間食 Ⅱ

 村の代表者同士の話し合いがひと段落すると、アーシェラは一度台所に赴き、平らな木の皿にのせた料理を運んできた。


「さあみんな、気分転換の間食にしようか」

「シェラってばいつの間におやつ作ってたの!? すっごくおいしそう!」

「ヤアァ村長! さっきから少しずついい匂いがすると思ったら、リンゴタルトじゃん!」

「まあまあまあまあ! ミーナの大好物ではありませんか! あとでお土産に包んでくださる?」

「うちのフリ坊も、こういったタルトが好きなんだ。フリ坊の分ももらっていいか?」

「俺もリンゴタルト大好物なんだよー! でも自分で作るとなかなかうまくいかなくてさー! 

将来のお嫁さんは、出来ればリンゴタルトが上手く作れる人が欲しいって思ってたんだよー!」

「もしかしたらマリーシアが、出したお昼だけじゃ物足りない可能性もあるかなと思って、あらかじめ用意しておいたんだ。せっかくだから食べて行ってよ」


 アーシェラが用意したのは、本来はお昼のデザートに出す予定だったアップルパイだった。

 生地がきつね色に染まり、手編み籠のように格子状になった天井生地の下には、金色の輝きを放つ肉厚のリンゴが見える。

 話し合いの最中はずっと竈の中で保温されていたのだが、美味しいものに目がないリーズや、普段から鼻の利くブロスは、その存在に薄々気付いていたようだ。


 全体がドーム状にふっくらと広がり、リンゴと蜂蜜のいい匂いが漂ってくるアップルパイ。

 一見すると普通のおやつのように見えるが、これを作るのには小麦粉をそれなりの量必要とするだけでなく、現代と違ってそこまで糖度がない酸っぱいリンゴは、蜂蜜漬けにして味を甘くしたものが使われている。

 さらに、このようなふっくらとした生地を作るには、「岩砂糖」と呼ばれる甘い味がする鉱石を使うことができないため、わざわざサトウキビから精製した、この時代では大変貴重な黒砂糖を使わざるを得ないなど、これ一つのためにあらゆる贅沢品が使われているのである。

 当然このようなものは滅多に口にすることができないので、この場にいる全員が色めき立つのも無理はない。


 全員分のナイフとフォークが配られると、リーズがナイフを使って奇麗に8等分する。

 このうちの2つはそれぞれ、ミルカがミーナに、レスカがフリッツに、それぞれ持って帰ることになった。


「ん~っ♪ サクサクしておいひぃ~♪ 頬っぺた落ちちゃいそう♪」


 一口食べたリーズは、その陽気な食感と踊るような甘さに、思わず片手を頬に当てて大げさなほど悶えた。そんなリーズの頬は、まるでリンゴになったように赤くなり、仕草が子供っぽいのにどこか妖艶な雰囲気もあった。


「いやー、これは店に出せるなんてものじゃないねー。こんなのお店に出したら、町中のパン屋さんが潰れちゃうよー!」

「ヤッハッハ! 村長は何を作っても絶品だけど、これは絶対にまねできませんな! ヤーッハッハッハァ!」

「うふふ、ふふふ……あの子に食べさせなくて、本当に良かったですわ♪」

「うむ、今ならミルカに賛同できる。ハンバーグと違って、これはなかなか素材が手に入らんからな」


 おやつと言うにはあまりにも贅沢なアップルパイの味は、彼らの頭から一時的に今日の話し合いの内容についてを忘れさせた。

 しかし――――


「さてと……いきなりだけどリーズ、みんなの食べ方についてどう思う?」

「……へ?」

『え!?』


 アーシェラの一言で、一瞬にして全員の動きがピタリと止まった。


「まてまて村長! お前までマリーシアに影響されたのか!?」

「ははは……ちょっと驚かせ過ぎたみたいだね。大丈夫、マリーシアみたいにみんなの食べ方を悪く言うつもりはないから」

「もうっ、シェラってば~、リーズまでびっくりしちゃったじゃない!」


 リンゴのような頬をぷくっと膨らませて抗議するリーズの頭を、アーシェラが「ごめんごめん」と言いながら撫でる。

 しかし彼の一言で、この場にいる人々は自分たちは、忘れかけていた話し合いの内容を思い出した。


「ヤッハッハ! そういえばそんな話をしてたのに、アップルパイに目がくらんですっかり忘れてた! ヤァそういえばリーズさんも、勇者だった頃にテーブルマナーとかを習っていたんだっけ?」

「それもそうだけど…………リーズはよっぽど変な食べ方しない限り、あまりほかの人のフォークやナイフの使い方とか気にならなかったから。さっきのお昼の時も、シェラの食べ方の何が変だったかなんて、ちっともわからなかったし…………お皿の傾きなんて言われるまで全然気が付かなかったの」


 リーズは改めて、自分の両手に視線を落とした。

 右手にナイフを、左手にフォークを持っているが、切り分けたパイの大きさがかなり大きい。リーズは無意識に大きな塊を丸ごと頬張ろうとしていたようだ。

 言われてみれば、ロザリンデに教わった頃にはNGを出される切り分け方だが、アーシェラの作ってくれたアップルパイがあまりにもおいしすぎて、口いっぱいで味わいたい思いが勝ったのかもしれない。


「そういう村長は、やはり普段からそういった細かいところまで気を配っていらっしゃるので?」

「まさか! 僕だってリーズと同じで、よっぽど気になる食べ方をしない限り、意識することはないよ。でも…………改めてマリーシアの視点に立ちながら観察していると、確かにいろいろなことに気づくかもしれない。まあ、そのせいで自分の食事が全然進まなかったけど」


 一方でアーシェラも、あえて全員の食事の仕方に着目していたのだが、やはり平民出身の彼はこういったことに慣れていないらしく、自分の分のアップルパイがほとんど手を付けられていなかった。

 なんだかんだで、アーシェラも堅苦しいことはあまり得意ではないようだが、そういったところもリーズと気が合う一面なのかもしれない。


「それに、人の手をじろじろ見ながら食べるなんて、ロクでもないということもわかったよ。他の人の何がおかしくて、何が立派なのか…………そんなところを見るより、リーズやみんながおいしそうに食べている顔を見る方が、何十倍も楽しいよ」

「えっへへ~♪ シェラ大好きっ!」

「ヤッハッハ……村長、お茶のお替りはあるかい? 出来れば苦めのものが欲しいんだけど」

「俺もお茶のお替りが欲しいなー。ブロスさんと同じく、苦めでー」

「……? アップルパイちょっと甘すぎた? 今お替り入れてくるからちょっと待っててね」

「いや村長、そういう意味では…………」


 ともあれ、アーシェラは過剰な礼儀作法など害にしかならないということを改めて確認したと同時に、マリーシアの視点をただ一方的に責めるだけでは、見えてこなかったこともあるとわかった。

 彼自身も今まであまり考えたことがなかったが、人にはそれぞれ動作に「癖」があり、それによって今までどんな環境で育ってきたのかが、ある程度分かるような気がした。

 そして、なぜマリーシアがあれほど礼儀作法にこだわるにもかかわらず、その所作の意味を深く理解していなかったかも見えてきたようだ。

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