忘却
さて、のんびりとした昼食の後、二人は散策しながらついでに野営地になりそうな場所を探し始めた。
今回の探索の行程は最長でも2泊と考えており、温泉を探すという目的があるとはいえ、必ずしも達成する必要はないので、その歩みはとても気楽なものだった。
「ん~、宿場って聞いたから、てっきり街道沿いに温泉があって、そこに廃墟がいくつかあるのかと思ったけど違うんだね」
「僕も詳しい地図が手元にないから、実態をよく知らないんだけれど、ひょっとしたら森の中や…………その、小高い崖の上とかに建物を建てたのかもしれない。都合よく、便利なところに温泉が湧くとは限らないからね」
「なるほど、確かにそうかもね」
つい先日探索した南西の湿地帯にあった、アーシェラの故郷の町のように…………15年以上も前に滅びてしまった温泉街は、大自然の中に埋もれてしまった。
それほど大昔のことではないのに、人々の記憶から忘れられてしまうというのは、少し寂しいものだとリーズは感じた。
「リーズがね、王国にいたときに勉強
「確か、王国の前のさらに前の時代の詩だっけ。言われてみれば、もうそんな時代のものなんて、ほとんど残っていないね。滅びてしまった旧カナケル王国も、いつか忘れ去られたしまう日が来るんだろうか」
二人は少しだけしんみりした雰囲気になったが、詩にもあるように、人々の生活が消えてもの山は残り続ける。今こうしてリーズとアーシェラが踏みしめている草地も、将来村が発展すれば再び宿場町としての賑わいを取り戻すかもしれないのだ。
(忘れられる………か。そういえば、今村がある場所も、かつては町があったんだっけ?)
ふとリーズは、今更ながら気が付いたことがあった。
今リーズたちが歩いているところは、かつて『ヘラーレッツの宿場』と呼ばれていたし、アーシェラの故郷はジュレビという名前の湖だった。では、開拓村があった場所は?
いや、そもそも――――今住んでいる村には、名前はないのだろうか?
「ねぇシェラ、リーズたちが住んでるところにも、昔町があったんだよね。その街にも名前があったの?」
「ん? そういえばリーズには話していなかったっけ。かつてあの場所は『アルトリンド子爵領群』っていって、その名の通りアルトリンド氏一族が代々治めていたんだ。だから、町の名前は一応『アルトリンドの町』になるのかな。旧カナケル王国の地名のつけ方って、王国のそれとちょっと違うんだよね」
「そうなんだ! 詳しいね、シェラ!」
「ありがとうリーズ。僕も開拓村を建てる準備の時に、色々調べたんだ」
「それとね、リーズたちが住んでる村の名前も決まってるのかなって思って」
「……………決めてないんだよね、それが。村の規模が小さすぎて、名前を付けるほどじゃないかなって」
なんとアーシェラたちは、今になっても開拓村の名前を決めていないらしい。
今までそれで何の不便もなかったので、いい案が思いつくまでは後回しということにしていたら、いつの間にかみんな忘れていたらしい。
「えっへへ~♪ じゃあ、今度みんなで集まったときに、村の名前会議しよっか!」
「そうだね。そろそろ村の名前を付けないと、将来的に問題だろうし」
今までの村は、開拓村とは名ばかりの隠居村だったが、リーズがやってきてから、成長へのあこがれが生まれた。そして現在もこうして、ピクニック兼探索を行って、少しでも周辺の視野を広げていこうとしているわけだから、今までのような行き当たりばったりではいられないだろう。
そんなこんなで話しながら歩く二人は、森の中に一軒の廃墟があるのを発見した。
外観はほとんど崩れ去っていたが、基礎部分はまだ残っており、それなりに大きい建物だということが分かった。おそらくこれが、温泉宿の一つなのだろう。
「どう、リーズ? 崩れそうな場所はない?」
「うんっ、大丈夫そうだよシェラっ。足元にいろいろ散らばってるけれど、壁や柱が崩れてくることはなさそう」
「少し大きな建物一軒だけとはいえ、本格的な遺跡探索も久々だ」
「冒険者時代も一回しかやったことないけどねっ!」
