温泉

 轟音とともに、二人の上から降りかかってきたのは―――――熱湯の飛沫だった!

 リーズがとっさにアーシェラをかばうように上から覆いかぶさり、そのリーズが厚めの防寒着を着用していたおかげか被害はほとんどなかったが、飛び散った熱湯の一部は手の甲などの素肌に当たってしまった。


『あっつっ!!??』


 リーズとアーシェラは揃って悲鳴を上げた。

 だが、反射的に岩から手を離さなかったのは流石と言ったところか。


「だ、大丈夫リーズ!? 火傷してない!?」

「うん……コートのおかげで平気だよっ! シェラこそ、足元は大丈夫!?」

「あ、あぁ……何とか足は踏み外さなかった」


 てっきり土砂崩れが起きたのかと危機感を募らせていたリーズだったが、すぐに降ってきたものがお湯であることがわかると、ほっと安心した。

 これがもし土砂崩れだったら、問答無用でアーシェラの体を担いで崖を逃げなければならず、彼に怖い思いをさせてしまうところだった。大好きな人には、出来る限り怖い思いをさせたくないから……。


「それにしても…………お湯が降ってきたということは」

「もしかしてっ!!」


 そう、お湯が降ってきたということは、このすぐ上で温泉が湧いているということに他ならない。

 意気揚々と急斜面を登ったところで二人が見たのは…………少し大きなくぼみいっぱいに広がる真っ白なお湯と、その真ん中から空に向かって勢いよく吹き上がる、一本の湯柱だった。


「こんなところに間欠泉が…………」

「わあああぁぁ、すごいっ!! お湯が吹きあがって、虹ができてるっ!」


 大地から湧き上がる自然の噴水――――その迫力と美しさに、二人は思わずその場に立ち尽くし、大いに感動した。

 3階建ての建物と同じくらいの高さまで吹き上がる間欠泉は、冷たい空気を押しのけて濛々と湯気を発しており、飛散したお湯のしずくが地上に虹をかけている。そのダイナミックな光景は、絵に書き写して残しておきたいと思えるほどだった。


「えへへ……シェラと一緒に見れてよかった」

「うん、僕もここまで必死に上った甲斐があったよ」


 理想的な結婚とは、幸せは2倍にして共有し、苦難は半分ずつに分けると言われているが、その言葉を今ほど実感できた時はない。

 一緒に景色を見て、一緒に感動して、一緒に語り合う幸せ…………リーズは改めて、アーシェラと結婚できてよかったとリーズは心の底から感じたのだった。


 その後もしばらく、吹き上がる間欠泉を眺め続けていた二人だったが、足元までお湯があふれてくるのを見て、そろそろ次の行動を起こすべきだと気が付いた。


「シェラ、お風呂を作ろう!」

「よしきた! でも、一日で作ることができるだろうか?」

「っていうか、このお湯はそのまま使えるかな?」


 そこに温泉があるならば、お風呂を作るのは当然のこと。

 しかし、二人が恐る恐るお湯を触ってみると、水温は非常に熱く、そのままではとてもお湯につかることはできない。全身がやけどしてしまうだろう。


「あっつぅっ!? さ、さっきので分かってたけど、このままじゃ熱すぎるよ!」

「仕方ない、別の場所までお湯を貯めてしばらく置いて冷ますか、湧水があれば……」


 リーズとアーシェラは付近を暫く探索してみたが、このあたりで湧くのはお湯しかなかった。

 なので、アーシェラの言うようにいったん離れたところまでお湯を流して、ちょうどいい温度になるまで冷まして使うことにした。かなり原始的な方法だが、道具があまり手元にない今は手段が限られている。


 二人は早速手分けして作業を開始した。

 リーズが間欠泉から少し離れたところに広くて浅い穴を掘り、その間にアーシェラが付近から手ごろな大きさの岩石を集めて、リーズが掘った穴の周りに外壁のように配置していった。

 普通なら二人ではとても終わらない重労働だが、方や最強の勇者、方や強化術使いなので、作業はかなり順調に進んでいく。


「シェラ、このくらいでいいかな?」

「うん、ばっちりだよ。後はこっちにお風呂の場所を作ろうか」


 お湯を貯める場所が完成したら、いったん間欠泉の熱湯を流し込み、そこでしばらく冬の空気にさらして冷ましておく。お湯はどんどん流れてくるが、反対側の崖の方に出ていく口も作ってあり、多すぎる分はここから排水される仕組みになっている。

 お湯を貯めている間に、リーズはそのすぐ近くに別の穴を掘っていく。

 今度は二人がちょうどよく屈めるくらいの深さと広さの穴で、お湯を貯めるプールから流し込むことで完成する。お湯の流れを調節するために、アーシェラは近くにあった倒木を手持ちの道具で応急的に加工し、板を作った。これでお湯の流れを自由に制御できるようになる。


「ふぅ…………結構できてきたねシェラ!」

「久しぶりにいい汗かいたよ。これは、完成が楽しみだ」

「シェラとお外でお風呂…………えへへ、リーズなんだか興奮してきた♪」

「あぁ、うん。もうちょっとだけ我慢してね?」


 久しぶりに全力で働いた二人は、昼食の干し肉と黒パンをかじりつつ、自分たちが作っている露天風呂をじっくり眺めて悦に浸った。

 午前中いっぱい全力で建設したこともあり、すでに大枠の形自体はできている。あとは風呂の形に整えたり、仕上げの水路を掘るなどすれば、十分楽しめる形になるだろう。

 冬場なのに、リーズもアーシェラも顔を赤く染め、ところどころから汗を流している。その姿が、お互いに色っぽく感じているようで…………仕事の高揚感もあって、いつも以上に興奮してしまう。


「よーし、じゃあもうひと頑張りしちゃおうっ! シェラとリーズだけの、秘密のお風呂を作るんだっ!」

「リーズと僕だけの、秘密の…………」


 改めて言われると、アーシェラは気恥ずかしくなってさっき以上に顔を赤くしてしまう。

 なんだかんだ言って、彼も健康的な青年なのである。色々と想像するだけで、こみ上げるものがあるのだろう。そして、普段からリーズがそれだけ積極的だということもわかる。


 二人きりの冒険譚の集大成は、いよいよ完成が間近に迫っていた。


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