィリルのあまりの世間知らずさに愕然としたが…………すぐに自分も似たようなものだということに思い当たり、押し黙った。
彼女も、最近のあれこれで、少しは自分を見つめなおすことにしたのだろう。
「それで、リーズさんは村長さんにどんなことを教えているのですか?」
「うん、シェラも昔少しだけ勉強したことが合ったみたいだから、それを思い出せるようにまずはステップから確かめてみたの。えへへ……シェラはほかの人と踊るのは、リーズが初めてみたいだったから、ちょっとぎこちなかったけど、短い時間ですごく上達してたっ! それでねっ、リーズがシェラに初めて一緒に踊ったけどすっごく上手いねっ、って褒めたらシェラが「リーズは一番よく知ってる人だから、自然と動きを合わせられるんだ」なーんて言われちゃった♪ もう嬉しくて嬉しくてっ!」
「それは……楽しそうで何よりね」
「あ……あの、リーズ様。せめて、あまり破廉恥な話は控えていただきたいのですが…………」
その後もとめどなく語られる、踊りの練習なのか惚気なのかよくわからない甘ったるい話は、その手の話に免疫が全くないマリーシアをオーバーヒートさせてしまった。
と、そんな時、フィリルの口から何気なくこんな一言が飛び出した。
「あれ? でも、リーズさんが村長さんに踊りを教えるってことは、リーズさんは誰から踊りを教わったんですか? リーズさんが初めて一緒に踊った人って、いったいどんな人なんだろう…………って、あれ? あたしなんか変なこと言っちゃいました!?」
今まで甘ったるかった空気が、急にピシッと止まり、一同の何とも言えない視線がフィリルに突き刺さった。
「まさか、この場でそれを話題にするなんて」
「確かにそうといえばそうだが……かといってなぁ」
あまりにも空気が読めない発言に、保護者であるユリシーヌは呆れかえり、レスカも「おいおい」と首を静かに振った。
「やっぱり……気になるよね。フィリルちゃんの言う通り、リーズは社交ダンスを王国で習ったから、初めて一緒に踊った人も、王国の人なの。しかも、みんながよーく知ってる人…………誰だかわかるかな?」
「えと……その、なんでしょう?」
さっきまでノリノリだったリーズの口調が、急に冷めていくのを感じて、フィリルはようやく自分がとんでもない失言をしたことに気が付いた。
それもそうだ、人間にとって「初めて」とはたとえどんなことでも印象深いことであり、ましてや初めて一緒に踊ったのはアーシェラじゃないとなると、この話題は完全にリーズの地雷そのものだ。
リースだって、出来れば初めてのダンスをアーシェラと一緒に踊りたかっただろうが、それも叶わないことがある。
(我らのよく知る人物、だと………!?)
(王国の人で、なおかつ私たちがよく知る人物は……)
(そんな、リーズおねえちゃん、まさか!)
「私が当ててみましょうか。ロザリンデさんですね♪」
「ミルカさん正解っ! リーズに王国の作法についていろいろ教えてくれたロザリンデが、リーズの初めての踊りの相手だったんだ! えへへ、エノーにもちょっと悪いことしちゃったかな?」
「そ、そうだったのですねっ! ロザリンデ様が初めてのお相手だなんて、とても羨ましいです……」
ほかのメンバーがよからぬ想像をする中、ミルカは冷静に正解を言い当てた。
なんのことはない、リーズに王国貴族社会のことを教え込んだのは聖女ロザリンデであり、そういった王国の行事関係の初めての相手は、すべてロザリンデが行っていたのである。
それを聞いたミルカ以外の女性たちは、心の中で安堵のため息をついた。
言われてみれば、フィリルが知っている王国出身の人間は、ロザリンデかエノーのどちらかしかない。
「んっふっふ~、ちょっと意地悪しちゃったかな? でもね、ちょっとここからは真剣な話なんだけど、シェラにダンスを教えることで、少し気になってるところがあるの」
「気になっているところ、ですか。私とレスカさんなら、もしかしたら相談に乗れるかもしれませんが」
話の雰囲気が変わったついでなのか、リーズはアーシェラに踊りを教えるにあたって、悩んでいることがあるようだ。
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