弁当
ピクニックの醍醐味の一つと言えば、やはりお弁当だろう。
村にいても、ほとんど野営地のような生活をしているリーズとアーシェラだが、いつもと違った場所で食事をするというのは、毎回違う新鮮さがあって楽しいものだ。
「ねぇねぇシェラっ! 今日のお弁当は? リーズ、すっごく楽しみだったんだからっ!」
「ふふっ、今日のお弁当は秘密にしておいたからね、たまにはこんなわくわくも悪くないでしょ?」
ピクニックの準備をするにあたって、アーシェラはあえてリーズにお弁当の中身を内緒にしていた。
朝ご飯を作るのと並行して、ピクニックのお弁当を用意したアーシェラは、リーズが帰ってくる前に手提げのバスケットの中に入れてしまい、リーズにも現地に着くまでは秘密と伝えていた。
一応、その気になればこっそりのぞき見することもできたが。リーズはあえて楽しみを取っておくために、アーシェラとの約束をきちんと守っていたようだ。そのせいか、お昼少し前に旧ヘラーレッツの宿場跡地についたころには、ワクワクのし過ぎでいつも以上に空腹になってしまったのだった。
「はい、リーズ。とっておきの自信作だ!」
「わ! わわわっ! ハンバーグのサンドイッチ! すっごく贅沢っ!!」
バスケットから出てきたのは、黒パンを上下に割って、その間にハンバーグを三段と、さらには野菜なども一緒に挟んである…………今風に言えばハンバーガーである。この時代にはまだハンバーガーという概念はないので、リーズが言うように「ハンバーグのサンドイッチ」という形になる。
パンズがふわふわの白パンではなく、かみ切るのも難しい黒パンなのが難点ではあるが、贅沢に三段も重なった分厚いハンバーグをいっぺんに食べられるのは、一種の贅沢と言えるだろう。
「それじゃ、いっただきまーすっ!! あーむっ!!」
「おっ! 本当に三段いっぺんにいったね! 僕はさすがにそこまで口を大きく開けないから、リーズがうらやましいよ…………」
「んんっ♪ んふふ~っ♪」
澄み切った冬空の下――――いい具合に倒れた石柱に腰かけて、お互い寄り添いながら食べるお弁当は、想像以上に格別な味がした。
味の濃いハンバーグと、主張が控えめな黒パンが合わさるだけでも、無限に食欲を刺激しそうな味がするのに、あっさりしたキャベツやトマトも加わって、たった一口で味のオーケストラ状態となる。
顎が外れるのではないかと心配になるほど、大きく口を開いて一気に頬張るリーズは、ほっぺたをリスのように膨らませながら、とても幸せそうな表情をしていた。傍から見ればちょっと…………いや、かなりはしたない食べ方ではあるが、ここにはマリーシアも王国貴族もいない。いるのは、この天下一品のハンバーグサンドイッチを作ってくれて、優しく頭をなでてくれる、世界一やさしい旦那様だけだ。
(不思議だな……パンにハンバーグと野菜を挟んだだけなのに、想像以上においしい。今度から忙しい時のお弁当はこれにしようかな)
アーシェラ自身、このサンドイッチを思い付きで作ったものだが、今までなぜこんな単純な組み合わせを思いつかなかったのか、少し不思議に感じた。
「ん? どうしたのシェラ? サンドイッチをじっと見つめて」
「ああいや、そういえばサンドイッチってそんなに昔からある食べ物じゃないのが、ちょっと不思議だなって思ったんだ。パンにおかずを挟むなんて、それこそ大昔からありそうなものなのに」
「あ、言われてみれば!」
そもそもサンドイッチ自体、アーシェラたちが生まれるほんの数十年前に生まれた食べ物で、それまでは薄く切ったパンに何かを挟むという発想すらなかったのである。しかも、サンドイッチという名前も、南方にある「サンドイッチ村」で猟師がまかないとして食べていたものが、旅の商人によって広まったという真偽不明の噂が語られているのみである。
「そして今僕たちは、パンにハンバーグを挟んだだけのサンドイッチを食べているわけだけど、作った僕自身も新鮮な気分になるのに、なんで今まで思いつかなかったんだろうって思ったわけさ」
「むぅ、確かに。パンとハンバーグなら、冒険者のころにも何度も食べてたのに。サンドイッチみたいに挟むなんてちっとも思いつかなかった」
一度そう思ってしまうと、リーズもやはり気になるらしく、自分が口にしたハンバーグとパンの断面を少しの間じっと見てしまった。
「むぐっ、んむんむ、んっ……やっぱりおいしい。これもサンドイッチみたいに、いつか名前が付くのかな?」
「世界中に広がれば、ひょっとしたらいつか名前が付く日が来るかもしれないね」
「えっへへ~、だったらハンバーグサンドイッチを『シェラ』って名づけようか!」
「そ、それだけはさすがに勘弁してほしいな…………恥ずかしいとかじゃなくて、下手に物の名前になって「今日はアーシェラ食べよう!」とか言われるのは、その…………居た堪れなくなる」
「あはははっ! そうだねっ! シェラを食べていいのは、リーズだけだもんねっ!」
そう言ってリーズはさらにアーシェラに密着し、とうとう彼の膝の上に乗っかって、体重のほとんどを預け始めた。
そんな甘えん坊のリーズを、アーシェラは何も言わず迎え入れ、その胸に抱えた。
家の中では何度もしていることだが、何気に外でやるのは初めてかもしれない。
「もしよかったらお替りもあと二個作ってあるし、水筒にはコンソメスープを保温して入れてあるから、遠慮なく食べてよ」
「うんっ! じゃあシェラ、いつものようにあーんってして♪」
その後も、野外にもかかわらず、ここでは書き表せないほどのやり取りを繰り広げる二人であったが、当然咎める人間はだれ一人としていない。
そのうえこの辺りは見晴らしもよく、魔獣が突然現れても対応する余裕が十分にあり、いつもの冒険の時よりも安心できることも、二人に拍車をかけた。
「ふぅ…………ごちそうさま、シェラ♪」
「どういたしまして。もしよかったら、また作ってあげるよ」
たっぷり一時間半ほどの時間をかけて二人きりの昼食を満喫した二人は、最後に温めたお茶を飲んで、午後の散策に備える。
「いい景色だね、ここ。前には一面の平原が広がって、後ろには白い山が見える。この風景を見ながらお風呂に入ることが出来たら、きっと幸せなんだろうなぁ」
「僕は……もう少し低いところの方がいいかな? リーズがいなかったら、ここでも少し怖いかも」
「もう、シェラってば♪ どんなに高いところでも、リーズがいれば安心だから…………絶対に、リーズを離しちゃだめだよ」
そう言ってリーズは、アーシェラと正面から抱き合いながら深い口づけを交わした。
どんなにおいしい料理があろうとも、この二人の一番の好物は、お互いの唇なのかもしれない。
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