露天

「じゃあリーズ、お湯を入れるよ」

「いいよー、シェラー」


 作業を続けること数時間、即席の露天風呂はついに完成した。

 アーシェラが仕切り板を上げると、冷ますために貯めていたお湯が水路を伝って円形の穴へと流れ込む。

 人が4人くらい入りそうなすり鉢状の穴は、底に倒木から切り出した板を沈め、周囲にいい具合に大きな石を配置しており、簡易ながらも手を抜かない立派な浴槽となっていた。

 そこにお湯が流し込まれ、ある程度溜まれば……………準備は完了だ。


「うん……いい湯加減♪」

「ちょうどよく冷めたようだね。あれだけ熱かったのに、これなら長く入っていられそうだ」

「えへへ♪ それじゃあ早速っ!」

「あっ、ちょっとリーズ!?」


 汗をたくさんかいてもう待ちきれなかったリーズは、すぐにアーシェラの来ている服を脱がしにかかった。

 何の躊躇もなく脱がしに来るものだから、アーシェラも大いに慌てて顔を真っ赤にしたが、リーズにとってはそんな事お構いなし。

 そのあと少しすったもんだあったものの、二人は来ている服を脱いでようやく肩まで湯に漬かった。


『はあぁぁぁぁぁぁ~~~~』


 リーズとアーシェラは、ほとんど同時に気持ちよさそうな声を漏らした。

 そのことがなんだかおかしくて、お互いに顔を見合わせてくすっと笑った。


 先ほどまで風呂工事と言う名の運動をしていたせいで、服の中でしっかりと汗をかいていた身体が、お湯に漬かることで急速に癒されていくのを感じる。

 お湯はまだ少し熱いくらいだが、それが却って冷えている体の一部にまんべんなく染みわたり、

まるで凍っていたのが溶けていくような心地よさを感じる。

 家の中ではなく野外で、このような天国に出会えたことに、二人は心の底から感謝した。


「あー……いいお湯だぁ。一生懸命作った甲斐があったねリーズ」

「うんっ! しかもこのお湯って石灰質なのかな、白いけどなんだかお肌がすべすべになってくる気がする」

「どれどれ、ああ本当だ…………いつもよりすべすべしてる」

「もう、シェラってば、リーズのお肌で確かめるなんてっ♪ えへへ、リーズのお肌奇麗になってる? もっと触っていいよ」


 リーズの言う通り、ここのお湯には石灰成分が豊富に含まれているせいか、お湯が白く濁って浸かっている体が見えないほどだ。

その泉質は現代的に言えば弱アルカリ性であり、癖がなく刺激が強くないため、肌に優しい。

 触っていると気持ちよくなるほどもちもちしたリーズの肌が、さらに美しくすべすべになったことで、普段真面目なアーシェラも思わず吸い付いてしまいたい衝動に駆られるほどだった。そして、そんな自分にますます惹かれいくアーシェラが、リーズにはとってもいとおしく感じ、もっと全身を触ってほしいとねだった。


「ねぇ、シェラ。ここからだと、昨日歩きながら見た景色が、もっときれいに見えない?」

「あ………本当だ。僕たちが歩いてきた平原と、昨日寝泊まりした森が下に見えるね。そしてすぐ後ろには聳え立つ山…………か。いつか村のみんなにも、この景色を見せてあげたいものだ」

「うんうん、このお湯で疲れが吹き飛んで、お肌も癒されるから、言うことなしだよっ!」


 しばらくいちゃつきあっていた二人が落ち着くと、リーズは改めて風呂の外に広がる景色を見渡した。

 二人が昨日読んだ宿帳には、金羊毛の宿の外から見える景色の自慢がいくつか書かれていたが、実際に露天風呂から当時と同じ方を見て見ると、宿屋が自慢する理由もよくわかる。

 客にこのような景色を見せてあげられるのならば、少しくらい高いお金を払おうとも、満足してくれるに違いない。


 今は二人きりの温泉だが、いずれは村人たちの力を借りて、この辺りに村の保養施設を作るのも悪くないかもしれない。

 暑い夏も、寒い冬も、花が咲く春も、広葉樹が燃える秋も、一年中景色を楽しむことができるだろう。


「ゆりしーはよく探索でお肌が荒れて困ってるみたいだから、きっと喜ぶと思うなっ!」

「デギムスさんやディーターさんが最近肩がこるって言ってたね。もしかしたら具合がよくなるかもしれない」

「フィリルちゃんとか外のお風呂とか好きそうだよね! ツィーテンは外での水浴びが好きだったし!」

「あはは、あれには僕たち男子はちょっと困ったなぁ……。あぁ、なんか、今からでも仲間を呼びたい気分だよ」


 こんなところで仲間たちがどう喜ぶのかが自然に話題になるこの二人は、やはり根っからの仲間思いなのだろう。

 二人だけの秘密もいいけれど、やはり楽しいことは最終的に大勢で共有したくなるものだ。

 特にアーシェラは、既にこのあたり一帯の温泉を、将来どんなことに役立てようかと、様々な案を巡らせ始めている。ロジオンに一声かけて計画を練れば、村の発展と旧街道の復活、新しいリゾート地の再生など、頭上の空論ではあるが、出来そうなことが山ほど思い浮かんでくる。

 楽しそうに思考を巡らせるアーシェラを見ていると、リーズまで「シェラがどんなことをしてくれるんだろう」と考えてワクワクしてしまう。


 と、ここでふと、リーズはあることを思い出した。


「そういえばシェラは…………ここから見る景色、怖くないの?」

「あぁ、そうか……ここって僕が苦手な崖の上だったね」


 そう、昔のアーシェラなら、今露天風呂がある場所は足が震えて立てなくなるようなところだ。

 にもかかわらず、アーシェラはノリノリで浴槽を作っていたし、今もこうしてリーズと一緒に落ち着いて入浴している。

 リーズは、てっきりアーシェラに嫌なことを思い出させてしまったかと思ってしまったが、

アーシェラは全く気にしていないと言って、リーズの頭を撫でてあげた。


「怖いと言えば、怖いのかもしれない。今ここでがけ崩れが起きれば、この露天風呂は壊れてしまうかもしれない。けれども…………リーズが隣にいてくれるなら、少なくとも僕は安心できる。きっとリーズが助けてくれるって。ちょっと厚かましいかもしれないけれど、僕がこうしてのんびり景色を見ていられるのも、リーズのことを信じているからだ」

「……っ! シェラぁっ♪」


 アーシェラが今この場で恐怖を感じていないのは、リーズのそばにいる安心感が、本能的な恐怖に勝っているからだろう。そして、アーシェラがそこまでリーズのことを信頼してくれることが、彼女にとってはものすごくうれしかった。


「いつか高い所が怖くなくなる日が来ても、リーズがいなかったら、きっとまた元の僕に戻ってしまうかもしれない。だから…………リーズ、これからもずっと一緒にいてね」

「当たり前だよシェラっ! リーズはもうシェラなしだと生きていけないんだからねっ♪」


 お互いがいなければ生きていけない……それはとある一面から見れば、弱くなったと見えるかもしれない。けれども、今の二人はお互いがいればどこまでも無敵になれる強さがある。

 大自然の中で、お互いの肌を感じながら、のんびりと二人の世界を堪能する―――――二人で得た贅沢な時間は、いつまでもお互いの心に残り続けることだろう。

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