釣床

 野営の場所を求めて歩いていた二人は、かつて宿場だった廃墟からさほど離れていない森の中に、少しだけ開けた場所を見つけた。そこには小さな建物の残骸と、直径2メートルほどの池があり、野営をするにはうってつけの土地であることは明白だった。


「ここ、いいね。適度に開けていて、焚火が森に延焼する心配もないし、警戒用の魔術結界も最小限ですむ」

「あっ…………シェラ、ちょっと来て! ここの池の水、少しあったかい!」

「本当に!? どれどれ…………ん、確かに! ということは、このあたりにお湯が湧くんだ!」


 しかも、リーズが池の中に手を入れると、今は冬なのにもかかわらず水があまり冷たくないことに気づく。

 アーシェラも確認してみたが、どうやらほんの少しではあるが、熱せられた湧水が存在しているようだ。もっとも、ほんの少しでしかないせいで水面が冷えてしまい、湯気が出るほどの温度になっていなかったのだろう。残念ながら、ここで体を温めることはできなそうだ。


 温泉ではなかったことは悔やまれるが、野営の立地としては文句ない場所なことは確かなので、リーズとアーシェラは早速キャンプの準備に取り掛かった。

 リーズは二人が寝る場所を作り、アーシェラは薪を組んで火おこしをする。お互いに言わなくても、それぞれの分担にすぐに取り掛かれるのも、お互いへの深い理解があってこそだろう。


「シェラーっ、出来たよーっ。乗って大丈夫か試してみたいんだけど、いいかな?」

「ありがとうリーズ、僕もひと段落したから、今行くよ」

「えっへへ~、これ一度やってみたかったんだ!」


 10分もしないうちに、リーズが作ってた寝床が完成した。

 太めの木と木の間にロープと網を渡し、その上に布と毛布を乗せている…………そう、ハンモックだ。

 もともと野営におけるハンモック寝台は、地面が不安定な場所で安定して眠れる場所を確保するための工夫であり、一人旅の冒険者が時々使っている。

 リーズは、冒険者時代にハンモック寝台を使っていた同業者を一度だけ見たことがあり、いつか自分もやってみたいと常々思っていたのだが、基本的に5人以上で冒険していたせいで、その機会はなかなか得られなかった。

 だが今回は、アーシェラと二人きり…………夢にまで見たハンモック寝台、それも、大好きなアーシェラと一緒に入ることができるのだから、リーズのテンションは上がりっぱなしであった。


 アーシェラが、すでにハンモックの上に腰かけていたリーズの横に座る。敷かれた毛布が温かいのもあるが、地面から少し浮いていることで、地面の冷たさがそれなりに軽減されていた。


「これは…………予想以上に楽しいね! 今夜はここでリーズと一緒に寝るのか……今から楽しみだ♪」

「でしょでしょ~♪ ロープもしっかり結んであるから、二人で絶対に壊れないよっ! 今から試してみる? なんちゃって♪」


 しっかりとした木の枝に結ばれたロープは、比較的軽めとはいえ大人二人が全体重を乗っけても、びくともしなかった。なんなら、もうさらに二人乗っても問題ないだろう。

 寝床の準備は整ったので、あとはこの上に露よけの屋根布を張れば野営地は完成だ。

 設営に要した時間は30分にも満たず、いかにこの二人が手馴れているかがよくわかる。


「さてと……準備はもう済んじゃったし、かといって夕ご飯にはまだ早い」

「じゃあさ、さっきの建物で手に入れた日記帳を読んでみようよ! 灯りはあるけど、今のうちの方が読みやすいでしょ!」

「うん、それがいい! じゃあ、読めるところまで読んじゃおうか。何かためになることが書かれていればいいけど」


 日暮れまでまだ時間があるので、二人は先ほどの廃墟で手に入れたばかりの日記帳に目を通すことにした。

 リーズが自分の荷物の中から日記帳を取り出すと、ハンモックに腰かけているアーシェラの膝の上に、いそいそと乗り始めた。


「えっへへ~、ハンモックって椅子にもなるから便利だねっ!」

「ふふっ、確かに……楽しいだけじゃない合理性があるのも魅力だね」


 こういった野営の際には、そのあたりに転がっている倒木や大き目の石の上に座るのが定番だが、ハンモックは椅子の代わりにもなり、しかもその座り心地は普通の椅子以上だ。

 布がそのまま背もたれになり、なにより包まれるような形になるので、防寒性能もある。そして、ゆらゆら揺れる心地よさが、体にとっての癒しにもなる。


(いいな…………この心地よさ。リーズをずっと抱えていたくなる……)

(えへへ、シェラに包まれるの……あったかくて安心する♪)


 二人はしばらくの間、お互いにほっこりしあっていたが、このままでは当初の目的を忘れてしまう……………。ということで、とりあえずハンモックでいちゃつくのは夜まで取っておくことにして、分厚い日記帳に目を通し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る