壁はレンガ造りで、かつてはそれなりにお洒落な外観だったことがうかがえる廃墟は、ひとたび中に足を踏み入れると、内部は放棄された家具や備品がぐちゃぐちゃに散らばっていた。
リーズとアーシェラも、冒険者時代には依頼で旧文明の遺跡に足を踏み入れたことがあったが、基本的に野外探索専門部隊だった彼らは、屋内探索の勝手がよくわからずに苦労した覚えがある。
「あの時はエノーがよく罠に引っかかってたよねー。ツィーテンも流石に建物内の探索は経験がほとんどなかったみたいで、すごく困ってたし」
「流石にここには罠はないと思うけど、床が抜けないかが心配だなぁ」
リーズが前を進み、そのすぐ後ろをアーシェラが警戒しつつ、二人は廃墟の中を歩き回った。
これだけ物がたくさんあると、宿屋を経営していた人物も、避難の際に運び出すことができなかったのだろう。
風雨で腐食しつつも、まだ使えそうな箪笥や食器、壷などがそのあたりに転がっていて、もしかしたら修理すれば再利用できるかもしれない。
「今はお金に困っていないはずなのに…………こういうのを見ると、持って帰って使えるかなって思っちゃうのは、僕が貧乏性だからなんだろうか?」
「リーズもその気持ちすっごくわかるっ! この椅子とか机とか、まだまだ使えそうだねっ! ロジオンに言えば、売り物にしてもらえるんじゃないかな?」
「元の持ち主の許可を得ないで、勝手に持っていくのはちょっと気が引けるけどね」
経年劣化でギシギシ音を立てる木の床を慎重に歩きつつ、色々と見て回った二人は、建物の南側に一際大きくて立派な部屋を見つけた。
部屋の大きさは、二人が住んでいる家よりも広く見え、その真ん中には広いくぼみがあった。
「間違いない。ここが大浴場だった場所だ」
「ということは……この辺に温泉が湧く場所があるのかもっ」
「お湯の出所はどこだろう?」
「もうっ、崩れた壁が邪魔っ! シェラっ、この瓦礫、魔術でぶっとばしていい?」
「いいけど、できるかぎり慎重にね…………」
大浴場にお湯を引っ張ってきた場所を探そうにも、建物が崩れてできた瓦礫が二人を阻む。
普通に発掘作業をしていては、年を越しても終わりそうにないため、リーズはその強大な戦闘力で瓦礫を強制的に吹き飛ばす力技で解決しようとした。アーシェラも特に反対はしなかった。
ドカンドカンと景気よく瓦礫を吹き飛ばし、大浴場周辺をある程度探索できるようにしたはいいものの………………お湯を引いてきたであろう配管は完全に朽ち果ててしまっており、結局お湯をどこから引っ張ってきたかが全く分からなかった。
忘れられるというのは、未来の人にとっても不利益なのだと、リーズとアーシェラは身をもって感じたのだった。
「うーん、あのへんだと思ったんだけどなぁ」
「これ以上はもう少し本格的な準備が必要だね。残念だけど、今回はあきらめるしかない」
「せめてスコップとかあればよかったんだけど」
冒険者の癖もあって、ピクニックの装備だけでいろいろと探検してしまったが、詳細な調査にはやはり本格的な装備とそれなりの人員が必要だろう。
時間的にもそろそろ夕方が近づいており、空は若干暗くなり始めている。そろそろ野営の支度をしなければならない。
「とりあえず、最後に少し…………手に取れる範囲でめぼしいものがないか見て見ようか」
「あ、そうだ。シェラ、さっきこっちの方にこんなのがあったんだけど…………」
そう言ってアーシェラの手を取ったリーズは、入り口付近の小部屋らしきところまで戻る。
四方の壁が崩れているうえに、ほかの部屋以上に家具が散乱して足の踏み場すらなかったが、リーズはここで気になるものを見つけていた。
「これなんだけど…………日記帳?」
「宿帳……だろうか。よく見つけたねリーズ、お手柄だ!」
「えっへへ~」
瓦礫の下に横倒しになっていた本棚があり、リーズの目ざとい目は、その中にまだ読める本があるのを見つけたのだった。
貴重な資料を見つけたリーズを、アーシェラは頭をなでて褒めてあげた。
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